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婚約破棄された地味令嬢は『月光のショコラティエ』でした~退屈と言われたので、もうあなたにショコラは作りません~

作者: uta
掲載日:2026/03/29

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

「君との婚約は今夜限りで解消する。僕にはもう、心に決めた人がいるんだ」


王宮の月見の夜会。

満月が青白い光を惜しみなく降り注ぐ中庭で、クロード王太子は高らかにそう宣言した。


周囲の貴族たちがざわめく。グラスを落とす音。扇で口元を隠す淑女たち。そして——私、ルナ・セレスティーヌに向けられる無数の同情と好奇の視線。


(ああ、とうとうこの日が来たのね)


驚くべきことに、私の心は凪いでいた。五年間尽くした婚約者からの公開処刑にしては、随分と穏やかな心地だ。


「クロード様、私がお作りした特製のショコラ、とっても喜んでくださったでしょう?」


蜂蜜色の巻き毛を揺らしながら、私の隣——いえ、今やクロードの隣に収まったショコラが、勝ち誇った笑みを浮かべる。


私の従姉妹、ショコラ・ヴァレンティーヌ。社交界の華と称される彼女は、琥珀色の瞳を細めて私を見下ろした。


「ルナ様には申し訳ないけれど……愛には勝てませんの。ごめんなさいね?」


ごめんなさい、と言いながら一切謝罪の色がない。むしろ、長年の溜飲を下げたような恍惚すら滲んでいる。


(あなたが作った、ねえ)


私は内心で小さく笑った。


「地味で愛想のない女より、僕にはショコラのような華やかで甘い存在がふさわしい」


クロードが金髪をかき上げながら言い放つ。碧眼には確信に満ちた光。自分が正しい選択をしていると、微塵も疑っていない顔だった。


「ルナ、君は悪い女性ではない。ただ……退屈なんだ。いつも地味な装い、愛想笑いすらしない。王太子妃たるもの、もっと華やかでなければ」


(五年間、あなたのために影で奔走したことは記憶にないようね)


予算調整に頭を悩ませた夜も。彼の失言を取り繕うため貴族たちに根回しした日々も。彼の好みを把握し、食事から衣服まで気を配り続けた時間も。


全ては「退屈」のひと言で片付けられるらしい。


「……そう」


私は静かに答えた。


「お気持ちは理解いたしました、殿下」


「えっ」


「それだけ?」


クロードとショコラが、同時に間の抜けた声を上げる。


何を期待していたのかしら。泣き崩れて縋りつく私?「やめてください」と懇願する姿?


残念ながら、そのような見世物を提供するつもりはない。


「五年間、ありがとうございました。殿下にはどうぞお幸せに」


私は淡々と頭を下げた。それだけだ。本当に、それだけ。


ざわめきが一層大きくなる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


ショコラが声を荒げた。予想外の展開に、あの完璧な笑顔が崩れている。


「何よその態度! 五年も婚約していた相手にそれだけ? 悔しくないの? 泣かないの?」


(泣いてほしいの? 縋りついてほしいの?)


憐れなほど分かりやすい。彼女は「完璧な勝利」を欲しがっている。私が打ちひしがれ、惨めに泣き崩れる姿を見せなければ、勝利の味が薄れるのだろう。


「ショコラ」


私は従姉妹の名を呼んだ。


「あなたに一つ、お伝えしておくことがありますわ」


「な、何よ」


「もう、あなたにショコラを分けてあげる義理はありませんわね」


瞬間、ショコラの顔から血の気が引いた。


「な……っ」


「え? どういうことだ?」


クロードが眉を寄せる。当然、彼は知らない。知るはずがない。


「殿下」


私は穏やかに微笑んだ。五年間、一度も見せたことのない笑みだったかもしれない。


「ショコラが『自作』と称してお贈りしていた絶品ショコラ。あれは全て、私が作ったものですわ」


「……は?」


「何を言って……! 嘘よ! 負け惜しみも大概にしなさい!」


ショコラが金切り声を上げる。しかし、その声には明らかな動揺が滲んでいた。


「では、来月の殿下の誕生日には、ぜひショコラの手作りを楽しみにしていてくださいませ」


私は深々とお辞儀をした。


「私からは以上です。皆様、良い夜会を」


踵を返す。背後から「待ちなさい」「ルナ!」と声が飛んだが、振り返る義理はない。


月明かりが私の銀灰色の髪を照らす。淡い紫の瞳に、今夜の満月が映り込んだ。


(五年間、お疲れ様。私)


