19 恋は勝ち取りにいくものなのです
スカーレットには幸せになって欲しいというのが王家とそこに仕える者の総意だ。
実はスカーレットのこの留学。グレイの「スカーレットが自身の婚約者候補ではないか」という考えは半分当たっていた。
グレイが幼いころに国王や王妃、貴族の重鎮も婚約者候補を幾人か見繕いお茶会など催すことはしたが、実はグレイに婚約者がいないのは周辺国と比べ引けを取らない国力であるうえに国民からの王族の人気も高く、グレイの後ろ楯も強固であるため、政略結婚の必要性を感じなかったからだ。
平民と言うわけにもいかないが、王太子には好いた令嬢と結ばれて欲しいと、幼いころからの婚約を無理強いしなかったというのが真相なのだ。
一方スカーレットには兄王子が二人おり、それぞれ妃を迎え王子も誕生している。同じくその国力から政略結婚を必要としないため、妹姫のスカーレットには好いた相手と幸せになって欲しいと皆が願っていたのだ。
そしていつまでも想う人が出来ない様子のスカーレットに「国のことは考えなくていいのだ」と伝えることに至ったのだ。
そこでスカーレットが望んだのがバーミリオン王国への留学である。
常に民に寄り添い民のために生きてきたスカーレットが他国に行くことを望んだ。
そしてその行き先であるバーミリオン王国には未だ婚約者がいないうえに幼いころに顔を合わせたことがあるグレイがいる。
言葉を交わしたりはしていないはずなので定かではないが、もし好意を持っているのであれば友好国の王子と王女。なんの問題もないどころかこれ以上はないといっていい程の良縁だ。
グレイもスカーレットもそろそろ婚約者を決めずにいることで生じる不利益の方が多くなる年齢となってきた。
スカーレットのこの留学は、婚約者探しにいつまで経っても積極的にならない二人にしびれを切らした両国の国王や王妃たちが「無理強いはせず、お互い惹かれるようなことがあれば・・・」と考えた、一国の王太子と王女の婚約話とは思えないほど軽い感じの顔合わせでもあったのだ。
結果スカーレットは留学生であったシアンを侍らせグレイには見向きもしない。
スカーレットが初恋をこじらせ暴走しているだけとは気付くはずもない両国国王夫妻は、シアンが婚約者を溺愛していることも情報として知っており、どうしたものかと頭を悩ませていた。
そんなことを知るはずもないこの国の重鎮たちが先走り──といった具合で現在に至るのだ。
キャナリィはこれまでに出会った、恋する令息令嬢を思い出していた。
恋に振り回され間違いを犯した者もいたが、その多くはどちらかが相手に自身の思いを告げ、告げられた相手がそれに応えたり断ったりしていた。
前提として王侯貴族の婚約は国のためであり家のためというのは重々承知してはいるが、それを覆した例が身近にいる。
──ジェードとシアンだ。
「私は幼い頃からシアン様をお慕いしていましたが、貴族として当主が決めたことを受け入れる。そのような生き方しかできず、一度はシアン様を諦めたのです。
──そんな私をシアン様は努力し、手に入れてくれました」
キャナリィの言葉に、スカーレットは留学中のシアンの様子を思い出した。
彼は確かにキャナリィを手に入れるために全力で努力をしていた。
「お二方の婚約になんの問題もなくとも、王太子殿下に国を統べるものとして婚約は国のためにするべきものであるという考えがおありなら、ご自身から動くことはないのではと推察いたしますわ。
既に友好関係にある両国の関係が婚姻でより強固なものになることは、国のためになることがあっても悪いものでは決してありません。
──ここは王女殿下が王太子殿下を手に入れるために動くべきなのではないでしょうか」
(そう、なのだろうか?)
一同スカーレットの幸せを望んではいるものの、壁と同化する侍女や護衛たちはキャナリィの持論に一抹の不安を覚えた。
そこにはやはり、グレイの気持ちが加味されていない。
しかし端が見ればかなり無責任な言葉もキャナリィからしてみれば経験談だ。
「そして感情に流されず、冷静でいることが何よりも大切です」
これは忘れてはいけない。
キャナリィにはその気持ちを理解することが出来ないが、淑女教育を施されていても感情を理性で殺すことは難しいらしく、つい先ほどまでのスカーレットがそうであったように恋により周りが見えなくなり、思いもよらない行動に出る者は平民貴族関係なく存在する。
そのこともキャナリィは経験から知っていた。
グレイの気持ちは誰にも分からないため、感情に任せて自身の気持ちを押し付けてはならない。
ゆっくりと、冷静に──。
気持ちすら伝えていないためその相手は未だ気付いていないようだが、そうして成功した例をキャナリィは知っている。
「わかったわ。私が彼を手に入れるために動けばいいのね」
その言葉に大きく頷くキャナリィは、今まさに自身の恋を守るためにスカーレットを唆しているのだということに気付かない──。
「そうです。恋とは、どちらかが勝ち取りにいくものなのです」
信じられない言葉を耳にし、目を見開く侍女と護衛が見守る中、スカーレットは立ち上がり、グレイの元に行くため前室のドアを開け放った。
「あ・・・」
キャナリィの予想通り、そこには若干顔を赤く染めたグレイと、何故か黒い笑みを浮かべるシアンの姿があった。