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決定

青年はホバンスに冷淡な言葉で決死の頼みを一蹴され、放心してしまっている。


「……ど、どうしてダメなんだ……? なんで助けてくれないんですか?」

「アンタ『飛竜級ワイバーン・クラス』とかいうやつで強いんだろ……?」


青年は先ほど以上に震えた声で、ホバンスに疑問を投げかける。


「勘違いすんなよ、兄ちゃん。ダメとかじゃねぇ、今回俺は動く必要がねぇから『行かない』ってだけだ」

「行く必要がないって……どういう事なんですか?」


ホバンスはその問いかけに対して、堂々と告げた。


「そのウィングサーペントの討伐……隣のリオンに任せてやってくれねぇか?」

「はぁ……えっ?」 


目の前にいる巨漢が、隣にいる小さい子供にあの化け物の討伐を任せる。

そんな素っ頓狂なことを言われ、青年は間の抜けた声しか出すことができなかった。


「リオンはここ最近、メキメキと腕を上げている。『闘犬級ハウンド・クラス』に昇格してから、もうしばらく経つからな。俺も認めざるを得んくらいに筋が良い」

「えっ、そ、そうかなぁ……えへへ」


照れくさそうに頭を掻くリオンを横目に、さらにホバンスは続ける。


「ま、だから今回は俺からリオンに与える『修行』みたいなもんだ。こいつにウィングサーペント討伐に行かせて、一皮剥けさせてやりたいんだよ」


「そ、そうなんですか。なら......」


青年は先ほどまでのものとは違う、迷いを捨て意を決した面構えでリオンの方に向き直る。


「僕はアンタを信じるよ!!リオン、どうか俺の村を.....、村のみんなを救ってくれ!!」


青年は涙を流しながら強くリオンの手を握り、まっすぐな瞳で言葉をかけるそしてリオンも続けるように言葉紡ぐ。

「もちろんです!!ホバンスさんにもあんなこと言われたんです!!きっちりやってやります!!」


青年にも負けないくらいに強くまっすぐな瞳で迷いなく言った言葉を嘘偽りもない正真正銘の強い誓いのようであった。


「いいぜぇ!!リオンよく言った!!!」

「ホバンスさんがそこまでいうなら俺たちは信じるぜぇ!!」


リオンの言葉に酒場の冒険者たちは大いに盛り上がる。だが、その喧騒に鋭い言葉が突き刺さる。


「ストォォォォォォォプッ!!!」


あまりの剣幕に、皆が声の震源地へと視線を向ける。

そこに立っていたのは、肩で息をするギルド受付嬢

――アンナだった。


おい、アンナちゃん! 急にどうしたんだよ、せっかく良いところなのによぉ!?」

「そうだそうだ!! 邪魔すんなよー!!」


酒場中から浴びせられるブーイング。

それを聞いたアンナのこめかみに、ピキリと青筋が浮かび上がった。

アンナは野次に怯むどころか、逆に一歩踏み出し、鬼のような形相で冒険者たちを睨みつける。

そして、地を這うような低い声で囁いた。


「……何か文句でも、ありますかぁ?」


その背後に黒いオーラが見えるようなド迫力。

あまりの様相に、騒いでいた冒険者たちは蛇に睨まれたカエルのように、一瞬で黙り込んでしまう。


「い、いやぁ……?? そのぉ、あはは……!」

「な、ないです!! 文句なんてないですよねぇ?!」

「あぁそうだよな?! うん! ……っあ、リネットちゃん!!! お、俺にエール追加ね!!」

「お、俺も俺も!!」


アンナの気迫に黙らされた冒険者たちは、皆逃げるようにウェイトレスのリネットへ注文をし始める。

嘘のように静まり返った酒場の中で、リネットの平坦で淡白な返事だけが静かに響いた。


「……わかった」


そしてアンナは、すっかりお通夜のように静まり返ってしまった酒場を闊歩し、まっすぐにリオンの元へと進んでいく。

カツ、カツ、とヒールの音だけが響くのが、余計に恐ろしい。


「リオンくん。……分かってるわよね? 冒険者がギルドを通さず、個人間で勝手に依頼を受けるのは『重大なルール違反』だってこと。」


アンナはリオンの目の前で立ち止まり、瞳の奥から冷たい光を放つ。


「は、はい! わかってますアンナさん! か、顔が怖いです……!」