ようやく、長い呪縛が解けた気がした。


中庭を抜け、人気のない回廊に出たところで——


「見事な幕引きでしたね、月光のショコラティエ」


低く、どこか甘さを含んだ声が降ってきた。


私は足を止めた。


月光に照らされた柱の影から現れたのは、銀髪に深い藍色の瞳を持つ青年。神秘的な美貌は、まるで月神が人の姿を借りたかのよう。


隣国ルナリア王国の若き国王——アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリア。


「……いつからいらしたのかしら」


「最初から」


恥じる様子もなく、彼は言った。


「五年間、君を探していた」


藍色の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。


「ようやく見つけた。——月の女神よ、どうか我が国へ来てはくれないか」


月光が二人の間に降り注ぐ。


私の新しい物語が、今夜始まろうとしていた。



◇ ◇ ◇



「我が国へ来てはくれないか」


アルテミス国王の言葉が、夜気の中に溶けていく。


(……正気かしら、この方)


私は内心で絶句した。いくら隣国の王とはいえ、初対面の相手に開口一番「国へ来い」とは。外交的にも、常識的にも、あまりに突飛すぎる。


「突然のお申し出に驚いております、陛下」


「アルテミスでいい」


「それは流石に——」


「いずれ、そう呼ぶことになる」


(……この人、会話のキャッチボールができないタイプ?)


銀髪の国王は、感情の読めない美貌で私を見下ろしている。「銀月の君主」の異名に違わぬ神秘的な佇まいだが、発言内容はかなり強引だ。


「陛下。私が『月光のショコラティエ』だという確証は」


「ある」


即答だった。


「三年前、ある商人から月光のショコラを購入した。一口で確信した——これは、尋常な技術ではないと」


藍色の瞳が、わずかに熱を帯びる。


「月の魔力を菓子に封じ込める技法。それは我がルナリア王家が千年かけて追い求め、ついに見出せなかった秘術だ」


(月の魔力、か)


確かに、私の魔法は特殊だ。月明かりの下でのみ発動する「月光魔法」。希少すぎて、学術的な研究すらほとんど進んでいない。


祖母から受け継いだこの力を、私はショコラ作りに注いできた。


「以来、我が国の諜報網を総動員して探し続けた」


アルテミス国王が一歩近づく。月光を背負うその姿は、まるで夜そのものが人の形を取ったかのよう。


「君のショコラを食べた夜は、月が二つあるかのように明るく感じた」


(……それ、口説き文句のつもりかしら)


