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コズリー嬢への取立て

 鞄に書類の入った木箱を入れ、アネッロは外に出た。

 最初に向かった先は、今回で終了になるリア=コズリーが宿泊しているホテルだった。

 受付の女主人に来訪を告げると、客間へと通される。

 その部屋に現れたのは、コズリー嬢の侍従だった。緊張した面持ちでアネッロの待つテーブルまで歩を進め、若い彼女は一礼した。

 金の入った袋をテーブルに乗せ、表情と同じく硬い声音で切り出す。

「リア様から言付かっております」

 置かれた袋に手をつけず、アネッロは笑顔のまま頷いて見せると、彼女は意を決したように口を開いた。

「モネータ様が集金に来られないのであれば、先に契約していた通り、返金はしない。という事でしたが、彼に不測の事態が起きましたので、お金はお支払いいたします」

「そうでしたか。話し合う必要があると思っていましたので、話が早くて助かります」

 アネッロが言葉を挟んだが、まだ話の途中だったのだろう。

 若い彼女は、続けるはずであった言葉を詰まらせ、目を泳がせた。

「あの、お支払いはいたしますが……条件がございまして」

 視線をアネッロに向けると、困った顔で告げた。

「モネータ様を、引き取らせてはいただけないかと」

 何を言い出すのか、彼女の様子から検討はついていたが、少しだけ驚いた振りをして見せる。

「それは難しい注文ですね。他のご令嬢方からも、同様の条件が出されていましてね? そんな事を叶えて差し上げようとしたら、モネータの体がいくつあっても足りなくなりますからね」

 一件目の訪問だったが、何食わぬ顔でアネッロは口にした。

 余計に困った顔をするかと思えば、彼女は安堵し表情を和らげる。おや、と思ったアネッロだったが、彼女は両手を前で組み、逸る気持ちが表れたように一歩踏み出す。

「そうですか、その件は後ほどリア様にお伝えいたします。……あの、今のお話とは別にジュダス様に一つお願いがあるのです」

「私に、ですか?」

「ええ。お恥ずかしいお話なのですが、リア様が帰りたがらないので、お父上のコズリー卿がお怒りになっておりまして。ジュダス商会からのご支援を、良き理由をつけて断っていただきたいのです」

