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9 今だけ我慢すれば、ジェード様は私のモノになる

 クラレットとキャナリィの出会いは、メイズ伯爵がウィスタリア侯爵家に商談に赴く際に幼かったクラレットを連れて行ったことがきっかけだった。

 何が商機に繋がるかわからないと、貴族の商人が貴族家に商談に訪れる際に自身の子供を連れてくることはよくあることだ。

 しかしウィスタリア侯爵家に来る商人は、将来の侯爵である年の離れたキャナリィの兄に合わせて子息を連れてくることが多かった。

 その為クラレットが初めて訪れた日、キャナリィはとても喜んで迎えいれた。

 キャナリィは侯爵令嬢としての教育から思っていることを素直に人に伝えるのが苦手であったため、自分の考えをしっかり持つクラレットを尊敬していたし、喜怒哀楽を表に出すのが苦手で何を考えているか分かりにくいと敬遠されるクラレットは、穏やかに笑って話を聞いてくれるキャナリィのことがすぐに大好きになった。

 二人はあっという間にお互いの家を往き来するほど仲良くなったのだ。




 キャナリィを『優しすぎる』と評価する者もいるが、キャナリィの優しさの裏には確固たる信念があるし、いつも貴族としての矜持のもとに動いていることをクラレットは知っている。

 そしてクラレットはそんなキャナリィのことが今も変わらず大好きだし、尊敬もしている。

 だから、クラレットはキャナリィが心を痛めることをよしとしない。


「まぁ!もう届いたの?」


 スカーレットの喜色を含んだ声にクラレットが満足そうに笑みを浮かべる。

 シアンを誘う王女の思惑になどこれっぽっちも興味がないけれど、キャナリィの心を乱す出来事をひとつでも潰せたからだ。


 滅多にその表情を崩すことのないクラレットの笑みに、周囲に動揺が走った。

 そして、そこにちょうど偶然居合わせ、動揺する周囲とは違い喜びを隠せない者がいた。


(納品──!やはり仕事を受けていたのね!)


 商会には守秘義務があり、個人からの依頼内容とその進捗が表に出ることはない。

 ビアンカはここ数日、クラレットの失態とジェードと歩めるかもしれない未来を楽しみに過ごしていたが、ここにきて偶然耳にした情報に喜びを隠せないでいた。


(きっと相当無理をしたに違いないわ!怪我人や職を失った職人もいるかもしれないわね!

 それともあの商品は無理で、類似品を準備することにしたのかしら?

 どちらにしてもこの商談は失敗で、メイズ伯爵家は大打撃を受けたに違いないわ。

 美しいジェード様を侍らせて王女殿下のご機嫌を取り失敗の穴埋めをするつもりかもしれないけれど、クラレット・メイズの廃嫡も時間の問題ね)


 ビアンカはそう決めつけた。


(あぁ!今だけ。今だけ我慢すれば、ジェード様は私のモノになるのね!)


 はじめはクラレットとジェードの婚約関係を無くすることを目的としていた計画が、ビアンカの頭の中で歪んだものとなっていた。




 その後スカーレットと共に商会へ到着したクラレットは確認してもらうため注文の商品をスカーレットの前に広げた。


「まぁ、素敵ね!!グレイ殿下もお喜びになるわ」


 そう言って品物を手にしたスカーレットの表情を見たクラレットは、先日から抱える疑問がより深まったような不思議そうな顔をして小首を傾げた──。




 ★




 ある日の休日、キャナリィは久しぶりにクラレットと侯爵家の東屋で過ごしていた。

 シアンもクラレットも後継としての仕事があり多忙だ。

 最近シアンは頻繁に領地へ赴いている。二年間隣国で過ごし、長期休暇にも帰国しなかったシアンは学ぶことも多いのだろう。

 しかもキャナリィと過ごすためとはいえ三年間で履修するべきことをすでに終えているのだ。

 好都合とばかりに公爵に駆り出されているのである。

 しかもたまに学園に顔を出せばシアンはスカーレットに誘われるため、ほとんど学園にも出てこなくなった。

 夏休暇をゆっくり過ごした分を取り戻すためなのか、何か(誰か)から距離をとるためなのかは分からないが、キャナリィと顔を合わせることもほとんどなくなってしまったのだ。


「ねぇ。クラレットはどう思う?」

「どう、と申されますと?」


 スカーレットがシアンに声を掛け、婚約者の同席を拒否したことは「噂」ではなく確かな「情報」としてキャナリィの耳に入っていた。

 そしてシアンが学園に来る日は決まってスカーレットが彼を誘い幾度もお茶会を重ねていることも。


 あの日、シアンは言った。

「何度か言葉を交わしたくらいで接点はほとんどないんだ。良くも悪くも『王族』といった方だよ」と。

 それをそのまま受け取り、その立ち振る舞いを同級生として見て来た率直な感想であると受け取った。

 その為スカーレットとシアンが隣国でどのように過ごしていたのかなど考えたこともなかったのだ。

 シアンを疑ったことはない。それは今この瞬間も。

 しかしキャナリィ自身はスカーレットの人となりを知らない。


 分かるのはシアンとスカーレットの二人での逢瀬は事実で、今回の留学の目的が王太子との婚約のためではないということだ。

 もしもそのような話があるのであれば、心でどう思っていようと一国の王女がこのような軽率なことをするはずがないだろう。

 王太子と婚約する予定の王女との逢瀬など、例え非がスカーレットに在ろうとも反意ありと物理的にシアンの首が飛ぶ可能性だってあるのだ。かといって他意はないという王女の誘いを無碍に断ることも不敬となるだろう。

 嫌な予感は当たるもの。


(本当に王女殿下はシアン様を追ってきたのかしら・・・)


 スカーレットは一国の王女だ。何か思惑はあるのだろう。

 今は特別クラスの中で収まってはいるが、このままではいつ一般クラスで噂になるかは分からない。王女に関しての噂は内容にもよるが話すだけで不敬に取られることもある。それはそのまま外交問題となる可能性もある。

 特別クラスの生徒ならともかく、一般クラスの生徒にはそこまで理解が及ばない者もいるかもしれない。

 そこまで考えキャナリィは覚悟を決めた。


 それはもしもスカーレットが本当にシアンを欲しているのであれば、貴族令嬢として潔く身を引く覚悟だった。

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