詩的なのか天然なのか判別がつかない。


「お褒めいただき光栄です。ですが、陛下のご提案をすぐに受け入れることは——」


「ルナ」


凛とした声が私の名を呼んだ。


振り返ると、そこには母——ステラ・セレスティーヌの姿があった。銀髪を優雅に結い上げた母は、穏やかな紫の瞳で私を見つめている。


「お母様……」


「見ていましたよ。先程の、立派でしたね」


母は静かに微笑むと、私の傍らに立った。そして、アルテミス国王に向かって優雅に一礼する。


「ルナリア国王陛下。娘がお世話になっているようで」


「……世話には、まだなっていない」


「あら、三年も探し続けてくださったとか。それは十分『お世話』ではなくて?」


母の穏やかな声には、しかし鋼のような芯がある。


「娘を攫おうというのであれば、まずこの母を説得していただかなければ」


「攫うとは言っていない。正式に求婚するつもりだ」


「あらあら、まあまあ」


母が扇で口元を隠した。しかし、その目は笑っていない。


「陛下。娘を泣かせたら月が落ちても追いかけますわよ?」


「……覚えておく」


アルテミス国王が、わずかに表情を引き締めた。どうやら母の威圧は、一国の王相手にも有効らしい。


「話は変わりますが、陛下」


母が話題を転じた。


「先程の騒ぎ、おそらく後始末が必要になりますわね」


「ああ」


アルテミス国王が頷く。


「クロード王太子は、自分が何を手放したか理解していない」


「ええ。そしてショコラは——」


母の言葉を遮るように、遠くで悲鳴が上がった。


「来月には証明されるでしょう」


「証明?」


私が問うと、母は優しく微笑んだ。


「あなたがショコラを作らなくなれば、あの子は何も作れなくなる。自分の化けの皮が剥がれるのは、時間の問題よ」


それは、私も分かっていたことだった。ショコラには、菓子作りの才能がない。彼女が王太子に献上していた「傑作」は、全て私が密かに作り、従姉妹に譲っていたものだ。


(なぜ、そんなことをしていたのか)


理由は単純だ。騒ぎを起こしたくなかった。幼い頃から才能を妬まれ、何度も陥れられそうになった。だから、表舞台を従姉妹に譲ることで、平穏を買っていた。


でも、もう。


「お母様。私、決めました」


「あら、何を?」


「もう、誰かの影には隠れません」


母の瞳が、一瞬潤んだように見えた。


「よく言いましたね、ルナ」


「月光のショコラティエは、私です。それを、正式に名乗ります」


月明かりが、決意を固めた私を照らす。


アルテミス国王が、初めて表情を緩めた。それは——笑みと呼ぶには淡いが、確かな喜びを宿していた。


「ならば、俺は君を支えよう」


「陛下——」


「正式な求婚は、君が名乗りを上げた後にする。その方が、君の価値を世界が正しく知った上で選べるだろう」


(……思ったより、紳士的な人なのかもしれない)


強引な第一印象が、少しだけ修正された。


「ところで」


アルテミス国王が、ふと視線を逸らした。


「……その、今夜、月が綺麗だから……もし、よければ……」


「?」


「その……ショコラを、一つ……」


(あ)


銀月の君主の耳が、かすかに赤く染まっている。


(この人、甘いもの好きなのね)


思わず、小さな笑みがこぼれた。



◇ ◇ ◇



「師匠、お帰りなさい」


王宮を後にし、馬車で街外れの工房に戻ると、漆黒の髪をした青年が出迎えてくれた。ノワール。私の弟子であり、護衛でもある。


「夜会は……」


「終わったわ。いろいろな意味で」


「そうですか」


無表情のまま、ノワールは私のショールを受け取った。


「では、作業を」


「ええ。今夜は満月ですもの。作らなければ」


工房の扉を開けると、月光が降り注ぐ空間が広がった。天窓から満月の光が差し込み、銀色の調理台を照らしている。


ここが、「月光のショコラティエ」の聖域。月明かりの下でのみ開かれる、幻の工房。


「あの」


ノワールが珍しく口を開いた。


「何?」


「アルテミス陛下が……その、工房を見たいと……」


振り返ると、銀髪の国王がノワールの背後に立っていた。


「……いつの間に」


「門から」


「ノワール、なぜ入れたの」


「……元主です」


ああ、そういえばそうだった。ノワールは元々アルテミス国王の密偵だ。この工房を探す任務中に私と出会い、弟子入りを志願してきたのだが——主従関係の名残は消えていないらしい。


「陛下、ここは——」


「作業の邪魔はしない。見ているだけだ」


アルテミス国王の藍色の瞳が、工房を見回す。月光に照らされた銀の器具、整然と並ぶカカオ豆、瓶詰めの香料。


その視線が、どこか子供のように輝いていることに気づいた。


(……本当に、お好きなのね)


