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夜空

リオンとクロがウィングサーペントによって、地上から遥か彼方、夜空のただ中へと連れ去られていく。

猛烈な風切り音が鼓膜を叩き、地上の景色は瞬く間に遠ざかる。

リオンの体には鋭い牙が食い込み始め、顔が苦痛のあまり歪んでしまう。


「……ぐぅっ、、!  っは、なせぇ……」


本来ならば、とっくに噛み砕かれているはずだった。

だが、リオンの右腕に取り憑いたクロが、ウィングサーペントの口腔内で瞬時に膨張。

自らを鋼鉄よりも硬いつっかえ棒のように変化させ、上下の顎が閉じるのを内側から必死に食い止めていたのだ。


『くっそぉ、リオン!! このままじゃやばいぞ!!』


クロの絶叫があたりに響く。

家々を紙細工のように破壊してきた怪物の顎だ。

クロがどれほど硬質化しようとも、圧倒的な質量で押し潰そうとする万力のごとく圧力は凄まじく、クロの体からはミシミシときしむ音が上がっていた。


((まじぃな、これ以上耐えるのはきつそうだ.....。かと言って攻撃に転じても下手すれば地面に叩きつけられちまう....。))


一行の猶予もなく究極の二択を迫られるクロ、彼が頭を悩ませる中でリオンがクロに問いかける。


「クロ....お願い..がある。」

『おいおい、何か妙案でもあるってのかよ?』

「一瞬だけでもいい、、ほんの少しだけ口を開けさせて.....無理矢理にでも、なんでもいいから。」


その提案は、この状況においては自殺行為に等しかった。

今の均衡は、クロが必死に踏ん張っているからこそ保たれている。

口をこじ開けるために力の配分を変えたり、あるいはわずかにでも気を抜いてしまえば、リオンの体は即座に上下の顎に挟まれ、真っ二つに分断されてしまうだろう。

だが、あえてリオンは賭けに出た。


『はぁ!? テメェ正気か!? 防御を捨てろってことかよ!! そんなことしたら一瞬でお前はお陀仏だぜ!?』

「うん……。でも......、絶対うまくいくから。」


リオンの瞳に迷いはない。

その狂気すら感じる純粋な眼差しを見て、クロは盛大に舌打ちをした。


『……ケッ。知らねぇぞ、半分になっても文句言うな

「っありがとう!!」


クロは自身のパワーリソースを全て、ウィングサーペントの顎をこじ開けることだけに集中させた。


『オラァアアアアッ!!!』


グバァッ!!!

怪物の顎が、物理法則を無視した馬鹿力によって強制的に押し広げられる。

肉に食い込んでいた牙が抜け、リオンの体は自由となった。

この一瞬を逃すものか。リオンは激痛に顔をしかめながらも即座に身を翻し、口腔内から飛び出した。


「よしっ!! 抜けれた!!!」


支えを失った体は、即座に重力に捕まり、凄まじい速度で落下を始める。

バババババッ!! と空気の層が体に打ち当たり、視界がブレる。

だが、リオンは迷わず上空――怪物の口元に残った相棒に向かって、右腕を突き出した。


「クロッ!!!! 来て!!!」

『おうっ!!!』


漆黒の塊となったクロが、弾丸のようにリオンを追いかけ、その差し出された右腕に向かって大口を開ける。


『ガブリッ!!!!』


思い切り、噛み付く。

その牙が右腕に沈んだ瞬間、黒い塊は液体のように瞬時に広がる、そしてそれは先ほどまでの「剛腕」とは、まったく別の形に変わって行く。

肘から前腕部にかけ、漆黒に染め上げられたその腕の先から。


ジャラリ……ッ


と、重々しい金属音と共に、黒鋼の鎖が生成される。

そして、その鎖の先端には。

殺意の塊と呼ぶにふさわしい、夥しいほどの棘を生やした巨大な鉄球――アイアン・ハンマーが備え付けられていた。


『へへ、この状況ならこれが一番だ。ガツンとやっちまえ!』

「よぉーし!!いくぞぉーー!!」


二人の掛け声が重なると同時。

リオンは遠心力を乗せて振り回していた鎖鉄球を、迫りくる怪物目掛けて思い切り投擲した。

 

ヒュンッ!!!!


