7 会いたかったわ
スカーレットはそれからも他の生徒もランチに誘い、さりげなくキャナリィのことを探っていた。
ある日、スカーレットはクラレットをランチに誘った。キャナリィとクラレットは幼いころから仲が良いらしく、どちらかというとクラレットがキャナリィに心酔しているように感じた。
そして当然の疑問なのか故意なのか──
「王女殿下は何故ウィスタリア侯爵令嬢を気にかけておられるのですか?」
そうクラレットは正面から聞いてきたのだ。
キャナリィの話題は数ある話題の中のひとつであり、他の者は皆シアンが隣国に留学していた時からスカーレットがシアンに個人的に興味を持っているのではないかと──スカーレットの思惑通りに各々何かしら『察し』てくれていたためこれまでその様に聞いてくる者はいなかったのだ。
スカーレットはクラレットの真意を探ろうと彼女を見つめ返したが、反らされることの無い瞳は単純にその事を疑問に思っているようにしか見えなかった。
しかし大体キャナリィの『評価』は出た。
周囲には他の生徒もいる。
ここで仲の良いらしいクラレットを通してキャナリィに宣戦布告──周囲の生徒もそれが聞きたいのかもしれないが──
「フロスティ公爵令息は留学中、婚約者と過ごす一年間のために不可能だと言われたことを成し遂げたの。そんな風に彼に愛されている令嬢に興味があったのよ」
不自然では無い無難な理由を話すにとどめた。
スカーレットが強引にシアンの伴侶に収まることは可能だが、それではキャナリィと王太子殿下の婚約が調うかどうかが分からない。
それに今後の生活のためにもスカーレットが権力を使ってキャナリィからシアンを奪ったと思われることは避けたかった。
スカーレットがそんなことを考えているとは知らない周囲の者はその言葉を聞きある程度納得した様だったが、クラレットは納得出来なかった。それであれば、キャナリィ本人に会えば済む話だからだ。
しかし相手は他国の王女殿下。学園内では許されているとはいえ、甘く見てはいけない相手だ。
「そうでしたか」
クラレットはそう言って食後の紅茶を疑問と一緒に飲み込んだ。
★
スカーレットは留学してすぐ、同じクラスのシアンに声をかけていた。
「フロスティ公爵令息。お久しぶりね。会いたかったわ」
「お久しぶりです。王女殿下」
「ふふ、わたくし、こちらの国ははじめてなの。頼りにしているからよろしくね。
また以前みたいにあなたと色々語り合いたいわ。楽しみにしています」
シアンが留学していたシルバー王国の学園は専攻でのクラス分けとなっていた。
一般の王立学園と違い高い学力と、常識やマナーを含む知識の伴わない生徒は受け入れていないため王族や高位貴族に無作法を働くような者はそもそも入学できないシステムだ。そのためこの国のように爵位でクラスを分ける必要性もない。
専門的で高度な知識が手に入る上に安心して通えると王族や高位貴族の子女の留学生も多かった。
そんな生徒たちとシアンは政治経済に留まらず様々なことをよく語らっていた。
その場にスカーレットが顔を出すことはあったが、専攻の違うスカーレットとシアンはクラスが同じになることはなかったし、それ以上の会話をすることはなかった。
しかしそれを知る生徒はいない。
それを踏まえて聞いたとしても──一見普通の会話に聞こえるが、聞き様によっては個人的に語り合っていたかのようにも取れる。
(なにが目的だ?)
シアンは「用は済んだ」とばかりに他の生徒に声を掛けるスカーレットを探るように見た。
しかしあちらとて王族、企みを表情に出すような人ではない。そして本来ならそんな曖昧な物言いで自身の立場を危うくするような人でもない。
ならば──敢えて、ということになる。
警戒して過ごしていたその数日後、案の定シアンは再びスカーレットに声を掛けられた。
「フロスティ公爵令息、ちょっと確認したいことがあるの。放課後、お茶に付き合ってもらえるかしら」
そう来たか。
「では私の婚約し──」
「あぁ、隣国でのことなの。婚約者の令嬢は遠慮して頂戴」
シアンがキャナリィを同席させようと言いかけるが、スカーレットはそれをやんわりと退けた。
命令や強制ではないが、スカーレットの意向に沿わないわけにはいかない。
「──それはご命令ですか?」
シアンはキャナリィの同席は諦めるが、自身の意思でついていくのではないことを周囲に聞かせるようにそう、口にした。
その言いようは取り方によっては不敬になりそうではあったが、スカーレットは流した。
「ふふ、それは無粋な言い方ね。あちらで話していたように、気軽に考えてちょうだい」
シアンは仕方なくスカーレットの誘いに応じた。
そして、この日を境にこのお茶会は回数を重ねていくことになる──。