大丈夫ですわ、お嬢様。このミリアに良い考えがございます
公爵令嬢は悩んでいた。婚約者である王太子が身分の低い女生徒を侍らしていることに。
父親に時間を取ってもらって相談したら――
「そんなつまらないことで時間を取らせたのか! お前がなるのは何だ? 王妃だぞ。王妃がそんな狭量で務まると思っているのか!」
それを聞いていた母親は――
「旦那様の貴重なお時間をいただいて、そんな些細なことを奏上するなんて、それでもこの家の娘なの」
それを公爵令嬢の部屋で聞いた乳母は――
「結婚したら全部うまくいきますよ、お嬢様」
大人たちはみんなそう言う。――そう言わないのは、学園の寮にまで一緒に来てくれている侍女だけだ。
「お母様はそうおっしゃいますけど、これは度が過ぎております。このまま嫁いでも、お嬢様が幸せになりません」
乳母の娘である乳姉妹のミリアの言葉にマリアは強張った身体から力が抜ける。
しかし、乳母の意見は違うようだ。
「結婚さえすれば、王妃ですよ?」
「王妃だろうが、妻だろうが変わりません。他の女にうつつを抜かす夫がいては、家人に侮られ、不遇をかこつのが目に見えております。王妃なんて、更に悪い。寝取られて、陰口叩かれて、離婚もできないではありませんか」
「そうなるとは限らないでしょう?」
「結婚前から婚約者を大切にせず、義務すら果たさない殿方と結婚して、不遇に遭わないと?」
「夫など跡継ぎを設けさえすれば、不要のもの。跡継ぎの母であれば侮られません」
「・・・」
切り捨てるようには言われなかったものの、乳母も両親と同じ意見だった。
ただ、言い含めようとしているだけだ。
「話にならないわ。行きましょう、お嬢様」
乳母の娘は学園の寮に戻ろうと、公爵令嬢を急かした。
「大丈夫ですわ、お嬢様。このミリアに良い考えがございます」
◇◆
「あ~、重い」
侍女の制服に身を包んだ少女が、大きな衣装箱を両手に抱えて、学園の中を歩いていた。
使用人が通る道は決められているが、学生が使う道のほうが断然、早く着く。
歩き方からしても、侍女らしくない彼女は、まだ侍女として働きだして日が浅い新人だ。
と、そこに、男子学生が通りかかる。売られていた絵姿でよく見かけた容姿なので、新人侍女も知っている人物だ。
「あ、王子様」
「お前は・・・?」
「行きましょうよ、チャーリー」
見知らぬ侍女に声をかけられて戸惑う王子を、一緒にいた女子学生が急かす。
「マリアお嬢様の侍女になったエレナです」
「マリアの? そうか」
不意に聞かされた婚約者の名前に王子の顔が歪む。
「酷いと思いませんかぁ~。こんな大きなもの、一人で運べとか言うんですよ~」
「平民のくせに気安くチャーリーに話しかけないでよ。――ねえ、行こ」
連れの女子学生は話を切り上げて早く行こうとばかりに、けんもほろろだ。
「え~? 王子様は平民にも優しいって、聞いたのに~。がっかりです~」
王族とはいえ、相手は平民だった男爵令嬢に優しい王子だ。同じ平民である自分にも優しいと思ったエレナだったが、王子は大きくて重い衣装箱を抱える彼女を手伝う素振りも見せない。
その落胆を露わにするエレナ。
と、そこにまた男子学生が通りかかる。
「どうしたのか?」
「あ。お嬢様が模擬夜会に貸し出しするドレスを確認したいから、運んでいるんです~。夜会用のドレスって、重いんですね~。もう、腕がパンパンです~」
「手伝うよ」
「ありがとうございます~」
男子学生が快く手伝ってくれたこともあり、エレナの口も軽くなる。
「聞いてくださいよ~。王子様を見付けたけど、噂と違って優しくないんですよ~」
「あー・・・」
王子の聞こえるところでの王族批判に、男子学生は口を濁す。
「それに、婚約してるお嬢様以外の女の人と距離近すぎじゃないですか~」
「え~と・・・」
王子の聞こえるところでの王族批判に、男子学生は口を濁す。
「お貴族様って、大変ですよね~。偉すぎて娼館に行けない人の為に娼婦の真似事しなきゃいけないなんて~」
「ちょっと、待って。娼婦って・・・」
エレナの思い込み――妄想が酷すぎて、男子学生は訂正しようとする。
「あたし、平民に生まれて良かったです~」
エレナは男子学生の言葉なんぞ聞いていない。
「あ、でも、数ヶ月前に男爵様に引き取られたあの子なら、お貴族様をやっていくの楽だよね~。あの子、王都の二大アバズレって言われてたから」
「え・・・?!」
衣装箱を持つ男子学生の驚きの声と通り過ぎた王子の声が重なった。王子は2人を振り返った。
「って、あたしもみんなと仲良くしてたら、二大アバズレにされちゃったんだけど、男慣れしているあの子なら、お貴族様のお嬢様たちより楽しませてくれて、王子様も大満足ですよね~」
そして、連れの男爵令嬢のほうを見て、悟った。エレナの言っていることは本当だと。
男爵令嬢は凄い形相でエレナを睨んでいる。
顔見知りだったから、あんなにエレナから早く引き離そうとしていたのだ。
「・・・」
男子学生はどう返答していいのか、戸惑っている。内容も内容なら、こっちを見ている男爵令嬢の形相も怖い。
衣装箱を放り出して逃げ出したいが、如何せん、紳士的に育てられた男子学生はそんなことができず、女子寮まで運ぶ羽目になった。
その後、王子は男爵令嬢とは距離を置き、浮気王子の称号だけは免れたという。