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1 では、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?

 王立学園の年中行事であるサマーパーティーの会場。


 その一角に設けられた王族用の控え室で、本日のエスコート役であるシアン・フロスティ公爵令息を待つ隣国の第一王女スカーレット・シルバーは、同じくエスコート役のグレイ・バーミリオン王太子殿下を待つキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢と二人きりになった。


 スカーレットのエスコート役を務めるシアン・フロスティ公爵令息は()()キャナリィの婚約者である。

 だが、スカーレットの計画では直に二人の婚約は解消されシアンはスカーレットの婚約者に、そして婚約者不在となり身分的にも問題のないキャナリィは王太子であるグレイの婚約者に収まる予定となっている。


 しかし愛する婚約者を奪われた形となったキャナリィは、シアンにエスコートされるスカーレットのことなど全く気にしていないと言わんばかりの凛然たる態度──それにスカーレットは少しの苛立ちを覚えていた。


「ウィスタリア侯爵令嬢。あなた、わたくしに言いたいことがあるのではなくて?

 これでもあなたには色々申し訳ないと思っているの。だから今この場での発言に限り不敬には問わずにおくわ」


 何を「申し訳なく思っている」のかは言わずともわかるだろう。


「王女殿下に、ですか?──いえ、特にございません」


 悲しむでも、怒るでもない。

 その穏やかな表情にスカーレットは目を見張った。

 多くの貴族が『甘い』『優しすぎる』という評価を下すこの令嬢は、この期に及んでもスカーレットに文句ひとつ言うつもりがないらしい。


「なんでもいいのよ──例え罵詈雑言であろうとも不敬には問わないわ」


 何も言うことはないと言っているのに何故か引いてくれないスカーレット。キャナリィは少し考えるような素振りをすると、「では──」と重い口を開いた。


「──でしたら王女殿下に伺いたいことがあるのですが・・・」


 そう言ってスカーレットの瞳を真っすぐ見据えるキャナリィ。その申し出を受け、スカーレットが微笑み、頷くと、キャナリィはその口を開いた。


「では、あなた(王女殿下)(フロスティ公爵令息)に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」


 キャナリィの心はシアンを奪わんとしているスカーレットの前で今、凪いでいた。




 ★




 ある晴れた日、その報せは夏休暇に入ったばかりの各貴族家にもたらされた。

 隣国シルバー王国のスカーレット・シルバー第一王女が新学期より王立学園の第三学年に留学してくるというものだ。

 夏休暇が明ける前に、学園在学中の子女がいる貴族家を中心に招いて歓迎会が行われるらしい。

 表向きは一国の王女としての見聞を深めるため──とあるが、留学してくるのは王女だ。

 それならば数年前から予定が組まれているはずであり、このような中途半端な時期からの留学にはならないだろう。

 他に公言出来ない理由があるのだということは容易に想像できた。

 例えば『未だ婚約者のいないグレイ・バーミリオン王太子殿下との秘密裏の顔合わせ(縁談)』。

 しかし決定しているのならともかく、顔合わせ程度であれば夏休暇を利用しての旅行ではなく留学までしてくるのは不自然だ。


(周知されていないだけで両国間では既に話が付いている?)


 しかし既に話が付いているのであれば、仮にも王太子と王女の婚約。年単位の時間を掛け、根回しは十分に行われるはずだ。やはりこのような不自然な時期の留学などあり得ない。

 例にもれず王女留学の報せを受けたウィスタリア侯爵令嬢であるキャナリィは、得も言われぬ不安にかられていた。

 シルバー王国と言えば前年度までキャナリィの婚約者であるシアン・フロスティ公爵令息が留学していた国だからだ。






 キャナリィがシアンと出会ったのは六才の時だった。

 自然とシアンに惹かれたが、すでに貴族令嬢として教育されていたキャナリィはその気持ちを表に出すようなことはしなかった。

 現在キャナリィの婚約者であるシアンは学園の三学年でフロスティ公爵家の次男で後継である。

 しかしシアンと出会った当時、キャナリィは公爵家の長男であるジェードの婚約者候補だったのだ。

 当主が決めたのであれば、例え好いた相手の義姉になろうともキャナリィはジェードに嫁いでいたであろう。

 しかし、世間に知られてはいないが、嫡男であった長男のジェード自身の望み(企み)とシアンの努力により、二年ほど前にそれが覆された。

 シアンが正式に次期公爵に指名されたのだ。

 それに伴い次期公爵(ジェード)の婚約者候補であったキャナリィは、新たに次期公爵となったシアンと婚約することになったのである。

 出会った時からキャナリィの中に穏やかに生まれた情であるが故にシアンの容姿などまったく気にしていなかったが、年齢を重ねるにつれ彼は冷淡なところはあるが眉目秀麗、文武両道の青年へと成長し、婚約者がいるにも拘らず学園で一、二を争う人気者となった。

 それは、キャナリィの存在を知りながらも、なりふり構わない令嬢が恋焦がれるほど──。


(まさか王女殿下もシアン様を追って・・・?)


 キャナリィは自身の向かいで優雅な所作でカップを手にするシアンに目を向けた。

 彼のことは信じている。

 信じてはいるが──


「スカーレット・シルバー王女殿下と言えばシアン様が留学されていた国の第一王女ですわね。どのような方なのかお聞きしても?」


 キャナリィはティーカップを静かに置くとシアンに問うた。

 シアンとスカーレット王女は同い年であるため留学中の学園在籍期間も重なっている。

 シアンが留学していた二年間──キャナリィの知らぬシアンを知っている女性がやってくるのだ。

 しかもシアンの一つ下であるキャナリィと違い、王女はシアンと同学年。共に過ごす時間も自然とキャナリィよりも長くなる。

 貴族令嬢であろうとも色々不安に思うことは自然なことであるのだが、日頃から貴族として自身を律するキャナリィはそんな考えには至らず、初めて体験する自身の感情に漠然とした不安を感じていた。


「何度か言葉を交わしたくらいで接点はほとんどないんだ。良くも悪くも『王族』といった方だよ」


 接点がほとんどないとシアンは言うけれど、何故か不安は消えなかった。

 キャナリィは自身の考えが杞憂であれば良いと、心から願った。


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