旅立ち
リオンが所属する冒険者ギルド。
その本拠地があるのは、大陸中央部に位置する大国
――『セントロアル王国』だ。
物流と交通の要所であるこの国から、リオンとニックは長距離移動用の乗合馬車に乗り込もうとしていた。
「ここから村まで、どれくらいかかりますか?」
「馬車を飛ばして……だいたい半日ってところだな」
ニックは地図を確認しながらそう答える。
半日。
平時であれば、さほど遠い距離ではない。だが一刻を争うこの状況下では、その数時間が何よりも長く、もどかしく感じられる。
それでも、徒歩よりは幾分かマシだ。
「とにかく急ぎましょう! 御者さんに多めに料金を渡して、飛ばしてもらいます!!」
「ああ、頼む!!」
二人は荷物を抱え、ニックの村がある東へ向かう馬車に飛び乗った。
出発しようとしたその時、リオンはあることに気づく。
「ん? あれは……?」
目を凝らすと、遠くから一つの人影が、猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。
その影が近づくにつれ、正体が明らかになる。
ギルドの酒場でウェイトレスをしている、リネットだ。
「えっ?! リネットさん!?」
リネットは荷物を片手に、馬車まで全力疾走してきた。
だというのに――目の前でピタリと止まった彼女は、息一つ切らしていなかった。
そして、いつものように淡白で、平坦な声色で告げる。
「……リオン、これ持ってけ。弁当」
彼女は無造作に、手に持っていた包みをリオンに押し付けた。
「え、えぇ!? いいんですか?」
「代金はホバンスにつけとくからいい。……お前、朝から飯食ってない」
リネットはツンと顔を背ける。
「腹ペコ虫は役立たず。……食べろ」
言い捨てると、リネットは踵を返し、一度も振り返ることなくスタスタと歩き去ってしまった。
礼を言う暇すら与えぬ嵐のような一瞬の出来事。
あっけにとられるリオンの手には、ずっしりと重い弁当の包みが残されていた。
布越しに伝わってくるその感触と微かな温かみが、彼女がわざわざ用意して走ってきてくれたことを物語っていた。
「あ……あ、ありがとうございまーす!! リネットさーん!!」
リオンは慌てて、小さくなっていくその背中に向かって叫ぶ。
リネットは振り返ることこそしなかったが、ヒラヒラと、片手を上げて応えたのが見えた。
そのそっけない仕草に合わせて、鮮やかな水色の髪が風にさらりと靡いていた。
「なんかすごい人だな、あのねーちゃん」
「すごく優しい人なんです。……かなり変わってますけど」
リオンは「よいしょ」と弁当を大切に抱え、座席に座り直した。
「よし! 馬車を出すぞ!!」
御者の掛け声と共に、鞭が鳴る。
馬車は車輪を軋ませながら力強く動き出し、セントロアル王国の石畳を東へ向かって駆け出した。
⬜︎
セントロアルの王都を抜けてから、はや数刻。
車窓の景色は、賑やかな石造りの街並みから、いつしかのどかな平原と森へと変わっていた。
「さてさて! いただいちゃいましょう!」
馬車の揺れが少し落ち着いたところで、リオンは膝の上でお弁当の包みを開いた。
その瞬間、スパイシーで香ばしい香りが、ふわりと車内に広がっていく。
「うわぁっ……!」
中身を見た瞬間、リオンは目をキラキラと輝かせた。
弁当箱にぎっしりと詰められていたのは、ふんわりとした分厚いパンに、これでもかと言わんばかりの鶏肉を挟み込んだ――『特製グリルチキンサンド』だった。
「これ、僕の大好物なんです!! しかも……見てください、お肉増し増しだ!!」
(....リネットさん、なんだかんだ言って僕のこと心配してくれてるんだなぁ)
ずしりと重い弁当を見つめながら日頃の彼女の顔を思い出す。
リネットは注文をすれば、「.....わかった。」と寡黙に答え。品を運ぶ時も、「.....お待たせ。」と言い本当に静かでどこか冷めたような態度が目立つ少女である。
だが、普段の冷たい態度は仮面で、その下には温かい優しさがある。この弁当が、何よりの証拠だった。
「いただきます!」
リオンは大きく口を開けて、豪快にかぶりつく。
