01:ない……!
この作品には、一部下品な表現が含まれています。
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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レネは、木登りには自信があった。
どっちが先に鳥の巣のある枝に辿り着くのか競争しよう、と言い出したのはレネだ。
「絶対オレの方が早い!」
そう宣言するなり、レネは靴を靴下ごと脱ぎ捨てて登り出した。
競争相手のアヴェロン王子に、どうしても勝ちたかったからだ。
「ずるいぞ!」
同じく靴を脱いだアヴェロン王子が、あとを追って登ってくる。
レネと同じ十歳の、第二王子アヴェロン。
生まれた月の違いもあったかもしれないが、アヴェロン王子の方が背が高くて、大きい。
顔も、美人と名高い王妃に似て、イラッとするほど整っている。
かけっこでは、レネが負けた。
貴族の子弟を集めて王城で行われる『お勉強会』でも、教師の問いに的確に答えるのはアヴェロン王子だ。
頭が良くて、走るのも速くて、なんでもできる上に、木登りまで得意なのか!?
常にアヴェロン王子の優秀さを見せつけられていたレネは、勝手に対抗意識を燃やしていた。
それで、王城の四阿の傍にある木に鳥の巣を見つけた時、思わず喧嘩もどきの競争をふっかけたのだ。
あと少しで、レネの方が先に、目的の枝に辿り着くはずだった。
なのに、アヴェロン王子が急に大声を出した。
「痛っ」
反射的にレネは動きを止め、彼の方を確かめる。
いくら気に食わない相手でも、第二王子だ。何かあったらレネと両親の責任になる。兄弟姉妹の前途にも影響が出る……というところまで考えたわけではなかったが、ヒヤリとしたのは確かだ。
目の前に、アヴェロン王子の黒髪が見えた。
こちらを見る緑の瞳が笑っている。
フェイクか!
レネを一気に追い越すアヴェロン。
「卑怯者!」
「どっちがだ!?」
焦りながらレネは、頭上の木の枝に手を伸ばした。
その手が空を掴み、ふわっと身体が浮いた。
「レネ!」
アヴェロン王子の悲痛な声が響いた。
泣きそうな表情を浮かべた顔が見えた。
レネは、いくつもの枝に当たりながら落ちていった。
でなければ死んでいただろう。
やっと打ち負かせた、などと謎の優越感をレネは抱くが……次の瞬間には、地面に激突して気を失っていた。
*****
(オレは死んだのか……?)
ふかふかの天蓋付きベッドの上で、レネは目を開けた。
病院ではなさそうだ。
部屋はやたらと広くて、高級そうな家具が並んでいる。
装飾された大きめの窓から差し込む日は、もうじき夕方になりそうな赤みを帯びて見えた。
掛布から出して翳した手は、子どものように小さい。
(……これが、噂に聞く異世界転生か!?)
思い出したのは、平凡な一人の男子高校生としての前世だ。
不運にもトラックに押し潰されて死に、レネとして、この世界に生まれ変わった。
今日になって、何らかの衝撃で前世の記憶を取り戻したらしい。
体中にズキズキとした痛みがあり、あちこちに包帯が巻かれている。
木から落ちた記憶が、うっすらと蘇った。
(子どもの身体だし、確実に異世界転生だな!)
家族や友人たちにはもう会えないのか……という哀しみを、レネはわくわく感で打ち消そうとした。
(転生のお約束である「俺ツエェェェ」のチート能力も手に入れているはず! これから、この世界で大活躍してハーレムを築き、悠々自適な生活を送るのだ! 夏期講習も受験勉強も、もう関係ない!)
まずはどんなチート能力を得たのか確認して……などと考えながらレネは、ベッドの上で身体を起こす。
そして、喪失感に気づいた。
(え……?)
戸惑って、辺りを見回す。
(ない……)
ベッドの掛布をめくったり、下を覗き込んだりして、レネは探し回った。
(なんで? ……オレのチンチン、どこ行った?!)
よく考えてみれば、そんなところに落ちているわけがない。
前世の記憶が蘇ったばかりで、気が動転していた……。
死んだ時のことをレネはよく思い出せなかったが、大きな事故だったから、身体はグチャグチャになったはずだということはわかる。
(その後遺症なのか……? もしかして、他の部分も……?)
広い部屋には、姿見があった。
レネはベッドから離れ、その前に行く。
碧い瞳がこちらをじっと覗き込んできた。
息をのむほど美しい少女だ。
長い金髪の巻き毛がふわふわとネグリジェの肩部分を覆っていた。
知らない少女だ、と思ったのは一瞬で、レネは思い出した。
レネ・アストリオン。
アストリオン公爵家の令嬢として育てられた、この十年間の記憶を……。
「なん……で……? なんで、女の子?」
姿見の前で、レネは半べそをかく。
前世の記憶を持ちながらも、感覚は十歳の少女に立ち戻っていた。
「『俺ツエェェェ』は? チートは?」
ライトノベルを読みあさりながら夢見ていたこの転生が、どうやら期待通りのものではないとレネは悟り始める。
「ステータスオープン! ファイヤー! ブリザード!」
叫んだが、何も起こらない。魔法も使えなさそうだ。
事故で死んで、平凡な一高校生よりも非力な、十歳の少女に生まれ変わったのだという現実を、すぐに受け止めることができなかった。
「冒険は? ハーレムは? ……こんなの、いやだ! ……チンチンがないなんて……ハーレムを作ったって、何もできない……! 死に損じゃないか!」
アヴェロン第二王子が侍女長に付き添われて見舞いに来た時、レネは絨毯の上に蹲り、チンチンがないと言って泣きじゃくっていた。
「レネ……? 大丈夫か?」
アヴェロン王子が心配そうに何度も名前を呼んでいたが、泣き過ぎてしゃっくりまで出ていたので、返事をするどころではなかった。
事故の切っ掛けを作った責任を取って結婚する、とアヴェロン王子が言い出し、王家と公爵家との間で婚約話がまとまったのは、それからほどなくしてのことだ。
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