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疑われた男

 ランプが一つ。天井付近で揺れる薄暗い一室に、モネータはいた。

 石積みで作られたその部屋は、狭く寒々しい。牢獄にテーブルと椅子を置いているような錯覚を覚える。

 机を指で叩いている中年男が、姿勢良く座る彼に、何度目になるだろうはっきりとした舌打ちを鳴らす。

「それで?」

「さきほどお話したのが全てです」

 コツコツと鳴らしていた指が、ぴたりと止まる。

「昨日の夜、花売りのダニー=ドルトンがお前に追い回されているのを、見た奴がいるんだよ。それはどう説明するんだ?」

「集金をするために伺ったら、物凄い形相で店から走り出てきまして。何かに追われているようでしたから、理由を聞こうかと」

 用意してあった言葉だった。

 考えたのはモネータではなかったが、毎日の練習の甲斐があってか、アネッロがするように『それが何か』とでも言うような余裕さえ見えた。

「私は、容疑者なのですか?」

「一番疑わしい人物だ」

「それについて、何か証拠でもあるのですか? お話した通り、子供たちに連れられて彼を発見した。現場を荒らしてはいけないと見張っていた事が、犯罪になるのですか?」

 少しばかり眉間にしわを寄せれば、目の前に座る巡邏長と呼ばれている中年の男がにやりと口元に笑みを浮かべ、コツコツと指で机を叩き始める。

「さて、もう一度聞こうか。なぜあの人気のない道に行った」

「……何度も申し上げた通りです。一人になり、気持ちを落ち着かせようとしたからです」

 これで、十回目になる質問だった。辟易しながらもモネータは同じ言葉を繰り返す。

 アネッロからも言われていた。

 万が一、取調べを受ける事があった場合、嘘をつかず聞かれた事について話せる事は全て話せ。と。

 だからモネータは素直に応じているのだが、それでも何度も同じ事を聞かれれば苛立ってもくる。

「私が犯人だと言うのならば、なぜあの場所に戻ったと言うのですか」

「なぜなんだ? 教えてくれないかね」

「私は犯人ではないので、分かりません」

 下品であると知りながら、モネータは舌打ちをしたい気持ちに駆られた。

 だが、正しい事をしている自分が、ここで一つ正しくない反応をすれば、目の前にいる警邏長と呼ばれた男は舌なめずりをしてたたみかけてくるだろう。

 姿勢を保ち、真摯な気持ちでまっすぐ彼を見るしかなかった。

 そしてまた、目の前の男は舌打ちを繰り返す。十一回目になる質問を繰り返そうと口を開きかけた時、鉄製の扉が叩かれた。

 舌打ちをして立ち上がり、男が外に出て行くと、しばらくして見知った女が男一人を連れ立って入室してくる。

 記述を担当していた若い男に出て行くよう、背の高い男が声をかけると、渋々といった様子で帳面を彼女に渡し、退出した。

 モネータがおもわず立ち上がると、女は手だけで座れと合図する。

 ゆっくりと軋む椅子に座り直せば、男を後ろに立たせ、彼女は今まで警邏長が座っていた椅子に腰掛けた。

「第一級犯罪捜査班、捜査官のアンシャ=ザイエティです。後ろは、アルト=コレット捜査官。言わなくても知っているとは思いますけれど、手順ですから」

 モネータは小さく頷いた。

 警邏長という男の名は、知らない。警邏長である事は、これみよがしに言ってはきたが。

「ザイエティ捜査官、私はなぜここに縛られなくてはならないのですか」

「犯人は現場に戻ってくるもので、子供をだしにしてその場に残り、証拠隠滅を謀った。というのが、先程まで取調べをしていたグイズ警邏長の見解ですわね」

「私は、犯人ではありません」

「そうかしら。申し訳ないのですが、モネータ=ジュダス。あなたが犯人ではない証拠がありませんの」

「犯人である証拠はあるのですか?」

「残念ながら、そちらもありませんわね」

