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路地裏の密談

 医院から路地に出ると、新鮮な空気を大きく吸い、ゆっくりと吐き出す。

 自分は何を見逃しているのか。アネッロは考えを整理するため、ずれているわけでもない眼鏡に手をやった。

「私は、何を見過ごした」

 ジュダス商会へと足を向ける。アネッロを気にする人間は多い。

 しかし、適当な角を何度か曲がってみたが、後をつけられている気配はない。

 今朝の事もあったため油断はしないが、何もない事の方が不気味でもあった。

 一つ角を曲がると、薄汚れた格好をした少年三人が地面に座り込んでいた。

 彼らは、歩く速度を緩めないアネッロを見て立ち上がる。

 道を譲るように壁に沿って立ち、アネッロを見ないようにしてやり過ごそうとする。

 悠然と彼らの真ん中を通り過ぎ、少年達が安堵して座り直そうと身を屈めた時、彼は足を止めた。

 振り返れば、三人は緊張した顔で硬直している。

「私に関する事で、何か見聞きしてはいませんか?」

 何を聞かれたのかすぐには分からなかったのか、三人はゆっくりと顔を見合わせた。

 アネッロに近い少年が強気を表して胸を張ったが、知らねえと吐き出した声は小さく震えていた。

 腰に提げていた皮袋から小さな布の袋を取り出し、アネッロは彼らの足元に投げてやる。

「もちろんタダとは言いませんよ」

「……なんでもいいわけじゃないんだろ?」

 その布袋にすぐ飛びつくでもなく、彼らは動揺しながらも、その視線は袋とアネッロを往復させていた。

 その言葉に、小さく口の端を持ち上げたアネッロが頷く。

 彼らは顔を寄せ、小さな声でなにやら話し合っていたが、すぐにアネッロへと向き直った。

「金貸しの悪口以外で最近の話って言えば、あの汚いヤツ連れ込んだ。とか」

「でもあれって、金髪の兄ちゃんが気に入ったんだろ?」

「真面目な顔して汚い幼女趣味って話が、おれらの中で持ちきりだよな」

 緊張も忘れ、次第に盛り上がっていく少年達の話。

 モネータが聞いたら憤死しかねない内容を訂正するでもなく、アネッロは黙ったままだった。

「じゃあ、あれは? 白髪の婆さん連中に囲まれてさ。あれってハーレムとか言うんだろ?」

「老人趣味だっていう話だったのにさ、今回の事で幼女趣味も見つかったし」

「あれじゃね? 婆さんばっか相手して飽きたから、今度は小さい子供に手を出したとか」

「うわ、すげえな。おれ、無理」

 あからさまに顔を歪め、舌を出す。

「おれだって無理だ。金くれるんなら……考えるけど」

 考えるのかよ。と残り二人が笑い声をあげ、言ったもう一人も遅れて笑った。

 笑いながら、アネッロに近い少年が腕組みをして静観している男を目にし、笑顔を引っ込めた。

「……おい、他に何か聞いてないか?」

「あれは? ジュダスの旦那に関係あるか分からねえんだけど」

 一番背の低い少年が、上目づかいでアネッロを見れば、彼は先を促すように頷いた。

「真夜中なんだけど。黒い布かぶった小さいヤツが、走り回ってたって聞いた。気味が悪くて路地の陰から見送ったらしいんだけどさ」

「どこに向かって走っていたか、聞きましたか?」

 ようやくアネッロが口を挟めば、少年は口をとがらせて首を傾げる。

 しばらく考えていたが、ゆっくりとアネッロに眼を向けた。

「西門の方から、南門の方に向かってだったかな。大通りを走ってたらしいっす。コソコソしてはなかったみたいだけど? まあ真夜中で、誰かが起きてる時間じゃなかったみたいだし」

 他の浮浪児から聞いたのだろう。

 言葉尻に『みたい』が多く、時間帯も定かではないが、おそらく知りたかった内容で間違いない。

「その話は、誰が言っていましたか?」

 背の低い彼は、他の二人に目配せをしたが、彼らは少しして小さく頷いた。

 渋々といった様子で、重い口を開く。

「……西門近くのヤツっす。痩せっぽちで色黒で。タムって呼ばれてる」

「そうですか。黒布の詳しい容姿は聞いていませんか?」

「聞いてないっす。あっという間だったって言ってたから、足は速かったのかも」

 足があればな。と背の低い少年がつぶやけば、二人がそろってやめろと語気を強めて言った。

「助かりました」

 もう一袋投げてやり、彼らが拾い上げるのを待ってから来た道を指差す。

「ああ、この先に医者がいるのは知っていますね?」

「それが?」

「何か見聞きしたら、その扉の下の方に小さくていいから丸を描いて知らせてもらいたい」

 そう言って、小さな炭の欠片を一つ渡す。

「ガトの兄貴に言うんじゃ駄目なのか? 前までそうしてたのに」

「ばか。ガトの兄貴は、あっち側になっちまって忙しいだろ」

「その通りですよ。アレはもう体制側ですからね、下手に知ってしまうと立場が危うくなる場合もある」

 適当な事を、真剣な顔をして言えば、少年達は納得しながらも寂しそうな顔をした。

 彼らの中で、ガトは成功した者なのだろう。

 元々浮浪児だったガトを拾ったのは、アネッロだった。

 ある一定までは慎重だが、感情が高ぶれば非常に大胆になる彼は、良くも悪くも眼を惹く存在で。

 世間からはみ出した子供達を取り込む術に長け、自分よりもまず彼らに対して体を張って動く事から、孤児や浮浪児達からは一目置かれ慕われていた。

「なあ、ジュダスの旦那。ガトの兄貴はもう……」

「ばあか! あの人が変わると思うのかよ」

「だってさ、おれ達みたいなのを取り締まる立場になったわけだろ?」

 その一言で黙り込んでしまった彼らに、アネッロは鼻で笑った。

「猫は勝手気ままに動く生き物ですが、大切なモノが何かくらい分かっていますよ」

「猫の話なんて……」

 アネッロに近い少年が頬をふくらませたが、一番細い彼が何かに気づいたように眼を丸くして、小さく吹き出す。

「違いねえ。兄貴は猫みたいだもんな」

「たしかに! 昔、高い所から飛び降りて見せたりしてた」

「ああ、あれで足くじいたくせに、痛くないふりとかしてたよな」

 三人が笑い合っているのを見て、微笑を張り付けたまま声をかける。

「では、頼みましたよ。報酬は印一つを確認した後、一ソルドを近くに埋めておきます。条件は三つ。一つは、怪しい人間を見かけたら印をつける。二つ目は、深追いはしない。けっして後をつけようなどとは考えないで下さい。三つ目は……」

「わかってるよ。ズルをするなってんだろ? あんた相手に悪さ出来るわけないよ」

「分かっているのならいい」

 彼らが一様に口を真一文字に結び、再び緊張した顔を見せる。

 アネッロは彼らに背を向け、振り返る事なく路地を抜けていった。



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