25 ──何故?
「──私に、は・・・依頼を受ける・・・権限がございま、せん・・・」
ビアンカはやっとの思いでそう言葉にした。
「そう。ならば侯爵に依頼をすることにするわ」
「あのっ・・・先日、メイズ伯爵家から納品したと──」
「あぁ、王太子殿下へのプレゼントは無事届きましたわ。それとは別にあなたのご実家に納めてほしいのよ」
「でもあの商品は今・・・っ」
ビアンカはそこまで言って口を閉ざす。
「私も舐められたものね」
商売敵であるメイズ伯爵家を嵌めようとしたのか、それともスカーレットの評判を下げようとしたのか──この商品のことをクラレットに聞いた際、どちらかだろうとは思っていたのだが、答えは前者──ビアンカはクラレットを嵌めるためにスカーレットを利用しようとしたらしい。
しかもその動機がその婚約者であるジェードを手に入れるためだとは・・・。
(不味い)
スカーレットは既にあの商品が入手困難であることを知っているのだ。
「やはりあの二品を納品するには何かを犠牲にしなければならないことを分かっていて王女殿下に勧めたのですね」
そう言いながらこちらに背を向けているジェードの影からクラレットが姿を現した。
クラレットに驚いたのはビアンカだけではなかった。
ジェードが会場を後にしようと振り向いたところ、目の前にクラレットが立っていたのだ。
おかげでジェードは立ち去るタイミングを完全に失ってしまった。
「ク、クラレット・・・?」
「王女殿下にこちらに来るよう言われましたので・・・」
何食わぬ顔でジェードを見ているクラレットは、そう言ってスカーレットとビアンカの会話に耳を傾けているようだった。
そして、ビアンカに声をかけるとさっさとジェードの影から出ていってしまった。
スカーレットがやって来たことには気付いていた。
周囲の生徒がジェードたちを遠巻きにした時だ。
だが、クラレットがこんなに近くにいたとは思わなかった。
先ほどジェードがビアンカを排除するために口にした言葉の数々──一体どこから聞かれていたのだろうか。
驚きを隠そうともせず目を見開いたままクラレットを視線で追うジェードを見て、スカーレットは悪戯が成功したかのようにほくそ笑んだ。
ビアンカは思った。このままではクラレットではなくルーベルム侯爵家が・・・自分が失脚してしまう。
なにか、この場を切り抜ける何かを──。
その時ビアンカの視界にこの場を見守るキャナリィの姿が入った。
ジェードに見とれていたビアンカは、キャナリィが入場の際に誰にエスコートされていたのかを見ていない。彼女が纏うドレスの色も。
このままいけばキャナリィは未来の王太子妃で、スカーレットは未来の公爵夫人。どちらが上なのかは火を見るよりも明らかだとビアンカは思った。
それに前年度の卒業祝賀パーティーと春の歓迎パーティーで、『甘く』『優しい』キャナリィはそのたびに問題を起こした生徒を庇ってきた。
「ウィスタリア侯爵令嬢!助けてください!!私は悪気があったわけではないのですっ。私はただっ──」
──ジェード様が大好きだっただけなの・・・
グレイと婚約し、次期王太子妃になるキャナリィであれば私を助けてくれるに違いない。
しかしスカーレットが他国の王女であることは変わらない──ビアンカはそんなことも判断できないまでに焦っていた。
「──何故?」
ビアンカはキャナリィが口にした言葉を聞いて、耳を疑った。期待した言葉ではなかったからだ。
「何故私があなたを助けなければならないのですか?」
心底不可解だと言わんばかりのキャナリィに、ビアンカは目を見開いた。
「え・・・いつもは──」
パーティーでの問題が最小限で済むように尽力していたではないか。ビアンカはそう言いたかった。
「大切な友人であるクラレットに手を出したばかりか、その婚約者を奪わんとクラレットを悪しざまに罵ったあなたを?──何故?」
ビアンカだけではない。
その場にいた生徒は皆驚いていた。
しかし冷静に考えればわかったはずだ。
これまで『甘い』と言われようともキャナリィが収めて来た「悪意」は全てキャナリィ自身に向けられたものだった。
フロスティ公爵家に望まれる『貴族』であるキャナリィが誰にでも『甘く』『優しい』だけであるはずがないのだ。
クラレットがキャナリィを思うように、キャナリィもクラレットを思っている。
そのクラレットに危害を加えようとしたビアンカにキャナリィが手を差し伸べることは決してない。
「そんな──じゃぁ、私は・・・どうなるの」
思わず呟くビアンカにクラレットが言う。
「贈り物を選ぶお客様の気持ちを踏みにじったあなたに、商会を継ぐ資格はありません」
同じ商会の跡取り娘であるはずのビアンカはこの国で働く商人たちの矜持を傷つけたのだ。
とても許されるものではない。
「っ!な、に・・・偉そうに・・・っ!」
突然現れた恋敵にビアンカは一瞬で頭に血が上った。
「偉い?商会を継ぐ者として当たり前のことを説いたのであって偉そうにした覚えはありませんが?」
何を言われようとクラレットは冷静だ。
自分と違い既に任せられている商談もいくつかあると聞く。
それもビアンカがクラレットを憎く思う要因のひとつだった。
年下の癖に表情ひとつ変えず、淡々と仕事をこなしていく。
ジェードを狙うビアンカのことも把握していただろうに、眼中にないと言わんばかりだ。
「あと、ひとつあなたに言っておきたいことがあるのですが──」
「な、なによ」
「ジェード様は審美眼や眼識が優れており、こと宝石や美術品の知識に関しては右に出る者はいません──それなのに貴方は何か勘違いした発言をしておられたでしょう?」
そういえば自分を養う的な発言をしていたなと、ジェードは思った。
そんなところから聞いていたのか、とも。
因みにその審美眼に磨きをかけ知識を手に入れたのも、メイズ伯爵家に婿入りするために必要だったからだ。
「そこを訂正しておきたくて──あなた、今までジェード様の何を見ておられたのですか?」
ビアンカはクラレットにそう問われ、先程ジェードに自分のどこが好きなのかと聞かれなんと答えたのか思い出した。
そして、ショックのあまり忘れていたがジェードに「大嫌い」だと言われたことも──
「あ、あああああっ!」
遅れてやってきた絶望に、ビアンカは踞るように頭を抱えて涙を流した。