 今まで、モネータが集金に訪れればリアが直接対応していたため、言いたくとも言えなかったのだろう。

 主人をたしなめるのも、侍従の役目ではあるだろうに、彼女の若さではそれも難しいのかもしれない。

 アネッロは内心、苦笑した。

「承知しました。コズリー嬢をお呼びいただけますかな?」

「は、はい!」

 嬉しそうな顔をして一礼し、早足で部屋から出て行った。

 その間に、鞄から木箱を取り出し、袋に入った金を蓋へと移した。

 手早く勘定をし、袋に戻すと、数枚の書類に徴収した金額とアネッロのサインを入れる。

 それでも、リア=コズリーは姿を現さない。おそらく押し問答を繰り返しているのだろう。侍従として彼女が成長する過程として、通る道ではある。

 だがすぐには難しいだろう。それを手助けしてやる必要も、アネッロは感じてはいない。

 金を片付け書類を揃え、しばらく時が経つのを待つ。

 荒い足音が近づくのを耳にして、アネッロは組んでいた腕を下ろした。

「私を呼び出すだなんて、どういった了見なのかしら」

 左頬を赤く腫らした侍従が扉を開けるや否や、リア=コズリーがつり目をさらにつり上げてアネッロに咬みついた。

 彼は吠えかかってくる彼女に動じる事なく立ち上がり、怒りを露にした彼女と対峙する。

 ワインレッドのドレスを身につけたリアは、自分よりも背の高いアネッロを見下すようにあごを上げ、眼を細めた。

「あなたごときが、私と対等に会話出来ると思ってまして?」

「ええ、思っておりますよ」

 アネッロの言葉を耳にして、突き刺すような視線でアネッロをにらみつけた。

 だが、笑顔のままのアネッロが、小さく半歩踏み出すと、彼女は少し怖気づいて半歩後ずさる。

「私に、何の用がありますの?」

「失礼ですが、今回で集金は終了になるのですよ。サインをいただかなくては帰れませんのでね」

「……終了?」

 怪訝な顔をした彼女にアネッロは頷き、自分の座っていた正面に座るよう促した。

 渋々といった形で、リアは侍従のひいた椅子に腰掛けると、アネッロも座り直す。

「先程も申し上げた通りです。あなたへの借金は、今回で終了になります」

「どういう事かしら。私は利息しかお支払いしておりませんけど」

「ええ、元金と利息分。そして遅延料金分を計算した上で、長くかかりましたが今回の支払いで終了になります」

 目を見開いたリアは、唇を振るわせた。怒りからくるものかは判断しかねたが、アネッロは笑顔を崩さず書類を差し出した。

「内容をご確認していただいて、サインをお願いいたします」

「そんな。そんな事って……そうですわ、また同額を借りて差し上げます」

「ああ、申し訳ありませんが。これだけ遅延されますと、こちらとしても業務が滞りますのでね。取引は今回のみにさせていただきますよ」

 アネッロの言葉に、リアはテーブルを叩いて立ち上がった。

 カリダよりは、迫力のある音だ。と、彼の脳裏にふとよぎる。

「そんな事、許しませんわ! この私が、あなたの汚いお金を借りて差し上げていたというのに、その態度はなんですの?」

「その態度とは、どのようなものですかね? 踏み倒しかねない期間、金を返さずにいられるだらしのない人間を、寛大な心で待って差し上げていたというのに」

 格下の人間に、はっきりとだらしないと言われ、リアは唇を振るわせた。

 怒りで声を発する事が出来ないのだろう。侍従の息を呑む音すら無視をして、アネッロは柔らかく笑った。

「ああ、そういえばこんな面白い話を耳に挟みましてね? どこかのご令嬢が、お父上から頼まれた品を買わずに金を使い果たしたそうですよ。他から金を借りたものの、それも使い込んでしまって。帰るに帰られないのだとか?」

 軽やかに笑うアネッロとは逆に、彼女達は凍りついていた。

 覇気を失った顔で、リアはうまく息が出来ないのか、それでも喘ぐように声を絞り出した。

「どこで、それを?」

「さて、どちらでしたかね。まあ誰それがと言うよりも、私の耳に入ってくるという事は、そのご令嬢のお父上に噂が届くのも時間の問題でしょうな」

 リアはかわいそうなほど蒼白になり立ち上がったが、目眩を起こしたのか目元を押さえて椅子に倒れ込む。

 侍従が慌てて彼女に駆け寄ったが、リアは差し伸べられたその手を酷く叩いた。

「お前のせいよ! お前が、長引かせれば彼を手に入れられるというから、その通りにしたのよ」

 ヒステリーを起こし、アネッロに見せつけるように侍従の頬を張り飛ばした。

 もう一度リアが手を振り上げた時、アネッロは右手の平を机に叩きつけた。机が壊れたのではないかというほどの音に、彼女達は動きを止めてアネッロを見る。

 剣呑な色を浮かべたアネッロの瞳に、リアは固く口を結んだ。

「内輪揉めは、後でやって頂きたい」

 冷たい表情のまま、アネッロは羽ペンをリアに差し出す。

 頑として受け取らないかとも思ったが、悔しそうな顔で彼女はそれを受け取った。

 数枚の書類にサインをさせている間、アネッロは別の書類を取り出した。

 別のペンでなにやら書き込むと、書き終わった彼女の前にある書類を取り上げ、新しい書類を同じ場所に広げる。

 怪訝な顔をしてアネッロを見た彼女が、書類に目を落とすと、目を見開いて彼へと視線を戻した。

 笑顔に戻っているアネッロは、頷いて見せる。

「お父上が女であるあなたに金を託したという事は、少なからず商才が、品を見る眼がおありだと見受けます。ならば、この金を使いこの町で稼いでみてはどうですか? 少なからず力添えはしましょう。私にこの金を返し、お父上の買い物も済ませ、更なる一歩先の金を手にして帰れば多少時間がかかろうとも、賞賛は受けましょう」

 正面に座る彼女は、姿勢を正して厳しい顔をした。

 先程までヒステリーを起こしていた女性とは別人のように見える。

 その変化に、アネッロは心の中で笑った。初心を思い出した女性は、気持ちが固まるのも早い。

「そう、ね。長く滞在していた分、他貴族との繋がりも増えましたし」

「返金期限は二ヶ月」

「そんな! 横暴ですわ!」

 あまりにも近い期限に、リアは思わず声をあげた。

 だがアネッロの表情は変わらない。

「横暴? そろそろ次の商隊が流れてくる頃合です。そこから良品を見極め、欲求やまない方々へと高値で取引する事が出来れば、どうという事のない期間を提示しているのですがね。やはりお嬢様には、難しい提案でしたかね」

 アネッロの言葉に、リアは彼をにらみつけた。

 だが実際、商売をした事のない人間にとって厳しい提案である事実だったが、アネッロは黙って彼女を見つめ返した。

 嫌そうに顔を歪ませてはみたものの、今この場では代替案が思いつかなかったのか、唇を噛み、少しうつむく。

 しかし、思案して多少なりとも勝算を導き出したのだろう。

 彼女は顔を上げ渋々ながらも頷いて、目の前の書類にペンを走らせるしかなかった。



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