到着
リオンたちが馬車に揺られて数刻が過ぎた頃。
窓の外に広がっていた青空は、いつの間にか燃えるような濃い茜色に染まり、辺りは夕焼けに照らされていた。
ガタガタと揺れていた馬車が、不意にガタンッ!! と音を立てて停止する。
「「うわっ?!」」
「おーい。兄ちゃんたち、目的地付近に着いたぞ。後は自分たちで歩いてってくれ」
御者台から声がかかる。
どうやら、馬車で行けるのはここまでのようだ。
「……悪いなぁ。これ以上進むと、馬が怯えて動かなくなっちまうんだ」
荷物をまとめて馬車から降りたリオンは、御者の言葉につられて馬の方を見た。
確かにその馬は、荒く鼻を鳴らし、落ち着きなく足踏みをしている。
目には見えない何かの気配に、本能的に怯えているようだった。
「いえ、ありがとうございます。ここまで飛ばしてもらって助かりました」
リオンは御者に礼を言うと、震える馬の首筋にそっと手を伸ばした。
「君も、ありがとうね。……怖い思いさせてごめんね」
リオンは優しく、労るようにその頭を撫でてやった。
馬は震えを抑えることはできないが、リオンの優しい手によって、ほんの僅かに息を落ち着かせることができた。
やがて馬車が去っていくと、辺りは静寂に包まれた。
「さてと、ついに到着したね」
「ここからは俺が案内するよ。ついてきてくれ」
リオンはニックの後をついていく。
開けた平原を抜け、なだらかな凹凸が続く丘道を歩く。豊かな緑が生い茂り、街の傍では山の方から続く川が流れている。
穏やかなこの景色は平和そのものであるが、今この状況ではかえって不気味に感じられるものだった。
「……見えてきた。あれが俺の村だ」
丘を一つ越えた先で、ニックは足を止め、前方に指を差した。
そこは背後にそびえる山と川に挟まれた、開けた場所だった。
村は山の麓に、まるで木が根を張ったように静かに佇んでいる。
「へぇ、あそこがニックさんの村かぁ」
ほぇー、と呑気そうに頭に手をかざし遠くの村を眺めるリオン。
その横で、ニックは鬼気迫る顔で村を観察していた。
「……だけど、なにか様子がおかしい。この時間は家の明かりがつき始める頃のはずだ。リオン、急いでくれ!」
「うん、わかった!」
リオンたちは村へと急ぐ。
だが、たどり着いたその場所は、暗く静まり返ってしまっていた。
見れば建物のほとんどはひどく倒壊しており、無事に家の形を保てているのは数えるほどしかない。
その道を駆け抜け、生存者がいないかを必死に確認する。
「みんな! どこにいる!? 俺だ、ニックだ!!! 返事をしてくれ!!!」
喉が引き裂けんばかりにニックが叫ぶ。
腹から全てを絞り出すように、辺りに絶叫がこだまする。
「なんてひどい有様なんだ。これは相当に暴れた後だね」
瓦礫のようになった家の群れをしばらく走っていくと、村の奥に、今にも途絶えてしまいそうな光を放つ建物を見つけた。
「ねぇ、ニックさん!! あそこ!! あの一軒だけ、明かりがついてるよ!!」
「あれは……村長の家だ!! みんなあそこにいるのか!?」
「行ってみましょう!」
リオンたちは明かりのついた家へと一直線に向かう。
ニックがバタンッ!! と勢いよく扉を開け放つ。
そして、その目に飛び込んできたのは――凄惨な光景だった。
「……うぅ」
「……いてぇ、いてぇよ……」
「……あぐ、うぐグゥ……」
家の中には、足の踏み場もないほどに人が寝かされていた。
その誰もが、目を覆いたくなるほどの大怪我を負っている。
苦しそうに呻く怪我人たち。その周りで看病している村人たちは、額に汗を流し、休むことなく処置に当たっていた。
その時、こちらに気づいた一人の女性が駆け寄ってくる。
「ニック……ニックなのかい?!」
「母さん……。よかった、無事だったんだな」
「ええ、私はなんとか。……村の男たちが、体を張ってくれたの」
女性はニックの母親だった。彼女もまた、ウィングサーペントに対抗して傷ついた人たちの看病に追われていたようだ。
リオンが室内を見渡す。
怪我人たちは、満足な治療を受けられているとは言い難かった。
傷口は村にあるなけなしの布で縛られているだけで、止血と圧迫による気休め程度の処置しか施されていなかったのだ。
