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6 決してジェード様を渡さない

 シアン()に、『ルーベルム侯爵令嬢が王女殿下に接触した』と聞いたのは新学期が始まってすぐのことだった。


(あぁ、あの侯爵令嬢(しつこい虫)か)


 まだクラレットとの婚約が調う前、何度断ってもジェードに釣書を送ってくる貴族家がいくつかあり、その中の一人がルーベルム侯爵の一人娘であるビアンカだった。

 婚約者がいるにも関わらず送られてくる釣書を、青筋を立てながら父親が突き返していたのを思い出す。

 学園でもしつこく(たか)って来るものだから、昼食時はレストランに行くことが出来ずに人気の無いベンチで過ごしていたのは苦い思い出だ。


 ジェードはメイズ伯爵家に婿入りするため、自身がフロスティ公爵家だけでなく他の貴族家の跡取りにも相応しくないと世間に認識させるよう、クラレットと出会った十年前より色々策略を巡らせてきた。

 その為虫を完全に排除するために動くことが出来なかったのだ。


 ビアンカは何度断ろうともあきらめなかった本当にしつこい虫(ハエ)のような令嬢だ。

 最終的にジェードは、自身に近寄ってきた平民の女生徒を利用し『平民に踊らされる貴族令息』を演じることによって、ルーベルム侯爵に「使えない」と見做されることに成功した。

 結果としてその利用された平民の罪を不問にしたため、甘すぎると『次期公爵夫人』としてのあり方をキャナリィが問われることになってしまったのは計算外だったが、ジェードの卒業によりビアンカら令嬢とも接点が無くなったためこれで静かになると思っていた。

 まさか王女殿下を利用してクラレットに手を出してくるとは・・・。

 クラレットが失敗すればジェードが手に入るとでも思っているのだろうか。


(流石にそれはない──とは言い切れないか?)


 仮にも侯爵家を継ごうとしている令嬢がそんな思考をしているはずはないとは思うが──

 クラレット一人でも問題なかっただろうが、ジェードはビアンカが何を企んでいるのかを知るため念のためスカーレットとの商談に同行を申し出た。


「ついて行って正解だったな。やはり侯爵令嬢(しつこい虫)は飛べないようにしないと視界に入って鬱陶しい」


 ジェードはそうつぶやくと、昼寝のため公爵邸の庭にある東屋に向かうのだった。




 ★




「ふふ」


 ビアンカは今頃頭を抱えているであろうクラレットを思い、笑みをこぼした。

 王女殿下に提案した商品はどちらも王太子への贈り物に相応しく、素晴らしい物ではあるが、最近我が国で流行り出したばかりの品で入手困難なものだ。

 そうと分かっていても王族の依頼を断るのは難しい。


 注文を受けた場合。

 メイズ伯爵家であれば無事に納品は出来るだろうが、職人や商会員に無理難題を言うことになり、それは信用を失うことにつながる。


 そして失敗は勿論、万が一依頼を断った場合。

 ビアンカが提案した商品を上回るものなど現在この国存在しないし、爵位も継いでいない令嬢如きが王族からの依頼を断るなど不敬と取られ罰せられるかもしれない。

 そしてどちらにしろ伯爵家に損害を与えたとして廃嫡──。

 クラレットはスカーレットの依頼を受けても断っても貴族社会から姿を消すことになる──。

 どちらにしろ、ジェードとの婚約はなくなる未来しかないのだ。


 よく噂に踊らされたり恋愛にかまけたりして立場を危うくする者たちを見るが、自分はそのようなことにはならない。

 自ら手を下し失敗した上に、人前で感情的になり醜態を晒すなど貴族としてあり得ないのだ。


「私は自分の手を汚さずにクラレット・メイズを陥れて見せる。決してジェード様を渡さない」


 例えビアンカがジェードと添い遂げることが出来なくても──




・・・だけど。


 だけど、と、ビアンカは思う。


 ジェードは商会を持つ貴族家への婿入りを希望している。

 現在、小さくとも商会を持ち、尚且つ公爵令息であるジェードを受け入れられる家格の令嬢には皆婚約者がいるのだ。

 そうなると以前婚約を破棄してでもジェード様と婚約したいという意思を伝えているビアンカのところに話が来る可能性が高いのではないだろうか。

 お父様は「使えない」と言っていたけれど、公爵家からの申し入れを断ることまではしないかもしれない。

 ルーベルム侯爵家であればジェード一人働かなくともなんの痛手にもならないのだから。


 学園を卒業すればビアンカは婚約者と結婚することになる。

 あと数ヶ月というこの時期に訪れた最初で最後のチャンス。

 ビアンカは訪れることのない未来を夢見て恍惚とした表情で笑みを浮かべた。


 恋愛感情から相手を陥れることを選んだビアンカは、すでに感情に振り回され、悪手を打っているのだということに気付かないでいた。






 その後スカーレットは時折クラレットを食事に誘うようになったが、元々スカーレットの寵が目的で近付いたわけではないのでビアンカは別に構わなかった。

 それにスカーレットがクラレットを誘うのは無事あの商品の注文を受けたからに違いないとビアンカは考え、ほくそ笑んだ。

 商品を納品出来るにしろ出来ないにしろ、メイズ伯爵家は勢いは削がれ、跡取りを失い、衰退していくことになるのだ。

 ジェードとの婚約も白紙になる。

 どっちに転んでも思惑通りだ。

 ビアンカはそう信じて疑わなかった。

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