風を切る音と共に、鎖鉄球が空を切りながら直進する

だが、狙いは直撃による破壊ではない。


『狙いはこれヨォ!!』


鉄球はウィングサーペントの顔面の横をすり抜けると、まるで意思を持った蛇のように軌道を変えた。

ジャラララッ!! と鎖が伸び、開かれていた怪物の顎に巻き付く。

さらに勢いは止まらず、そのまま長い首から胴体へと螺旋を描くように締め上げていった。


空を飛ぶための要である巨大な翼さえも、胴体ごとグルグル巻きに固定され、もはや羽ばたくことすら許されない。


『ギャ、グガ……ッ!?』


悲鳴を上げようにも、顎まで封じられているため、くぐもった呼吸音しか漏れない。


『「うおおおおおおおおおお!!」』


リオンとクロが力任せにウィングサーペントを地面に向かって撃ち落とす。

鎖は解けて、ウィングサーペントはまともに動くことも叶わずただ落ちるのみ。

だがそれでは終わらなかった。


『リオン!!今度こそとどめだ!!』

「これでおわりだぁ!!!」


堕ちゆく、ウィングサーペントの脳天に向かって狙いを定める。

体を捩り鎖鉄球を、ブンブンと高速で回転させる。

唸りを上げる卓球の残像が繋がり、夜空に漆黒の円環を描きだす。

それはまるで黒い満月のようだった。


限界まで回転力を高め、遠心力と重力、その全てを一つへと収束させる。

そしてリオンは張り裂けんばかりの気合いと共に、解き放つ。


黒鉄の衝撃(ブラックアウト)!!!!!!!」


黒鉄の塊がウィングサーペントの脳天を正確に捉える、グチャリッと頭蓋が陥没し、脳みそがシェイクされていく。

目からは滝のように血涙が流れ、喉からは血と混ざった泡がゴボゴボと吹き出す。

そしてそのまま空の怪物は地へと力無く堕ちていく。


ズガァアアアアアアアアアアァァァァァァァンッ!!!


大地に穿たれた凄まじい轟音が、夜の静寂を突き破る。

ウィングサーペントは頭から地面に叩きつけられた衝撃で、ひしゃげた頭蓋がさらに押しつぶされ。そこを中心として巨大なクレーターが作られる。

遅れて舞い上がった土煙が、夜空は高く立ち上っていく。


しばらくして、土煙は晴れていく。

そこには、無惨に地に伏したウィングサーペントの姿があった。

力無く地に伏してぴくりとも動かずに、完全に生命を断ち切られていた。


その直後。

上空から黒い球体が真っ直ぐに落ちてくる。

それはボフンッとウィングサーペントの柔らかい腹部に着地し、軽く跳ね上がる。

気の抜けた音が響き、黒い球体はコロコロとそばに転がっていく。


そしてその黒い球体はシュルシュルと解けていき、中から姿を現したのはリオンだった。

リオンを衝撃から守っていた球体の正体、それはクロだったのだ。

リオンは地面に尻をつけたまま何事もなかったかのように、へらりと笑って言った。


「ね? うまくいったでしょ」


そのあまりの能天気さに、足元に戻った影――クロは、うんざりしつつも笑いかけるような声を漏らす。


『行き当たりばったり過ぎだろ』


二人が互いの無事を確かめ合い、安堵の微笑みを交わしていると――周囲から、ざわざわと人の声がし始めた。

どうやら着地したこの場所は、村の中にある広場のような開けた場所だったらしい。


「……なんだ?」「一体何が起きたんだ……?」


凄まじい轟音に驚いたのだろう。

家の中から、村の人々が次々と、恐る恐るといった様子で顔を出し始める。

それと同時に、逆の方角から一人の男が飛び込んできた。

連れ去られたリオンを必死で追いかけてきた、ニックだ。


「リオン!!! 大丈夫か!!!??」


リオンのそばに滑り込んだニックは、すぐさまリオンの体中を調べ回る。

服はボロボロで、脇腹や肩にはウィングサーペントの鋭い牙による噛み跡が痛々しく残っていた。


だが、その傷口からは血が流れていない。

よく見れば、傷を塞ぐようにしてどろりとした黒い影が入り込み、血管を直接圧迫するようにして出血を止めていた。クロがリオンの体の一部となって、内側から応急処置を施しているのだ。