溢れ出る肉汁に、香ばしい甘辛いソースの味
それを爽やかに包み込むフレッシュな野菜達。
噛み締めるたびに体の底から力が湧き上がるようだ。
「ん〜っ!! おいしいっ!!」
そのまま勢いよく食べ進めていくリオンであったが、ふと向かい席の方に視線を向け、食べる手を止めた。
視線の先にはニックが頬杖をつきながら、不安そうに窓の外を眺めていた。
「....ニックさん。よかったら半分どうですか?これ、すっごく美味しいですよ。」
リオンは包み紙を広げてもう一つのサンドをニックに差し出す。
だが、ニックは弱々しく首を横に振り、か細い声でそれを断る。
「......いや、せっかくだけど俺はいいよ。ありがとう。」
「え?もしかしてチキン嫌いでしたか?!」
「いやぁ、チキンは好きだ.....だけどそうじゃないんだ。
「家族のことや村のみんなのことが気になって、食欲がないんだ……」
ニックの声は沈んでいた。
家族や仲間の安否を思えば、食事が喉を通らないのも無理はない。
だが、リオンは引くことなく、再びチキンサンドをグイッと差し出した。
「ニックさん。辛い時や落ち込んでいる時こそ、美味しいご飯を食べて元気を出すのが一番です!」
「え……?」
「人間、お腹が空いちゃうと余計に気持ちまで落ち込んじゃいますから。ほら!」
その底抜けに明るい笑顔と、なんの捻りもないシンプルな持論。
けれど、それが不思議と今のニックには、どんな慰めの言葉よりも心に響いた。
「……そうだよな。違いねぇや」
ニックは観念したように息を吐き、小さく笑った。
「ありがとう。……いただくよ」
彼はチキンサンドを受け取ると、大きく口を開けてかぶりついた。
噛み締めるたびに、体の底から元気が湧いてくる。
先ほどのリオンの言葉が、縮こまっていた心に染み渡っていくようだった。
「……うん。美味い。すっげぇ美味いよ」
「でしょー! なんたって僕のお気に入りなんだもん!」
二人は顔を見合わせて笑った。
先ほどまで張り詰めていた空気はほつれ、いつの間にか馬車の中は和やかなものに変わっていた。
⬜︎
食事が終わり、リオンとニックはウィングサーペントの討伐方法について話し合っていた。
「それで……どうやってウィングサーペントを倒すんですか?」
ニックは不安そうに、リオンに疑問を投げかけた。
心配するのも無理はない。彼は実際に、ウィングサーペントの脅威を間近で目にしているのだから。
空を支配するあの怪物を相手に、どう戦うというのか。
「どうするもこうも、まずは地上に引きずり下ろすことが先決ですね。勝負はそこからです」
リオンは指を一本立てて説明する。
「ホバンスさんから聞いた話だと、そいつは『自分よりも弱い相手を徹底的になぶって、弄ぶ習性』があるらしいんです」
「弱い相手を……?」
「ええ。逆に言えば、強そうな相手や、罠がありそうな場所には警戒して近寄らない。……賢くて、性格が悪いんです」
リオンはそこで言葉を区切り、真剣な眼差しでニックを見つめた。
「だからこそ、僕たちの方から隙を見せてやる必要があります。奴が思わず飛びつきたくなるような、無防備で弱そうな獲物を」
「無防備で、弱そうな獲物……?」
ニックがオウム返しに呟く。
リオンはニッと不敵に笑うと、親指で自分自身の胸をトンと叩いた。
「そうです。――僕が囮になります」
「は……?」
「そして奴が僕めがけて飛び込んできたところで奴の羽根に一撃加えて地面に叩きつけます。」
ニックは呆気にとられ、まじまじとリオンを見た。
確かにリオンは小柄で、武器を構えていなければ、どこにでもいるただの子供にしか見えない。
だが、それはあまりにも危険すぎる賭けだ。
「ま、待ってくれ! いくらなんでも危険すぎる! 相手は巨鬼級ってやつなんだろ!? 万が一、捕まりでもしたら……!」
ニックは心配のあまり立ち上がり、リオンの無謀な提案を否定しようとする。
だが、リオンはそれを予測していたかのように、口早に彼を制止した。
「大丈夫です、ニックさん。僕、これでも結構強いんですから」
リオンはニヒヒっと、悪戯っぽく笑って胸を張る。
「大船に乗ったつもりで……期待しててください!」