 モネータが眼を見開いて彼女を見つめると、にこりともせずアンシャは帳面を開き眺めると、羊皮紙に何かを書き留めていく。

「ジュダスさん、両手を前に出していただけます?」

 警邏長とは違う質問に、モネータはどこか解放された気持ちになっていた。

 何のために? とは聞かず、素直に両手を机の上へ出す。

 手の平や甲を何度も返しながら、指の間までアンシャは厳しい眼で確認する。

「……いいでしょう。時間をお取りしましたわね。今日は帰っていただいて構いませんわ」

 モネータは、安堵した。

 アンシャに礼を述べると、彼女は眼を細める。

「ジュダスさんが、犯人ではないと決まったわけではありません。事件が片付くまでは、この町から外に出ないようにしてください」

「分かりました」

 モネータは立ち上がった。

「ジュダスさん」

 アルトから声をかけられ、まだ何かあるのかと振り返れば、背の高い彼はにやりと笑った。

「あなたを身請けしたいというお嬢様方が、何人もいらっしゃいましたが、皆さんにはお引取りいただきました。それでよろしかったですか?」

「……それは、感謝致します」

 お手数おかけしました。と一礼し、モネータは鉄の扉と石で囲われた狭い部屋から解放された。

 アルトが鉄扉を開け、モネータが一歩外に出ると警邏長――グイズといったか、中年男が厳しい顔で歩み寄り、低い声でモネータに告げた。

「俺は、お前を信用していないぞ。少しでも不審な動きを見せてみろ、とっ捕まえて吊るしてやるからな」

「それは、脅迫ですか?」

「警告だ。容疑者君」

 理不尽な物言いに、モネータは奥歯を噛みしめた。

 だが潔白であるという証拠もない以上、耐えるしかない。

「私は潔白です」

「どうだかなあ」

 明らかに馬鹿にした笑いが、モネータの感情を逆撫でる。

「何をしているのですか、グイズ警邏長。無用な取調べは、私が許しませんよ」

 立ち止まったモネータを不審に思ったアンシャが、彼の横から通路に出て、鳶色の眼を鋭く細めた。

 グイズは鼻を鳴らし、モネータから視線を外す。

「そうは言いますがね。これは本来、俺の事件なんだよ」

「さきほど申し上げた通り、この件は第一級犯罪捜査班に一任されました。警邏は町の巡回を強化する事に力を入れるよう、指示されているはずですわ」

「……分かりましたよ」

 舌打ちをしかけて思いとどまったのが見て取れた。グイズは足を踏み鳴らして去っていく時に小さな声ではあったが、お嬢ちゃん捜査官が、と吐き捨てた。部下であろう若い男は蒼白になりながらも、アンシャ達に向かって敬礼をし、警邏長の後を追いかけていった。

「ザイエティ捜査官、助かりました」

「いえ、彼に代わって謝罪致します。外まで案内しますわね」

 捨て台詞については、彼女は何も言わなかった。

 後ろをついて歩くアルトも、特に口を挟む事はない。

 モネータが怒りを覚えるほどの嫌みに、どうして二人は淡々としていられるのか不思議だった。

 捜査官の立場は、警邏よりも上のはずで。上官に逆らう事は、下手をすれば懲罰ものである。

 だが、二人は何もなかったような顔をしていた。

 モネータがとやかく言う隙間は、少しもない。ただ押し黙り、後について歩くしか出来なかった。

「この先を左に行けば出口になりますわ。受付で手荷物を受け取ってお帰り下さい。それと、またお話を伺う事があると思いますので、連絡がとれるようにしておいて下さいね」

「分かりました、失礼致します」

 二人はモネータを見送ると、すぐに仕事モードへと表情を変えた。

 教えられた通りに自分の荷物を受け取り、外に出れば、その明るさにモネータは眼を細めた。

 太陽が、大分高くなっている。

 一度ジュダス商会へと戻り、事の顛末を報告しておくべきかと、モネータは行き交う人の波に足を踏み入れた。



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