23 消えた笑顔
「そもそもメイズ伯爵令嬢は今回の王女殿下からの依頼、失敗なさったのでしょう?
これからメイズ伯爵家の商会の立場が危うくなります。今後ジェード様が婿に入るに相応しくない有り様となることでしょう。
メイズ伯爵令嬢の廃嫡だって考えられますし、格上の公爵家からの婚約破棄など簡単ですわ」
自身の想像を口にするビアンカに反応したのはジェードではなく、周囲の生徒たちだった。
信じられないものを見るような目で、そのやり取りを見守っていた。
そんな周囲に目もくれず自信満々に答えるビアンカに、何食わぬ顔をしてジェードは答える。
「?──よくわからないな。確かに依頼は受けたけれど別に失敗などしていないよ。王女殿下にも王太子殿下にも満足してもらえたからね」
ジェードの言葉の意味がビアンカにもよくわからなかった。
あの二つの商品はどちらを準備したとしても商会の信用問題、代替の商品を準備したのであれば失敗だ。そもそもこの国には今、あれらを上回る商品など存在しないはずなのだから。
それにビアンカから話を聞いて乗り気だったスカーレットが他の商品で納得するとは思えなかった。
「で、でもあの二つの商品は──」
「やっぱり王女殿下にあれを勧めたのは君だったのか」
と、ジェードは言った。
しかし、スカーレットがビアンカの名を出さなくとも確信していたため、それについては驚くことも苛立つことも無かった。
いつの間にか周囲から生徒が消え、ジェードとビアンカを遠巻きにしていたのだが、ビアンカはそれにすら気付いていないようだった。
「まぁ、それはどうでもいいけれど──」
ジェードは腕を組み、少し前かがみになって小首を傾げ口の端を上げた。その為いつもみんなを穏やかに見下ろしていた印象が一気に甘いものとなった。
「っ!」
いつもと違うジェードの様子にビアンカは頬を赤らめた。
「君、僕が好きなんだろう?僕の何がそんなにいいの?」
「──あ、」
ジェード本人にそんなことを聞かれるとは思わなかったが、これはチャンスなのだとビアンカは思った。
ジェードとダンスを踊るクラレットを見たが彼女からは一切の熱も感じなかった。
きっとジェード自身もそれに気付いているに違いない。
愛されて──望まれて嫁ぐことが良いとされるように、どうせ婿入りをするのなら、より自分を欲してくれている女性の伴侶になる方が良いと考えているに違いないのだ。
ここで自身の気持ちを本人に告げることが出来る機会を手に入れたビアンカは、もうこれは運命に違いないのだと信じて疑わなかった。
ジェードの、その整った容姿を一目見た時に恋に落ちた。
優しく微笑む柔らかな笑顔。
ビアンカを見下ろす高い背。
抱きしめられることを夢見た体躯──ジェードのすべてが愛おしい。
「そう」
しかし、ビアンカがいかにジェードのことを愛しているのかを伝え終えたのに、彼の反応は思っていたものとはかけ離れた、そっけないものだった。
まるでとてもつまらない話を聞いた後のような、空虚なものを見ているような、そんな感じだ。
ビアンカの愛に感動したジェードに、優しく微笑まれてきつく抱きしめられるのでは。──とまで想像していたビアンカは、どう反応してよいのか分からなかった。
「え」
「なに?」
「それだけ、ですか?」
ビアンカはジェードの反応に戸惑いを隠せないでいた。
「え?何か言って欲しかった?──そうだねぇ・・・気持ち悪い、かな」
流石にこんな言葉を他人に聞かれると心証が悪くなるため、将来商会に婿入りするジェードは気を遣い、遠巻きにする野次馬たちには聞こえない声でそう言った。
ジェードはビアンカの初恋だった。
ジェードに聞いてもらえるのだと、受け入れてもらえるのだと積年の想いを語ったビアンカに掛けられた言葉が・・・──
「──気持ち・・・悪い・・・?」
「だってさっき君が話してくれたことって全て僕の外見のことだっただろう?昔からね、僕の容姿を好きだという人は多かったんだよ。
君は異常にしつこかったし、これまで君の気持ちを聞く機会がなかったから何か違う言葉でも聞けるかと試しに聞いてみたけど、無駄だったよ。
あ、安心してね。君だけじゃなくて僕のことを好きだという子、みんなのことを気持ち悪いなと思っているから」
二人を遠巻きにしている生徒は、ジェードがそんな言葉を口にしているとは思ってはいないだろう。
変わらずビアンカに優しく微笑むジェード。
この笑顔が、ビアンカは好きだった。
「──だから僕が君を選ぶことはないんだよ。諦めてね」
はっきりと断りを口にしたジェードは、もう良いだろうと立ち去ろうとした。
本当はこんな人目のあるところで話す予定ではなかったが、ビアンカが令嬢にあるまじきスピードで追いかけて来たのだから仕方がない。彼女の自業自得だ。
「あぁ、勘違いしているようだから言っておくけど、そもそもクラレットとの婚約を望んだのは僕だよ」
クラレットとの婚約は成ったのだ。もう演じる必要もないだろう。また自分を養おうなどという、変な勘違いをする令嬢が現れては敵わない。
思い出したようにそう付け加えるジェードに、ビアンカは当主の決めた婚約者のいる自分とは結ばれることが出来ないから敢えてそんなことを言うのでは無いかという、まだ淡い期待を持っていた。
「嘘です!あなたが望んだのは商会を持つ家への婿入りでしょう!?
無表情で感情のない人形のようなあの女は実家が商会を持ち、あの年まで婚約者のなり手がいなかっただけでっ!それだけで分不相応にもジェード様を手に入れたのでしょう!?
そんな女を庇う必要はないではないですか!?」
「・・・醜悪だな」
背を向けようとしたジェードはビアンカの叫びを聞いて再び彼女と向き合った。
ここまではっきり言えば例え虫であっても理解ができるだろう──そう思っていた。
今日はクラレットと念願のダンスが踊れたため気分が良いのだ。
それが最悪な気分に塗り替えられる前に退散しようと思ったのだが──。
ジェードの顔から笑顔が消えた。




