前編
「....が怖かった」
片思いを"経験する”中学生を双方の視点から描いた超短編小説、前編。
終学活が終わると、彼女は一目散に教室を出て行く。何物も寄せ付けないようなその後ろ姿は、彼女特有の憂いを帯びていた。それでも、彼女の後を追う後ろめたさは、彼女の後を追う欲求に比べて全く小さなものだった。しかし、心の内の葛藤は現れては消えを繰り返し、繰り返すうちに彼女の歩みはより早く感じられた。自分が恥ずかしかった。次こそはと意気込み、結局、彼女の虚空を見つめる目つき、凛としていて無関心な物言い、それでいて誰だって彼女を壊すことができるようなか弱さに、吸い込まれるような恐怖を抱いていた。「だから、今日で終わらせよう。」そう決めたのだ。僕は思い出したかのように自分にそう言い聞かせ、足早に彼女を追った。
「ね、ねぇ...」
後ろから声をかけた途端、彼女の歩みはさらに早くなり、そして、彼女の見つめる先は前方のままだった。彼女の関心はもはや僕に向くことはないのだとわかって怖かった。もっと僕に関心を寄せて欲しい。もっと僕のことを見て欲しい。そう強く思った時、僕はある種の怒りに似た感情に取り込まれる。
「ねぇってば!」
彼女に並んで苦し紛れにそう言うと、彼女はやっと視線をこちらへ向けた。それでも、彼女は止まることはなかった。
「ちょっと待ってよ...」
声が震える。
「何。」
「言いたいことがあるんだ。止まって聞いて。」
澄んだ空気と夕日の赤が、彼女の顔の輪郭を鮮明にする。虚空を見つめるジャの序の目が赤く照らされ、彼女の内側の人ならざる物の姿が垣間見えた気がした。そう思うと、僕の心臓の一拍一泊が重々しく感じられて、季節外れの汗が出た。
「あのさ... その、実はね、大田さんのことが好きなんだ。」
「........私、今は受験だからそう言うことは考えてない。」
「そう..... なんだ」
やっと出した声でそう答えた。彼女の言いたいことは火を見るより明らかだった。もう無理なのだ。体内をめぐる血が胸の左の方で乱暴に押し出される。これが、彼女と一緒に過ごす想像もつかないまま、理性を無視して自分の内実だけに従った結果なのだ。
次の交差点で別れた。
「じゃあね。」
「うん。」
ちょうど聞き取れない声でそう答えた気がした。
後編は、彼女の視点から。