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借り受ける者、貸し与える者

 大通りまで出ると、細道から出てきたアネッロに驚いた顔を見せる者もいた。

 人が出てくるとは思わないほどの細い空間から、男が突然出現したように思えたのだろう。

 そんな者達には意にも介さず、アネッロはダニーが倒れていたと報告を受けた場所へと足を向けた。

 いつも以上にざわついている町中をすり抜けながら、さりげなく腰に提げた長短の鞭を確認する。

「アネッロさん、モネータが引っ張られたらしいじゃないか」

 前方で野菜売りの旦那がアネッロに向かい、ニンジンを振って見せた。

 店先に寄ると、彼は眉と声をひそめて話しかけてくる。

「さっきの今だったんだよ? メリッシュの婆さんの荷物を、何も言わずに持ってやるような子が人殺しなんて出来るわけないって言ってた所でさ」

 彼なりに小さい声を出しているつもりだろうが、地声が大きい分たいして小さくなってはおらず、通りからはその声でアネッロがいると判断した店の者達が、心配そうに集まってきた。

「心配かけましたが、帰ってきましたので」

「大丈夫なのかい? グイズなんかが鼻息荒く聞きまわってるし、なあ?」

「そうそう! ほらそこのベンなんて、血の気が多いもんだからさ。モネータがそんな事するはずないって怒鳴りつけて、グイズに殴られたんだよ」

「あれって結局殴られたのかね! あの男はまあ昔からけんか腰で厄介者だったけどねえ」

「親も今頃空の上で泣いてるよ。まったく、厳しく鍛えられたら変わるかと思ったが、そうもいかなかったのかね」

 アネッロを取り囲んで、井戸端会議が始まってしまった。

 押しのけてその輪から抜けるでもなく、アネッロはただ彼らの話を聞いている。

 エスカレートしていく話の内容からすると、警邏長のグイズは不人気である事は間違いない。

「犯罪班の連中もうろついてるし……ジュダスさん、本当に大丈夫なんだろうね」

 斜向かいに住んでいる、白髪を結い上げた老齢のナキがにらむように見上げてくる。

「モネータは、そんな事が出来るような考えは持ち合わせていませんよ」

「でもあんたに心酔してるじゃないか、私はそこを心配してるんだよ。あんたがやれと言えば、あの子は従うだろう?」

 ナキの言葉に、取り囲んでいた住民達は静まり返って、アネッロの返事を待つ。

 表情を変えないまま、アネッロは頷いた。

「そうでしょうね。モネータは私に従うでしょうが……そうしなければならない理由を説明しなくてはならないでしょう。あれにも信念があります。人の命を奪う事を命じたとして、それについてモネータが納得する説明など存在するわけがない」

 明らかに安堵の雰囲気が広がった。

 どこかで彼らもアネッロを疑ってはいたのだろう。

 いや、今この時点でもモネータではなく手をかけたのがアネッロだったのではないかと疑っているのだろう。

 モネータが出来るはずはないが、アネッロならばもしかしたら――

 安易だが、考えられない事ではない。

「それだけ聞ければ安心して商売も出来るよ。アネッロさん引き止めちまって、申し訳なかったね」

「いや、構いませんよ」

 ナキの言葉に、アネッロが逆上しないかと気をもんでいた人達は胸をなでおろす。

 だが、ナキはにらみつけたまま、背を向けた彼に声をあげた。

「あんたが犯人なんじゃないのかね!」

「お、おいおい。根も葉もない事を簡単に口にするもんじゃないだろう」

 突然の出来事に、周りにいた者達は緊張で顔を強張らせた。

 ゆっくりと振り返るアネッロに、野菜売りの旦那が慌ててナキをたしなめる。

「根も葉もない? どうだか分からないじゃないか、うちの爺さんは借金苦で首を吊りかけたんだ。借金取りなんて表も裏も何をしでかしてるか分かったもんじゃないよ」

「そんな話もありましたね」

 ナキに向き合ったが、彼女は怯む様子もない。

 憎悪を剝き出しにしてきたが、アネッロはあごに手をやって小さく笑った。

 それが気に入らなかったのだろう、彼女は怒りで顔を赤くし、眉をつり上げた。

「ジョナサンの奥様の名前がナキでしたか。たしか、あの頃は酷い取立てをしていた高利貸しがいましたね。私の店が台頭してきて、消えた一派でしたか」

「ナキさん、あの頃はあんただけじゃなくて皆あいつらに怯えてただろう? アネッロさんが金を立て替えてくれて、崩れていく皆の生活を立て直してくれたじゃないか」

「そうだよ。私の所だって、本当は夜逃げ寸前だったんだよ。成功する家もあったけど、大体が見つかって連れ戻されて。見せしめだって暴行されたりさ……生きるか死ぬかは、どこも一緒だったさ」

 ぽつりぽつりと過去の恐怖を口にする。

 それを聞いて、ナキの表情に複雑な感情が混ざったが、弱々しく首を振った。

「だからこそじゃないか! 金貸しは信用出来ない。いくら立て直してくれたからって、金貸しである根っこは変わらないじゃないか」

「そうですね。私が人を信用していない事には変わりありませんよ。金を借りる側の人間は、生きるために必死で借りたはずですが……金を手にすると、途端に返す事を考えなくなる」

 アネッロの、静かだがよく通る声に住民達はそれぞれ眼を逸らした。

 大通りと違い、住民が生活している道は砂埃も少ないはずだが、何名かが小さく咳払いする。

「病気になろうが家族が死のうが、借金は別物だ。それくらい先を見越した上で借りる人間は少ない。ですからこうして見回りを欠かす事はありませんし、煙たがられるくらい口も出します。客が寄り付かないような嫌がらせをする借金取りの方が一般的のようですが……そんな事をしても、金はよけい戻りませんし」

「そうだなあ。そこはアネッロさんに代わった時、特に厳しかったよなあ」

「厳しかったどころじゃないわよ。生活を立て直すのが、こんなにも辛くて苦しいのかって思ったわ。夜なんて泣き通しだったわねえ」

「でも生きてるって気がしたよなあ。死んだ方がマシだと思っていたが……生きてるのに、本当に生きてると思ったなんてな」

「まあ辛かったけどね」

 沈んだ顔つきだった彼らに、明るさが増していく。厳しかった思い出を、懐かしそうに笑い話として語る。

 それを見回しながら、ナキも渋々口を開いた。

「……私だって、助かったとは思っているよ。でも全部信用出来るかといえば、そうじゃないって言ってるんだ」

「それでいいんですよ。結局私は、人の金で生活しているんですから。ですが借りたからにはまず何においても返済する事が基本だとは、分かっていただきたいですね」

 では失礼します。と一声かけて、盛り上がっている住民達の輪から抜けた。

 見送ったのはナキだけであったが、アネッロは気にも留めなかった。

 階段を椅子にして酒を飲んでいる男がアネッロを見るや、金なんかないぞと笑いながら声をかけてくる。

 眼だけで彼を見て小さく笑い、アネッロは手を上げて返事にした。



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