「ウィングサーペントとの戦いで、村のみんなはひどく傷ついてしまった。治療をするにも、薬草を取りに行くことさえ難しいわ」
「もう何人も、薬草採取をしている最中に襲われて……」
「このままじゃみんな、あいつになぶり殺しにされちまう……」
ニックの母は弱々しい声で、村の現状を伝えた。
村の人々は口々に恨み言を吐き、恐怖と怒りに震えている。
ウィングサーペントになぶられ、弄ばれ、愛するこの地を地獄に変えられてしまったのだ。
その事実に、リオンはグッと拳を握りしめた。
行き場のない怒りをぶつけるように、自身の鞄をトン、と軽く拳で叩く。
その瞬間、リオンはあることを思い出した。
「……あっ。あの、すみません、僕持ってます……薬草」
「「なんだって!?」」
「今日の早朝に、薬草を摘みに行ってたのを忘れていました。よろしければこれ、使ってください!」
リオンは鞄の口を大きく広げると、中から大量の薬草を取り出した。
村人たちは、驚愕した顔で鞄の中から溢れんばかりの薬草に釘付けになる。
手に取って感触と形を確認し、それが間違いなく本物の薬草であることを確信した。
「……おぉ、これだけあればなんとか全員分の治療ができそう」
「ありがとう。遠慮なく使わせてもらうわ」
薬草を受け取った人々は、素早い動きで薬を調合していく。
できた薬を怪我人たちに塗っていくと、苦悶の表情を浮かべていた彼らの顔が、ほんの僅かに安らいでいった。
そんな慌ただしい光景を背景に、先ほどまで怪我人の処置に当たっていた者たちが、リオンに感謝の言葉を送る。
「本当にありがとうございます。冒険者さま、なんとお礼をすればいいのやら……」
「おかげでこれ以上傷がひどくなることは無くなりました」
「リオン、こっちからもお礼を言うよ。何から何まで本当に」
「いやいや、まだお礼を言うのは早いですよ。……ニックさん。本番はこれから先ですからね」
ふふッと笑いかけるリオンの言葉に、ニックは「そうだな」と力強く頷いた。
そして、その瞬間。
ドオオオオオオオオン……!!!
家の外で、耳をつんざく豪雷のごとき爆音が響き渡った。
この音を耳にした村人たちは皆、恐怖に身をすくませる。
怪我人たちが口を揃えて、「奴が来た」とうわ言のように唱え始めた。
「奴じゃ……ウィングサーペントが、またやってきたんじゃ……」
「……ッ、リオン!!」
「来たんだね……奴が」
敵の出現によって、一気にその場に緊張が走る。
リオンが身構えようと姿勢を変えた、次の瞬間だった。
『キシャアアアアアアアアアッ!!!』
大気を震わせるほどの咆哮が、村全体に響きわたる。
ガラスを爪で引っ掻く音を何十倍にも増幅させ、不愉快にさせるような金切り音。生理的嫌悪感を呼び起こすその叫び声に、リオンたちは思わず耳を塞いでしまう。
「こっ、こっちにくるぞ!!?」
「もうだめだぁ!!!」
絶望が感染していくように、皆が絶叫し、恐怖する。
誰もがこれから自分に訪れるであろう凄惨な末路を想像し、パニックに陥る。
だが、その絶望した群衆の中でただ一人。
ニッと不敵に笑い、玄関の扉に手をかける者がいた。
「さて! ここからが本格的に僕の出番ですね!!」
リオンは外にいるであろう絶望を恐れることなく、飛び出そうとしていた。
側から見れば、自ら大蛇の餌になりに行く愚か者。自殺志願者だ。
絶望した村人たちは、口を揃えて叫ぶ。
「あんた正気か!!??」
「あんなバケモンに勝てっこない!!!」
「わざわざ死にに行くようなもんだ!!」
一斉に言葉を投げかける村人たち。
だが、その少年に確かな希望を見出し、送り出す者もいた。
「リオン……絶対に奴を倒してくれよ」
ニックは強くリオンに言葉をかける。
その言葉に、リオンは迷いなくまっすぐに返した。
「もちろんです。きっちり倒して、きっちりこの村を救っちゃいます!」
ギィっとドアを開け、すぐさま外へと出るリオン。
その目の前に、討伐対象はいた。
暗く沈んだ村を、月光が照らし出している。
そこに、長く、巨大な影が落ちていた。
ぐねり、ぐねりと体をうねらせ、それははるか上空から村へと舞い降りる。
身に宿した巨大な翼が羽ばたくたびに、家の中にいても吹き飛ばされそうなほどの突風が巻き起こった。
そう、それこそが。
ウィングサーペントであった。




