14 伺いたいこと
この学園には王都に住まう貴族の子女と少数の平民が通っているが、特別クラスの生徒と伯爵以下の一般クラスに通う生徒は学園とはいえ平等に扱われたりしない。
学園に通う目的自体が貴族社会の中で生きるための術を身につけること──当主や夫人になることは勿論、貴族家に執事や騎士、侍女や侍従として雇われること──でもあるため、多少の粗相が許される学生のうちに身をもって身分制度を学ばなければならないからだ。
その為例え学園のイベントであってもそれに変わりはない。
新入生の歓迎や卒業祝といった主役の存在しないサマーパーティーは当然入場も年齢や学年関係なく爵位順での入場、そして最後にシアンにエスコートされたスカーレットが入場し、学園長に紹介され来賓のグレイと彼にエスコートされたキャナリィが入場する予定となっていた。
それまでの待ち時間を控室で過ごすのだが、王族にエスコートされる予定のキャナリィも王族用の控室で待つこととなったのだ。
このパーティーは学園内のイベントとはいえ高位貴族の子女から一部の平民まで幅広い人々が参加する。それだけ目も口もあると言うことだ。
このままシアンが噂通りスカーレットのエスコートをしてパーティー会場に現れれば噂は「真実」でなくとも生徒たちにとって「現実」となる。
シアンとキャナリィの婚約解消をはじめとする他の噂の信憑性も増し、「現実にあった出来事」として学園の外へと流れていくのだ。
そう、スカーレットをシアンがエスコートしたという事実が──。
それはもう、噂ではない。
スカーレットは何も言わず、パーティーを心から楽しめばいいだけ。
周囲はシアンにエスコートされ喜んでいるのだと、スカーレットの気持ちを勝手に察することだろう。
それを聞いた王家や今回シアンをスカーレットのエスコート役としたこの国の重鎮の貴族、そして他貴族が事実ならばと自分達の利のために追随して動きだす。
そのうちフロスティ公爵とウィスタリア侯爵も家門繁栄のために考えを改めざるを得ないと状況判断をすることだろう。
そう、スカーレットの計画通りシアンはスカーレットの婚約者に、そして婚約者不在となり身分的にも問題のないキャナリィは必然的に王太子であるグレイの婚約者に収まることになるのだ。
しかし婚約者を奪われた形となった当のキャナリィは、これまで全く関わってこなかったばかりか、シアンにエスコートされるスカーレットのことなどまったく気にしていないと言わんばかりの凛然たる態度──それにスカーレットは少しの苛立ちを覚えた。
「ウィスタリア侯爵令嬢。あなた、わたくしに言いたいことがあるのではなくて?
これでもあなたには色々申し訳ないと思っているの。だから今この場での発言に限り不敬に問わずにおくわ」
何を申し訳なく思っているかは言わずともわかるだろう。
二人が想い合っていようといなかろうとも、スカーレットがキャナリィの婚約者を奪ってしまう形になることには代わりない。そのプライドはズタズタのはずだ。
──にもかかわらず、スカーレットを前にしても眉一つ動かさないこの令嬢の取り乱す姿を見てみたい。スカーレットは余裕があるフリをしてその苛立ちを隠した。
「王女殿下に、ですか?──いえ、特にございません」
悲しむでも、怒るでもない。その穏やかな表情にスカーレットは目を見張った。
多くの貴族が『甘い』『優しすぎる』という評価を下すこの令嬢は、この期に及んでもスカーレットに文句ひとつ言うつもりがないらしい。
「なんでもいいのよ。例え罵詈雑言であろうとも不敬には問わないわ──いいわね」
最後の一言は部屋に控える侍女と護衛に向かって掛けた言葉だ。
これでキャナリィが何を言おうと不敬にはとられず、護衛が動くこともない。
何も言うことはないと言っているのに何故か引いてくれないスカーレット。キャナリィは少し考えるような素振りをすると、「では──」と重い口を開いた。
「──でしたら王女殿下に伺いたいことがあるのですが・・・」
──伺いたいこと。
(平気なフリをしているだけでやはりわたくしに文句を言いたかったのね)
少し考えてから口にしたキャナリィの言葉にスカーレットは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
キャナリィがシアンと物理的に距離を取っていることはスカーレットも聞き及んでいた。
もしかしてキャナリィはシアンの心が既にスカーレットにあるのだと思っているのかもしれない。
それもあり、スカーレットはキャナリィに聞きたいことがあると言われ、こう聞かれると確信していた。
「何故人の婚約者を奪うようなことをするのか」と──
そこでスカーレットはこう答えるつもりだった。
「わたくしは何もしていないわ」
適性はどうあれ将来公爵夫人になろうかという令嬢だ。何も知らぬはずはないだろう。
スカーレットはシアンが好きだと言ったことも、欲しいと言ったことも一度としてないのだ。
やはりこの令嬢は次期公爵夫人には不適格だ。自分にそのような恨み言を言っても仕方がないのに。
貴族の婚約婚姻に関して、国や家の駒である当人たちの意思は関係ない。
王家をはじめとした貴族家の当主たちが決めることなのだ。
スカーレットは、自身が「特に言うことはない」というキャナリィに半ば強引に「何でもよいから言うように」と言ったことも忘れ、そう思った。
スカーレットの瞳を真っすぐ見据えるキャナリィ。その申し出を受け、スカーレットが微笑み頷くと、キャナリィはその口を開いた。
「では、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
「は?」
スカーレットはキャナリィに何を言われたのか理解できなかった。その為思わず王女らしからぬ言葉が口をついて出てしまった。
キャナリィの心はシアンを奪わんとしているスカーレットの前で今、凪いでいた。