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始まり

小鳥のさえずりと共に、薄汚れたカーテンの隙間から、朝日が入り込んでくる。

僕は重たい瞼を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。


まだ半分寝ている頭で、ふと視線を床に落とす。

視線の先にあったのは、朝日に照らされて長く伸びた「僕の影」だ。

じっと見つめる。まるで小枝に止まる鳥を眺めるように。

だが当然、影はぴくりとも動きはしない。ただの物理現象によって生じた影である。


「......ふぅ」


僕は影から視線を外して、ベッドから降りた。

顔を洗い、装備を確認して、少しばかりサイズの大きい鞄を背負う。

13歳の僕には少し不釣り合いな革のベルトを締め直し、トレードマークの帽子をかぶって、僕は部屋を後にした。


冒険者である僕の朝は早い。

冒険者ギルドの掲示板には、今日もさまざまな依頼が貼り出されている。

魔物討伐、護衛、素材採取に未開拓地の探索。

血の気の多い冒険者たちが高い報酬に群がる中で、僕は迷わずにそれとは真逆の方向に向かって一枚の羊皮紙を剥がしとった。


『薬草の採取』

これは危険もなく、さほど難しくもない、いわば新米冒険者たちがするようなクエストだ。

このクエストを毎朝受けるのが、僕の日課になっている。


「おはようございますアンナさん、これをお願いします」

「あら、リオンくん。今日も朝から精が出るわね」


ギルドの受付嬢アンナさんに依頼書を持っていくと、彼女はいつものように和やかな笑顔を向けながら、受注認可のハンコを勢いよく、ぽんっ! と押した。

これでクエスト受注は完了だ。


「よぉ!! 草刈りリオン、今日も薬草採取からか?!」

「あ、ホバンスさん! はい、これ僕の日課なんですよ」

「薬草採取も結構だが、冒険者とならば冒険しないとな!! がっはははは!!」


この人はホバンスさん。このギルドで活動している凄腕の冒険者で、僕はよくこの人のお世話になっている。

人当たりもよく、気さくなこともあって、ここのみんなから慕われている人だ。


「ちゃんとしてますよ! この間だってゴブリンの巣の調査に行きましたし!」

「おぉー、そうだったな。まぁ、今日も気をつけてな!!」

「はい! 行って来ます!!」


勢いよくギルドの扉を開け、街へと繰り出す。

しばらく歩くと、景色は石畳と建造物が並ぶものから、豊かな緑色へと姿を変えていく。

広くなだらかな平原を越え、少しするとそこは鬱蒼とした森林地帯だ。


木々の隙間からは木漏れ日が降り注ぎ、湿った土と緑の濃い香りが鼻をくすぐる。

あまりの心地よさに、思わず鼻歌を口ずさみたくなるような天気だ。

僕は草むらの前でしゃがみ込んだ。


「……よいしょっと」


普通の雑草に紛れているが、それは少し見た目が違って見える。

全体がギザギザとしつつも、先端には僅かに丸みを帯びた特徴的な形の葉。それが目的の薬草だ。

根元を優しくつまみ、傷つけないようにゆっくりと、かつ力強く丁寧に引き抜く。

手慣れた手捌きで次々と採取し、腰のカバンへとしまっていく。


(やっぱり、この葉っぱの独特な香り……クセになるな。ふふっ)


青臭さの中に、爽やかさが混じる独特な香り。思わず口元が緩む。

遠い昔、まだ家族と一緒に暮らしていた時、この草を頻繁に手にしていたからだ。

……とても、懐かしい匂い。


黙々と、静かな森の中で手を動かす。

魔物との戦闘中にある緊張感も、ゴブリンやトロールの巣を調査する時の緊迫感もない。

ただただ穏やかで、静かな時間が流れている。

まるで自分が自然と一つになっているようだ。心の底から平穏を感じられる。

しばらくして、カバンがずしりと重くなっていることに気づいた。


「ありゃ、いつの間にこんなに」


見上げれば、太陽も随分と高い位置まで登っている。

それと同時に――。


『ぐゥゥゥゥゥ~~~~~』

「……あはは。そろそろ戻って、ご飯でも食べよっと」


派手に腹の虫が鳴いたが僕はぐーっと体を伸ばし、軽い足取りで街への帰路についた。



ギルドの重厚な扉を開けると、いつも通りの喧騒……

とはまた違う、刺々しい空気が漂っていた。


「だからっ! 頼むって言ってるだろ?!」


フロア中に響き渡るほどの怒声。

目に見えてボロボロで、みすぼらしい格好をした青年が、受付カウンターの前で喚いていた。


「どうかしたんですか?」

「あぁリオンか。……まぁなんだ、さっきからあの兄ちゃんがゴネてんだよ」

 

扉の近くで様子を眺めていた冒険者に聞くと、どうやらあの青年はギルドに依頼を出したいようだった。

泥だらけの顔は必死そのもので、カウンターをドンッ! と勢い良く叩きつけながら、アンナさんを困らせている。


「ここは『冒険者ギルド』なんだろ?! 誰でも依頼を受け付けてくれるんじゃねぇのかよっ?!!」

「そう言われましても……。正式な手続きと、報酬の見積もりが出ないと……」


アンナさんは眉を下げ、ほとほと困り果てた様子だ。もう随分と長い間、問い詰められているらしい。

その周りでは、今隣にいる冒険者のお兄さんも先輩冒険者たちも、気まずそうに、そして呆れ果てた視線をその青年に向けている。


「はぁー、たまにいるんだよな。こういう奴よぉ」

「田舎モンはこれだからな。そう都合良く動くんじゃねぇってもんよ」


ギルドに併設された酒場で酒を煽る冒険者たち。

果てはウェイトレスまでもが、その青年に対して同情することなく、ただ冷ややかに眺めるほかなかった。


「せっかくの酒が不味くなっちまうぜ」

「まったくだ」

「……話にならんな」


そう吐き捨てたウェイトレスは、すぐに青年を視界から外し、業務に戻っていく。

完全に、無視だ。


「俺の村が……魔物に襲われてんだよ!! 今すぐ来てくれよ!! なぁ……頼むよぉ?!」


青年の悲痛な叫び声だけがギルド内に虚しく響き、すぐに重たい静寂が辺りを包み込んだ。


どこか冷たい空気に包まれたギルドの中で、僕は意を決してカウンターの方へと歩み寄った。

そして、怒りと絶望で震えている青年の服の裾を、くい、と引っ張る。


「……あのぉ、ここで騒いでも仕方ないからさ。場所を変えて、あっちでお話ししませんか?」

「えっ?」


僕は親指で、酒場の空いているテーブルを指差した。

このままカウンターで騒がせていては、アンナさんも仕事にならないし、彼も頭に血が昇ったままではまともな話し合いなんてできないだろう。


「えっと……君は?」


青年が、呆気にとられたように涙目のまま僕を見下ろした。

僕はニカっと、この重苦しい空気を吹き飛ばすような笑顔を彼に向けた!


「僕はリオン! リオン・トナイッツ!」


僕は胸を張り、高らかに名乗る。


「このギルドで冒険者をやってます!!」

「え、えぇ……?」


先ほどまでの重い沈黙とは似つかわしくない、少年の明るい声。

そして、青年の間の抜けた声が、静まり返ったギルドに響き渡った。















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