仕方がない。今夜は特別に見学を許すことにしよう。


「ノワール、カカオを」


「はい」


私はエプロンを身につけ、作業台に向かった。


月光魔法は、私の意思と月の満ち欠けに呼応する。満月の夜は、最も力が強くなる時。


選び抜いたカカオ豆を手に取り、静かに集中する。


——月よ、力を貸して。


銀色の光が、私の指先から溢れ出す。カカオに魔力が染み込み、淡く発光し始める。


「……美しい」


アルテミス国王の呟きが聞こえた。


焙煎、粉砕、練り上げ。工程を進めるごとに、月の香りが濃くなっていく。甘く、どこか切ない、夜だけの香り。


「師匠の手際は、何度見ても」


「惚れ惚れする」


ノワールの言葉に、アルテミス国王が続いた。二人が顔を見合わせる。


(何その連携)


気にせず作業を続ける。テンパリングを終え、型に流し込む。月光が液体のショコラに映り込み、銀色の波紋を描く。


「——できたわ」


冷やし固める時間を待つ間、私は型を月光の下に置いた。


この工程が、月光のショコラを特別なものにする。月の魔力を吸い込んだショコラは、他のどんな菓子とも違う風味を持つ。


「先程、王太子が」


ノワールが報告を始めた。


「何か?」


「従姉妹殿に、来月の誕生日のショコラを所望されたようです」


「あら」


予想通りだ。クロードは、ショコラの「手作り」が本物だと信じている。来月になれば、彼女が何も作れないことが露見する。


「ショコラ殿は、かなり狼狽していたとか」


「そうでしょうね」


私は淡々と答えた。


「従姉妹殿は」


ノワールが続けた。


「以前、この工房に忍び込もうとしたことがあります」


「知っているわ。あなたが追い返してくれたでしょう」


「はい」


アルテミス国王が眉を寄せた。


「忍び込む? 何故」


「レシピを盗むため。あるいは、私の存在を消すため——」


言葉を切った。今更、過去の被害を並べ立てても仕方がない。


「陛下」


私は話題を変えた。


「お約束の品ができました」


型から外した月光のショコラを、銀の皿に乗せる。淡く発光するそれを、アルテミス国王に差し出した。


「……いいのか」


「今夜のお礼です。王太子に婚約破棄を宣告されて、孤立無援だと思っていましたから」


銀髪の国王は、静かにショコラを受け取った。


そして——ひと口、口に含む。


瞬間、あの冷徹な美貌が、蕩けるように緩んだ。


「……っ」


藍色の瞳が潤み、頬が微かに紅潮する。威厳ある「銀月の君主」の面影は、どこにもない。


(あら)


思わず、私は口元を押さえた。


(可愛い……かも)


「美味い」


アルテミス国王が、噛みしめるように言った。


「月の光が、舌の上で溶けていく。まるで——夜空を飲み込んだようだ」


「お気に召したなら、何よりです」


「ああ。やはり、君を手放すわけにはいかない」


「それは、私のショコラが目当てですか?」


意地悪く問いかけると、アルテミス国王は真剣な顔で首を振った。


「違う」


「では?」


「君が、目当てだ。ショコラは——副産物に過ぎない」


(……口説き文句、下手すぎない?)


副産物って。もう少し言い方があるでしょうに。


でも、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、この不器用さが——少しだけ、心地よい。


「陛下」


「何だ」


「もう一つ、差し上げましょうか」


「……いいのか」


藍色の瞳が、期待に輝く。子供のような純粋さに、思わず笑みが溢れた。


「ええ。今夜は特別ですから」


月光の下、新しいショコラを差し出す。


私の新しい人生は——甘く、静かに、始まったばかりだ。



◇ ◇ ◇



一ヶ月が経った。


クロード王太子の誕生祝賀会。王宮の大広間は、色とりどりの貴族たちで溢れ返っている。


私は招待されていない。当然だ。婚約破棄した相手を呼ぶ理由がない。


しかし——


「ルナ様、よろしいのですか」


私の傍らで、母が囁く。


「何がでしょう」


「観覧席にいらしても」


「見届けたいのです、お母様。五年間の決着を」


大広間を見下ろすバルコニー。貴婦人用の観覧席から、私は静かに下を見守っていた。


そして、隣には——


「俺も見届けよう」


アルテミス国王が、腕を組んで立っている。


(なぜ、あなたがここに)