「わかってないでしょ!!さっきまであんなノリノリでウィングサーペント退治行こうとしてるじゃない!!」

「で、でもぉ....!」


是が非も言わせぬ勢いにリオンはさっきまでの勢いを失ってしまう。

だがこの場で引くわけには行かないと抵抗を見せる。


「でも、依頼を受け付けて掲示板に貼り付けるまでだいぶ時間かかるじゃないですか?!」

「そうこうしてるうちにも、この人の村が大変なことになっちゃうよ!!」

「そ、そうです!!そこをなんとかお願いします!!!」

「ぐぬぬぬっ。」


思いもよらぬリオンの反撃にあんなを思わず口をつぐませてしまう。

ここでギルドが依頼者から依頼を受けて掲示板にそれが張り出される工程を見てみよう。


           ⬜︎


1・まず依頼主がカウンターへ相談に来る。そこで正式な依頼内容と報酬の見積もりを行う。


2・虚偽報告を防ぐため、ギルド直属の調査専門冒険者を現地へ派遣する。ここですでに移動の日数がかかる。


3・調査結果が出次第、その報告書と依頼書を合わせてギルドマスターの元へ提出する。だが、これで終わりではない。


4・ここが最大の難関だ。ギルドマスターはその書類を、なんと『国王直属の騎士団長』の元へ持参し、国の認可を仰がなければならない。

そして、騎士団長の承認印が押された書類が戻ってきて初めて、正式な依頼として掲示板に張り出されるのである。

この長い長いスタンプラリーを完遂するのに、通常で約一週間。どんなに急いでも五日はかかるのが現実だ。

だが、村には「今」、空飛ぶ蛇が迫っている。

五日後には、村は更地になり、手遅れになっていることは明白だった。


           ⬜︎


「だからお願い!! アンナさん!! 今回だけ、今回だけ見逃してください!! お願いします!!」


リオンはアンナに対し、深々と頭を下げた。 

その瞳は真剣そのもので、一歩も譲る気配はない。


「……わかりました。では、こういうことにしましょう」

 

これ以上止めることは無理だと折れてしまったのか、アンナは小さくそう呟いた。

そして、眉間を指で揉みほぐしながら、声を潜めてこう続ける。


「まずリオンくん。あなたはそのお方の村へ『たまたま』別の依頼で行くことになった。……そこで不運にも魔物と鉢合わせしてしまい、身を守るために『戦わざるを得ない』状況になった……という形、どうでしょう?」


その申し出に、その場にいた全員が目を点にしてしまった。

無理もない。目の前にいるのは、誰よりも真面目で、勤勉で、誠実と謳われた受付嬢アンナなのだから。

まさか彼女の口から、こんないい加減な……いや、粋な申し出が飛び出すとは誰も思わなかったのだ。


「あ……アンナ、さん……」


リオンは呆気に取られていたが、その言葉の意味を理解した瞬間、パァッと顔を輝かせた。


「ありがとうございます!!!!」


リオンはアンナの手を両手で強く握り、ブンブンと上下に振り回し始めた。


「本当に……っ、本当にありがとうございます!!!」


青年も感極まり、リオンの手の上からさらにアンナ

の手を握りしめ、一緒になって激しく振り回す。


「ちょ、ちょっと二人とも! ゆ、揺れます! 腕がもげちゃいますからぁ!!」


アンナの悲鳴も、今の彼らには届かない。

その光景を見て、ホバンスが机を叩いて爆笑した。


「がっはっはっはっは!!!! 傑作だ! まさかあの堅物のアンナが、こんな『提案』をするとはなぁ!!」

 

「よーし!!それじゃあ早速ぅ.....」


勢い良く声を上げて村へ向かおうとするリオンだが、何故か急に言葉が途切れて、ぴたりと押し黙ってしまう。

そしてその瞬間にハッとしながら青年の方へと振り返る。


「.....そういえばあなたの名前をまだ聞いていなかったです。」

「あ、言われてみれば....。」


目の前の青年は一度コホンと咳払いをし、リオンに向かって名前を名乗る。


「俺はニック。よろしくお願いしますリオンさん!!」


こうして、ギルドの正式な手続きをすっ飛ばした緊急の依頼が始まるのであった。



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