3 蹴落とす機会
ビアンカ・ルーベルム──国内第二位の規模を誇る商会を営むルーベルム侯爵家の一人娘である彼女は学園の三年生である。
国内第二位に甘んじているのはルーベルム侯爵家が顧客を国内の王侯貴族のみとしているのに対し、国内第一位に君臨するメイズ伯爵家はその顧客を──傘下の商会を通じてではあるが──貴族から裕福層の平民にまで広げているためである。そして最近では国外にまで手を伸ばしていると聞く。
ビアンカとて跡取り娘。それに関しては理解をしているし二位で構わないのだが、どうしても納得できないことがあった。
同じ商会の跡取り娘であるにも関わらず、侯爵令嬢であるビアンカの婚約者が侯爵家の次男で、格下の伯爵令嬢であるクラレット・メイズの婚約者がビアンカの愛してやまないジェード・フロスティ公爵令息に決まったことだ。
ビアンカはジェードのことを幼いころから好きだった。
特に好きなのは容姿だ。整った顔、誰にでも優しく微笑む柔らかな笑顔。高い背に細すぎず太すぎない体躯。
しかしジェードは公爵家の長男。お互い嫡子であるからと諦めざるを得なかったのだ。
そしてビアンカが七才の時、ジェードは二つ年下のキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢と顔合わせを行った。ビアンカは同じ侯爵令嬢であるキャナリィであれば仕方がないと一度はあきらめたのだが、その後もなかなか二人が婚約したとの話を聞かなかった。
そうこうしているうちに次男であるシアンが頭角を現してきたのだ。
シアンが後継になる可能性がでてきた。そうなればジェードはどこかに婿入りすることになる。
ビアンカはルーベルム侯爵である父に何とかして欲しいと幾度も頼み、婚約者がいるにもかかわらず公爵家に秘密裏に婚約の申し入れをしてもらったがすべて断られた。
ならばと学園で直接アプローチをしようとしたのだが、どこにいるのか学年が違うビアンカにとって唯一そばに侍る機会となる昼食の場にもジェードは姿を見せなかった。
父であるフロスティ公爵に「貴族家の当主には向かない」と評価されてしまったジェードであったが、ビアンカの父であるルーベルム侯爵も現婚約者の実家よりフロスティ公爵家と縁を持つことに旨味を感じていたため彼と結ばれたいというビアンカの願いを聞き届けてくれていたのだ。
しかし事件は起こった。
ジェードは前年度の卒業祝賀パーティーで平民の女生徒の口車に乗せられ、ちょっとした騒ぎを起こしてしまった。
その事を耳にした父は「彼は使えないから駄目だ」と一転フロスティ公爵家への働きかけを止めてしまった。
使えなくとも構わないではないか。見目麗しいジェードがいるだけで商会にとってプラスになるはずだ。
そうビアンカは思ったが、商会は信用が大事なのである。ジェードの容姿が良かろうと悪かろうと、王侯貴族を相手に商売をしている以上、ジェードを迎えるにはリスクが高いというのが最終的な父の判断だ。
そして父の決定は絶対だった。
ビアンカも貴族令嬢。当主である父の決定を無視して感情を優先して動くことなどはしない。潔くとはいかないがジェードのことは諦めた。
けれど、ジェードが商会を持つ家への婿入りを希望し、婚約者がいないというだけで彼を手に入れたクラレット・メイズだけは許せなかった。
ジェードは手に入らずともクラレットなどに渡してなるものかと、ビアンカはクラレットを蹴落とす機会をこの二年間、ずっと狙っていたのだ。
そんな折、隣国の王女が留学してくるという情報を耳にした。
正式な発表こそされていないが、おそらく王女は王太子の婚約者候補のはずだ。
そう安易に考えたビアンカは、王女を利用して何か手が打てないだろうかと思案した。
王立学園には将来の国を担う公爵・侯爵家の子女と一部の成績優秀な生徒で構成された特別クラスとそれ以外の貴族の子女と少数ではあるが平民が通う一般クラスがある。
平民とはいえ、裕福な商人の子女が貴族との関わり方や礼儀作法を学び顔繋ぎをするために先行投資として高額な授業料を支払い通ったり、勉学で優秀な者や騎士の素質を認められた一部の者が貴族の推薦で入学したりするものであり、誰にでも門戸を開いているわけではない。
下位貴族の子女は在学中に将来の片腕となる者、護衛騎士や文官、侍女など家で雇うものを見定めたり、将来商会を継ぐ者等を見定めたりする。勿論その生徒を推薦した者はその貴族家と縁が出来ることになる──とまぁ、様々な思惑もあり現在の体制となっていた。
そして一般クラスと特別クラスは校舎も敷地も分かれている。
そして特別クラスは各学年に一クラス。
当然ビアンカはスカーレットと同じクラスになった。
「スカーレット王女殿下にご挨拶申し上げます。ルーベルム侯爵家長女ビアンカと申します」
「まぁ、クラスメイトですもの。そんなに堅苦しい挨拶はいらないわ。学園では止して頂戴」
本来ならこちらから声を掛けるのは不敬だが学園では状況次第では不敬にはとられない。その証拠にスカーレットは優しい笑みを浮かべ、ビアンカに答えてくれた。
ビアンカは昼休憩に入ったところでいち早くスカーレットに声を掛け、レストランに案内する流れで共にランチを摂ることに成功した。
「王女殿下は王太子殿下に何か贈り物はされたのですか?」
「いいえ。ドレスのお礼をと思っているのだけれど、何も思いつかなくて・・・」
婚約者という立場であれば刺しゅう入りの小物なども送ることが出来るのだがグレイとスカーレットはそういう関係ではない。
自国の物をと思わなくもないが、自身の計画を考えるとこの国で自国の物を取り寄せるより、この国の商会を利用しこの国の商品を贈るほうが心証も良いだろうと考えている。
スカーレットはビアンカの家が商会を営んでいることは知っていたため、ここでビアンカが浅はかにも実家の商会を勧めてくるようであれば残念だと思った。
祖国でもそのような人は少なからずいたし、世間ではスカーレットが「王太子妃」候補として留学してきたのだろうという根も葉もない噂が流れていると聞くため、噂を鵜呑みにしてスカーレットにすり寄ってくる者も一定数いるとは思っている。
しかしそれはスカーレットが自分に甘言を吐く個人や一つの貴族家に肩入れをすると思われているということであるため、とても残念に思うのだ。
しかしビアンカはスカーレットの予想に反した提案をした。
他の商会を勧めて来たのだ。