問いかける前に、広間が静まり返った。


「殿下、お誕生日おめでとうございます!」


ショコラの声が響く。蜂蜜色の巻き毛を揺らし、彼女は銀の盆を掲げていた。


「これが、私が心を込めてお作りした特製ショコラですわ!」


自信に満ちた笑顔。しかし、私には分かる。あの目の奥にある、追い詰められた獣のような焦り。


クロード王太子が、期待に目を輝かせた。


「ああ、ショコラ。待ちわびていたよ。君の作るショコラは格別だからね」


「ええ、もちろんですわ! 今日は特別に、殿下のために——」


銀の盆の蓋が開かれる。


中に入っていたのは——


「……何だ、これは」


クロードの声が、凍りついた。


盆の上には、歪な形の茶色い塊。表面はひび割れ、白い粉を吹いている。ブルームと呼ばれる現象だ。温度管理に失敗した証拠。


「い、いえ、これは……!」


ショコラの顔が青ざめる。


「これが、君の手作り?」


「違うんです、殿下! 本当は、もっと、その——」


「もっと、何だ?」


クロードの声が低くなる。周囲の貴族たちがざわめき始めた。


「いつもと全然違うじゃないか。これのどこが『特製』なんだ?」


「そ、それは——」


ショコラが言い淀む。言い訳が見つからないのだ。当然だろう。今まで「自作」として献上していたショコラは、全て私が作ったものなのだから。


「ショコラ」


クロードの声が、さらに冷たくなった。


「もしかして、今まで献上していたショコラは——」


「違います! あれは私が……私の……」


「ルナ・セレスティーヌが作っていた」


凛とした声が、広間に響いた。


視線が一斉にバルコニーを向く。そこには——私ではなく、アルテミス国王が立っていた。


「ルナリア国王陛下……!」


ざわめきが広がる。隣国の王が、なぜここに。


「エストリア王太子」


アルテミス国王が、静かに告げた。


「君が『退屈な女』と捨てたルナ・セレスティーヌこそが、王族が血眼で探し求める『月光のショコラティエ』だ」


広間が、静寂に包まれた。


「——嘘だ」


クロードが呟く。


「嘘ですわ! ルナ様にそんな才能があるはずない! 地味で、愛想がなくて、何の取り柄もない——」


「黙れ」


アルテミス国王の声が、冷たく遮った。


「才能を見抜けなかった己の愚かさを、彼女の責任にするな」


藍色の瞳が、ショコラを射抜く。


「そして——他者の才能を盗み、自分のものだと偽った者は、相応の報いを受けるべきだ」


「う、嘘よ……嘘よ!」


ショコラが叫ぶ。しかし、その声には既に力がない。


貴族たちの視線が変わった。同情や好奇ではない。軽蔑と嫌悪。「才能泥棒」を見る目だ。


「ショコラ・ヴァレンティーヌ」


エストリア国王——クロードの父が、玉座から立ち上がった。


「詐称と欺瞞の罪により、社交界への出入りを禁じる。セレスティーヌ伯爵家への謝罪と賠償を命じる」


「そんな……!」


ショコラが崩れ落ちる。かつて社交界の華と称された少女の姿は、もうどこにもなかった。


そして——


「クロード」


国王の声が、王太子に向けられた。


「お前は、幻のショコラティエを隣国に奪われた責任をどう取るつもりだ」


「ち、父上、それは……」


「ルナリア国王は、既にルナ・セレスティーヌを庇護下に置いた。お前の愚かな判断が、国益を損なったのだ」


クロードの顔が蒼白になる。継承権争いへの影響。政治的立場の悪化。今、彼の頭の中には、それだけが渦巻いているのだろう。


(因果応報、ね)


