10 不本意なエスコート
幸いスカーレットは第三子。跡継ぎではないため嫁入りが可能だ。
シアンの継ぐ爵位も王女が降嫁するのに申し分ない『公爵位』。
シアンが隣国に渡りジェードが後継に返り咲くことによって、同じく伯爵家の後継であるクラレットとの婚約が白紙に──などということにはならないはずだ。
まぁ、そんなことになればジェードが黙ってはいないだろうが。
「王女殿下がシアン様を望んでも、私とシアン様の婚約が解消になるくらいで済むわね・・・」
そう吐露するキャナリィの瞳を力付けるように見つめ、クラレットは言った。
「キャナ様、王女殿下は──」
続くクラレットの言葉に、キャナリィは思わず持っていた扇子を口元に当てた。
★
ある日シアンは学園長から直々に呼び出しを受けていた。
「大変申し訳ないのですが、サマーパーティーでスカーレット・シルバー王女殿下をエスコートして欲しいのです」と──。
王立学園では年中行事として春の歓迎パーティー、夏のサマーパーティー、卒業式後の祝賀パーティーが行われる。
学園で行われるパーティーは下位貴族や平民もいるためエスコートは必須ではない。
特に歓迎パーティーとサマーパーティーは来賓を除き学園関係者のみが参加できるパーティーであるため、婚約者が学園に在籍していない場合はエスコートできないし、婚約者のいない生徒も少なからずいるからだ。
「それは誰が言い出したことですか」
シアンは学園長に冷たい視線を投げた。
学園長は学生であるはずのシアンの迫力、そしてその視線に込められた静かな怒りを感じ、気付かれないように息をのんだ。
「サマーパーティーは学園が主催です。王女殿下に婚約者がいない以上、主催者側の中で一番爵位の高いものが王女殿下をエスコートするべきであろうということになりました」
「爵位もなにも、自分は学生であって爵位を継いでいるわけではありません。
それに在学中のパーティーはエスコート必須ではなかったはずです」
現に在学中、王太子であるグレイは全てのパーティーに一人で参加していたはずだ。
「しかし学生とはいえ留学して間もない他国の王女殿下を一人でパーティーに参加させるのは如何なものかということになりました。
そして爵位は継いでいないとはいえ次期公爵であり留学中に面識のあるフロスティ公爵令息が相応しいということになったのです」
苦しい言い訳ではあるが言っていることは一理ある。しかし納得は出来ない。
なぜなら学園全体を考えれば公爵令息は自分だけではないし、そもそも王女が望む人間を来賓として外部から連れてくればいいだけなのだ。
エスコート不要とはいえ、婚約者を放置して他の令嬢をエスコートする──。
学園長は口に出さないが、スカーレット本人の意向である可能性──いや、最悪どちらかの王家が絡んでいる可能性も否定できなかった。
それでなくとも最近キャナリィと全く会えていないのだ。
パーティーで久しぶりにキャナリィとゆっくりできる──そんな矢先にこの話だ。
何かの力が働いているのか?
シアンは生まれた不信感と不快感を隠そうともせず、学園長を睨み上げた。
「私には婚約者がいます。彼女より王女殿下の体面を優先しろと?
──王女殿下の体面のために婚約者を一人でパーティーに参加させろと仰るのですか?」
シアンの射殺さんばかりの鋭い眼光に、学園長が気の毒そうに口を開いた。
彼自身このことを横暴だと思っているのかもしれない。
「──これは留学してきてからこれまでの王女殿下の学園生活を慮り決まりました。
知る人のいないこの国に側近も連れずに留学して来た王女殿下は随分あなたに頼っているようですね。よくお茶に誘われ二人で過ごしている──そのことが我が国の重鎮である貴族たちに伝わったのです。
──来賓としてグレイ・バーミリオン王太子殿下が参加されます。
あなたがそう言うであろうことを見越してか、学園行事であることを理由にあなたにスカーレット王女のエスコートを、そしてキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢に申し訳ないので彼女のエスコート役は王太子殿下が務める──そう、決まりました」
シアンは握る拳に力を込めた。