『俺様、結構いい仕事してるだろ?』


ニヤリと笑いながら軽口を叩くクロの言葉によって、致命的な傷ではないと悟り、ニックは体から力が抜けたように、深く、長く息を吐いた。


「よかった……本当に、よかった……」

「ニックさん、心配かけてごめんなさい」


リオンが申し訳無さそうに眉を下げた、その時だった。

ざわめいていた村人たちの視線が、リオンの背後――そこに横たわる巨大な影に釘付けになった。


「おい見ろ!! ウィングサーペントが倒れてるぞ!!?」

「あぁ……やはりなんて大きさだ……」

「あの坊主がやってくれたのか!!!??」

「動かないぞ……死んでいるのか!!??」


松明の明かりに照らされた、山のような怪物の死骸。

事態を飲み込めないまま、村人たちが一人、また一人と、リオンと怪物の周りに集まり始めていた。


「皆さん!!見ての通りウィングサーペントは僕とクロがきっちりとやっつけました!!もう、大丈夫です!!!」

『ヘンッ、感謝しろよなぁ!!!』


リオンの高らかな宣言とクロの傲慢な声が響いた後に、広場には奇妙な沈黙が流れる。

あまりにも非現実的な光景と事実を前に、村人たちは喜びよりも先に、戸惑いと困惑を覚える。


「......もう......本当に、大丈夫なのか?」


人混みの中で誰かが、震える声でポツリと呟く。


「はい!!もう、怯える必要なんてありません!!」


その問いにリオンは迷いなく再び大きな声で宣言する。

その言葉に周りの人々は、恐る恐ると目の前に横たわる巨大な怪物の死骸に再び視線を向ける。


家を破壊し、作物家畜を喰らい、作物を荒らし、自分達の命を脅かし続けた恐怖の権化。

それが今、自分達よりも小さな子供の後ろで頭を破壊された無惨な状態で転がっている。


その事実がゆっくりと頭の中に浸透していくように理解していく。


「.....倒したんだ....。っ本当に!」

「助かった......俺たち、助かったんだ!」


一人また一人とボロボロと涙を流し始め、それが徐々に全体へと伝染していく。

そしてその瞬間に、


「「......っ!!ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁ!!!!!!!!!!!!!!」」

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


大地が揺れ、空が割れそうになるほどの歓声が湧き起こる。


「やったぞ!!ウィングサーペントが倒された!!!」

「っ本当に、本当にありがとう!!!」

「なんとお礼を言えばいいのだろうか!!」


泣きながら駆け寄ってくる者、リオンの手を握りしめる者、地面に手をつけて喜ぶ者。

大人も子供も関係なく抱き合い、泥だらけになるのも厭わずに誰もがなりふり構わず、この奇跡を祝っていた。

もみくちゃにされながら、リオンは「あはは。」頰を赤くして照れ臭そうに笑う。


『ケッ、しまらねぇな。もっと胸を張りやがれ英雄様よ?』

「だって、こういうのあんまり慣れてないしぃ....。」


称賛の言葉を浴びせられても、なんと返せばいいのか分からない。

リオンはただポリポリと頭をかきながら、目を細めることしかできなかった。

ふと、歓声の渦が和らいでいく。

誰かの視線に皆が釣られるように、東の空を見上げる。


「あぁ……!」


人混みの中の誰かが感嘆の声を漏らす。

山の向こうから、鋭い光の線が放たれる。

重く垂れ込んだ暗い夜の帳を切り裂き、燃えるような黄金色の朝日が世界を塗り替えていく。


「....!綺麗だね。」

『あぁ、ちと眩しすぎだがな』


昇りゆく光が、その全てを優しく包み込んでいく。

崩れ去った瓦礫の山を。荒れ果てた畑を。

力無く地に沈んだ怪物の亡骸を。

そして、これまでの恐怖を生き延びてきた、強き人々を。


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