05:切実なる願い
この作品には、一部に下品な表現があります。
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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「異世界転生するなら、どんなチートが欲しい?」
夏の暑い日、高校生の男子数人が、夏期講習の帰りにそんな馬鹿話をしながら歩いていた。
皆、半袖の白いシャツは汗まみれだ。
下着ではなくTシャツを着ている一人のシャツには、『やればできる子』と書かれた文字が透けてみえた。
蝉の鳴き声がやかましく響く中、負けないようにそれぞれ声を張り上げる。
「膨大な魔力と、広域魔法は必須だよね!」
「とにかく、俺ツエェェェの力で大勢の人間を救って、国の英雄になって、王女様と結婚するのが定番だよな」
「オレは魅了スキルがいいな……王女様なんかよりもハーレムだよ!」
『やればできる子』のTシャツを着た一人がニヤつく。
「女戦士と、聖女様と、村で助けた女性に……グフフ、グフフフ」
「不誠実なやつめ」
別の一人がマジレスした。
「そんなクズ男思考は、女神様に嫌われて、チートどころか罰を当てられるぞ」
急ブレーキの音が響いた。
ほぼ同時に、金属のぶつかり合う激しい音が聞こえた。
ちょうど、国道の高架下に差し掛かろうとした時だ。
(事故でもあったのかな……?)
全員が、上を仰ぎ見た。
落ちてくるトラックが見えた。
*****
王都には女神を祀る大きな神殿があり、前世の記憶を取り戻して以来、レネは願掛けでもするかのように、毎週初めに出向いて女神に祈った。
死んだ瞬間と、生まれ変わる前にあったことを、レネは全く覚えていない。
けれど、もし女神に会ったのだとすれば、おちゃらけた男子高校生のノリで捲し立てたことだろう。
『っしゃー! 異世界転生キタァ! レベルカンストで頼むわ! 炎魔法と光魔法な! あと魅了スキルも! ハーレム作るぞ! 初めはやっぱ聖女様! 次に清純そうな村娘がいいなぁ……』
……なんて、まるでラーメンを注文する時のように。
『そんなクズ男思考は、女神様に嫌われて、チートどころか罰を当てられるぞ』
トラックの下敷きになって一緒に死んだであろう友人の、最期の言葉を、レネは厳粛に受け止めていた。
(オレがハーレムなんて願ったから女神様が怒って、女性の立場がどんなものか教えるために女の子に転生させたんだ)
本気で、レネはそう信じていた。
(女神様……! もうハーレムは望みません。たった一人の女性を一途に思う誠実な男になります。清く正しく、勇者を務めますので、どうかチートとアレを、オレにお与えください……!)
レネの転生した世界アクアラナムでは、女神が七日間かけて世界を創ったとされている。
一日目に瞑想し、二日目に材料を集め、三日目に捏ねた。
海を退け、ついに大地を盛り上げ、森と湖、川を作った後、七日目に休憩を取った。
この神話に倣ってアクアラナムの民は一日目に女神に祈りを捧げ、五日間労働し、七日目は休みに充てる。
女神を祀る神殿は、この国では現代日本の神社と同じような立ち位置で、国民は冠婚葬祭や生活の節目に行く。信仰というよりは、生活の一部になっていた。
王都の巨大神殿は全国の神殿を束ねる中枢であり、女神に最も近いとされる場所だ。
女神がいるとしたらここに違いない……と、レネは思っていた。
だが、一年間祈っても願いが聞き届けられることはなかった。
彼女は少しずつ妥協していく。
(チートは諦めますスミマセン。図々しかったですよね? でもオレはどうしても、アレが欲しいです。とても反省しています。お願いです。今からでも遅くないので、生やしてください……)
*****
週に一度、王都にある神殿では、一心に祈る長い金髪巻き毛の美少女の姿が見られた。
女神像に向かって手を組み、頭を垂れて祈りを捧げるその姿は、傍目には神々しくもあり、彼女を見るためだけに神殿に訪れる者も増えていった。
彼女の隣には必ず、第二王子アヴェロンが付き添っていた。近づく者全てを彼が鋭い視線で威嚇し、周囲には護衛の姿もあったため、少女と会話できた者は殆どいない。
アヴェロン王子以外には誰一人として、その美少女が『チンチンを生やしてくれ』などと真剣に祈っていることには気づかなかった。
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