02:ライバル……?
アヴェロン王子視点です。
この作品には、一部下品な表現が含まれています。
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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アヴェロンが王城での勉強会を立案した理由の半分は、退屈だったからだ。そして残り半分には、自分と対等に議論をかわせるような人材が見つかるかもしれない、という期待があった。
将来第一王子である兄と、国王の座を巡ってしのぎを削ることになる。そんな自分に、有能な味方は多い方がいい。
出席者は王都近郊の貴族子弟に限られたので、集まったのは正直期待外れの、平凡な貴族子弟ばかりだった。性別は問わないという条件を見て、婚約者捜しだと勘違いした親が、字も書けない幼女を参加させてきたりもした。
アヴェロンが数学の公式を使って問題を解いてみせれば、一同拍手喝采するだけ。殆どの者は、公式で解を導いている過程には興味も関心もなさそうだ。正直、時間の無駄だったなとアヴェロンは思った。
だが、そんな馬鹿どもの中でたった一人、教師に公式の意味や使い方を尋ねたり、同じ問題を何度もわかるまで解いている女の子がいた。
親に言われて、お茶でもどうかと家に誘ってくる女の子が多い中、彼女は一度もそんなそぶりは見せない。
それどころか、時々アヴェロンを睨んでくる。
地理学のテスト前に、主要都市名を暗記しようとブツブツ呟いている彼女が面白くて、隣で数字を数えてやったら、怒りだした。
「お前! ちょっと賢いからっていい気になるんじゃねぇぞ。絶対オレが、いつか追い越してやるんだから!」
なんという口の悪さだと、アヴェロンは呆れた。
親は正気なのか?
まさか、この変わった性格で気を引こうとしているのではないだろうなと、疑ったりもした。
(あの手この手を使って、王子妃の親の座を狙う高位貴族は多いからな……)
結局彼女は、地理学のテストで惨敗した。
「直前に覚えるのではなく、普段から興味を持って知識として身につけておくんだよ」
と言うと、彼女は涙目で睨んできた。
せっかく見た目だけは可愛いのに、残念な子だ。
「オレは走るのが速いんだぞ! お前なんかコテンパンだ!」
などと、いきなり絡んでくることもあった。
「へえ。じゃあ、かけっこでもしてみるか?」
アヴェロンは日頃から基礎訓練を行い、充分に食べて身体を作り、武術も剣術も鍛錬を怠らない。大人相手にだって勝つ事もある彼が、同じ年頃の女の子に負けるわけがない。
庭園の片隅で、一対一のかけっこをしてみると、案の定アヴェロンが圧倒的な勝ちをおさめた。
負けた女の子は自分が勝つと思い込んでいたようで、号泣している。
(まったく、すぐ泣くんだからな、女は……。勝ったのに、気分が悪い)
アヴェロンは苛立ち、背を向けて立ち去ろうとした。
「レネ、レネ」
侯爵家の嫡男が、白目を剥いて豚鼻を作り、女の子に見せている。
「ほら。面白いだろう?」
どうやら慰めようとしているらしいが、逆効果だった。
「お前、オレを馬鹿にしているのか?!」
女の子は涙を流しながら、怒っている。
「わかっていませんわね、ラウール様」
伯爵家令嬢の一人が近づいて、鼻で笑う。
「レネ様、あちらの四阿にお菓子が並んでいましてよ? さあ、美味しい物を食べて、楽しいことを考えましょう」
「お菓子……」
レネと呼ばれた少女の涙が、止まった。
他の令嬢が、レネの手を引く。
「焼き菓子がたくさんありますわよ。甘いもの、お好きでしょう?」
「うん……」
涙を拭って、少女は頷く。
彼女たちが、城内の庭園に設けられた四阿に向かって歩いていき、その後ろに侯爵家嫡男もついて行くのを見送りながら、アヴェロンはモヤモヤしたよくわからない感情を抱いた。不快感、と言ってもいい。
(こっちは挑まれて応えただけなのに、負けたから泣くなんて反則だ。だから、怒りを感じたんだ。そもそも言葉遣いがなっていない)
アヴェロンは冷静に分析した。
(いや、これは怒りじゃない。むしろ彼女には、憐れみを感じている。不愉快になったのは……あの連中が、僕に敬意を払わなかったからだ)
それからも、敵うわけがないのに、男言葉の女の子は懲りずにアヴェロンに対抗し続けた。
授業の理解度を測るためのテストが返されると、必ず点数を覗きにくるのだ。
そして、何とも言えない悔しさを顔に貼り付けて、去って行く。
王子という立場にいて最高水準の教育を受けているアヴェロンを、打ち負かせるという彼女の自信は、どこからくるのだろうか。
満点の答案用紙を、わざと見やすい位置に置きながらアヴェロンは、いつの間にか面白がって彼女を観察していた。
(なんなんだ、この……愛らしい生物は)
そんな風に思い始めている自分に、アヴェロンは驚く。
(いや待て……? 愛らしいだと? 何を考えているんだ僕は? まさか、これは……?)
芽生え始めたその気持ちを必死に否定するが、気がつけば彼女ばかりを目で追っていた。
そして、アヴェロンは、たびたび感じる不愉快さの正体にようやく気づく。
侯爵家嫡男や、伯爵家令嬢、子爵家令嬢が彼女と楽しそうに話す場面に出くわすたび、アヴェロンは苛々した。
(これは、嫉妬なのか……?)
完璧に感情をコントロールし、どんな時にも冷静を心がけているアヴェロンが、彼らを見るたびに、邪魔をしたくなる。
(なぜ、お前たちのようなどうでもいい連中が彼女と仲良くしているのだ?)
そう詰りそうになる自分を、抑え込む。
こんな感情は不毛だと、アヴェロンは思った。
感情に引きずられて、正しい判断ができなくなる恐れがある。
彼は、王位継承者の一人として相応しくないその感情を、忘れようとした。
そんな時に起こったのがあの、転落事故だった。
チンチンが無いと言って泣きじゃくる美少女の姿を目の当たりにし、アヴェロンは完全に落ちた。
(この子を自分のものにしたい。誰にも渡したくない)
今まで感じたことのない激情が、アヴェロンを支配した。
(──この僕が、こんな感情を持つなんて……)
そして、彼は気づいてしまった。
今自分の気持ちから逃げて、このユニークな少女を放置しておくと、他の男が早々に手に入れてしまうのは確実だと。
今でも、侯爵家嫡男がことあるごとに、絡んでいるではないか。
(彼女との婚約を取り付けなければ……転落事故の責任を取る形でなら、すんなりことが運ぶだろう)
恐れていた通り、感情に引きずられて、正しい判断ができなくなっているのかもしれない。だが、何が正しいとか正しくないとかなんて、もうアヴェロンにはどうでも良くなっていた。
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