03:勝てる相手ではなかった……
この作品には、一部下品な表現が含まれています。
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レネは物心のつく前から、『チンチンが無い!』と言って泣き止まないことがよくあった。
心配した両親、アストリオン公爵夫妻は、レネが機嫌良く過ごしてくれればいいと言って、彼女が礼儀作法を覚えなくても気にしなかった。
天使のような容姿のレネが多少荒っぽく振る舞おうと、それさえ愛らしく思えたのだ。
兄二人、姉二人にも溺愛されて育ったレネは、人懐こく、「兄様!」「姉様!」と年上の兄弟姉妹の後を追いかけて、かけっこや石投げ、棒きれ剣術などで挑んだ。
「レネには敵わないなぁ」
負けても怒らずに、そう言って笑う兄たち姉たちが、レネは大好きだった。
王城で開かれる勉強会に参加が決まったのは、座学嫌いなレネが、少しでも何かに興味を持てればと公爵夫妻が願ったからだ。
同年齢の子どもたちと一緒に学ぶことは、レネにとっても刺激になった。彼女は意外なほど勉強を頑張るようになり、公爵夫妻を喜ばせた。
レネはやればできる子だったようで、学力は順調に伸びたが、ただ一人、アヴェロン王子だけはどうしても追い越せないと言って、悔しがった。
その結末が婚約だなんて、公爵夫妻は想像もしていなかった。
乱暴な言葉を使う娘だから、結婚は望めないかもしれないが、それならそれで家族で面倒を見ればいい──公爵夫妻はそんな風にのんびりと考えていた。
だから、アヴェロン王子からの婚約の申し出に、慌てた。
「この子は、少々……いえ、かなり風変わりでして。王子妃には不向きかと存じます」
細身のアストリオン公爵は、怪我の癒えたレネを伴って登城し、アヴェロン王子にそう申し出た。権力を求めて王族に娘を差し出そうとする貴族が多い中、婚約を止めにきた公爵を、王子は興味深そうに見返す。
「公爵の心配は、ごもっともです」
十歳なのに、大人のような口ぶりで、アヴェロン王子は言った。
「だからこそ、彼女を傷つけた責任を僕に取らせて欲しい。王子妃として望んでいるのではなく、僕は傷を負った彼女をただ守りたいのです」
「しかし、アヴェロン第二王子殿下……」
胃痛でも感じているかのように、アストリオン公爵はへその辺りを手でさすりながらなおも言う。
「我がアストリオン公爵家は、資源豊富な領地を所有しているわけでもなく、軍略や叡智に長けているわけでもない、古びた伝統だけが取り柄の家柄です。……つまり、殿下の後ろ盾になるには、力不足かと」
公爵は困ったように、ちらりと王子の後ろに控える側役に目を向けた。
だが、側役は微かに笑みを浮かべるだけで、口を挟もうとはしない。
「後継者争いのためには、もっと力のある高位貴族の家から嫁をもらえ、と言っているのですね?」
アヴェロン王子は、大人びた笑みを浮かべる。
「でも僕は、第一王子を差し置いて王位を狙うつもりはありません。後継者争いなんてごめんです。それをはっきりとさせるためにも、政治的に影響力の少ないアストリオン公爵家ご令嬢との婚約は、僕にとって好都合なのです」
レネは、父親のアストリオン公爵が十歳のアヴェロン第二王子に言い負かされる様子を眺めながら、これは自分が勝てる相手ではなかったなと悟った。
前世の記憶を取り戻し、少し知恵の付いた今ならわかる。
高名な教師を招いて開かれていた勉強会で、アヴェロン王子はどんなに難しい問題でも完璧に解いてみせた。その勉強会自体が、アヴェロン王子の出した案だと聞いた。アヴェロン王子は、もはや準教員と言ってもいい立場で参加していたのだろう。
追い詰められた公爵は、懇願する。
「ではせめて、レネ本人の同意を得られたら、という条件を付けさせてください。この子は……少し、特殊なので」
「わかりました」
アヴェロン王子は、ようやく子どもらしい笑みを公爵に向けた。
「公爵は、レネ嬢をとても大事にしているのですね! 大丈夫です。少しだけ彼女と二人で話をさせていただければ、きっと納得してもらえると思います。その間、外で待っていてください」
心配顔の父親が部屋から追い出されるのを見送りながら、納得するわけがないだろう、とレネは思っていた。
(だって、オレは男なんだから! 男と結婚するなんて、とんでもねぇや。王子様だからって、言いなりにはならないからな!)
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次回「こんな婚約者で大丈夫か……?」