私は静かにバルコニーから背を向けた。


見届けるべきものは、見届けた。これ以上、この場にいる意味はない。


「帰ろう」


アルテミス国王が、私に手を差し出す。


「君の工房へ。月が、待っている」


私は——初めて、彼の手を取った。



◇ ◇ ◇



「ルナ」


工房の天窓から降り注ぐ月光の下で、アルテミス国王が私の名を呼んだ。


一ヶ月前とは違う。今、私は「月光のショコラティエ」として正式に名乗りを上げた。隠れる理由は、もうない。


「陛下」


「アルテミス、と言ったはずだ」


「……アルテミス」


名を呼ぶと、銀髪の国王は微かに頬を緩めた。無表情なこの人には珍しい、柔らかな変化だ。


「言いたいことがある」


「はい」


「俺は、口下手だ」


「……存じております」


「だから、うまく伝わるか分からないが——」


アルテミス国王が、一歩近づいた。月光が銀髪を照らし、藍色の瞳が私を真っ直ぐに捉える。


「君のショコラは、月光のように静かで、けれど確かに心を溶かす」


「……」


「それは、君自身と同じだ」


言葉が、胸に染み込んでくる。


「五年間、誰にも理解されなかっただろう」


「……」


「才能を搾取され、価値を認められず、それでも黙って耐えていた」


見透かされている。この人は、最初から私を見抜いていたのだ。


「俺は、君の価値を知っている」


アルテミス国王が、私の手を取った。大きく、けれど繊細な指先。月光魔法の残滓が、触れ合った部分でちらちらと光る。


「菓子職人としてだけではない。ルナ・セレスティーヌという人間として」


「……」


「だから——」


藍色の瞳が、真剣に揺れる。


「俺の隣に来てほしい。君が望むなら、工房も、自由も、全て保障する。ただ——」


言葉を切り、彼は静かに息を吸った。


「俺は、君を愛している。それだけは、変わらない」


(ああ)


心の奥で、何かが溶けていく音がした。


五年間、クロード王太子に尽くし続けた日々。認められることのない献身。報われない努力。それらが、今、静かに流れ落ちていく。


「アルテミス」


私は、彼の瞳を見つめ返した。


「私は——」


言葉を探す。五年間、押し殺していた感情を、どう表現すればいいのか分からない。


「……不器用で、愛想がなくて、皮肉ばかり言います」


「知っている」


「華やかな社交が苦手で、地味な装いを好みます」


「それでいい」


「夜中にショコラを作り続ける変人です」


「だから惹かれた」


(この人は)


私の欠点を、全て肯定する。否定するのではなく、そのまま受け入れる。


それが——どれほど、救いになることか。


「一つ、条件があります」


「何だ」


「ショコラは、毎晩作ります。邪魔しないでください」


アルテミス国王の目が、ぱちりと瞬いた。そして——


「毎晩、味見させてもらえるか」


真剣な顔でそう言うものだから、私は思わず吹き出した。


「……っふ」


「何だ」


「いえ、可愛いと思って」


「……可愛い、か」


銀月の君主の耳が、かすかに赤く染まる。威厳も神秘性もあったものではない。


「アルテミス」


私は、彼の手を握り返した。


「喜んで、あなたの隣に参ります」


「——本当か」


「ええ」


月光が、二人を包み込む。天窓から降り注ぐ銀色の光の中で、私たちは静かに向かい合った。


「ルナ」


「はい」


「キスを、していいか」


(律儀に許可を取るのね)


「ええ」


静かに瞼を閉じる。


月光のように優しく、ショコラのように甘い——初めてのキスだった。



◇ ◇ ◇



「師匠」


工房の隅から、ノワールの声が聞こえた。


「……何」


「おめでとうございます」


無表情のまま、彼は頭を下げた。


「それと、ショコラが焦げます」


「えっ」


慌てて調理台を見ると、鍋から煙が上がっていた。


「アルテミス! 離れてください!」


「……もう少しだけ」


「焦げます!」


月光の下、新しい日常が始まる。


不器用で、地味で、けれど確かに幸せな——私だけの物語が。



【完】

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