表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

帰り道

「おーいおーい。いつまで寝てるの帰らないのー?」

「おーいおーい」

「もーいい加減起きなさいって!」

「いた」


放課後の教室。

机に顔を伏せ寝ていた晴は聞き馴染みのある声と共に、頭を引っ叩かれた。


「痛いだろ、何すんだよ。華!」

「何って、放課後になっても起きないから叩いて起こしてあげたんでしょ。感謝してよね!」

「ほら帰るよ」


僕は半目でゆっくりと声のするほうを見上げた。

白く透明な肌に、長く艶のある黒髪とまつ毛が調和する上品な見た目とは裏腹に、強く陽気で強かな声が僕の一目を遮る。

世の中でいうギャップとはこういうことなんだろうか、親の顔と同じくらい見続けた僕でさえ見た目と性格のギャップに見慣れることはない。

「この怪力女」

「もう一発殴られてみる?」

殴られるのはごめんだ。

僕は机に散らばった教科書をカバンに入れ誰もいない教室を出た。


二人の足音が、交互に鳴り響く廊下でふと街を見下ろすと、まばらに建物の明かりがつき始め、耳をすませば夏の音が聞こえてくる。

時間の流れよりも遥かに遅い速度で

ただ前だけを見て進んだ。


「誰かさんがなかなか起きないから見たいドラマ終わっちゃうよ。見たかったのになー」

「京おばさん録画してくれてるだろ」

「リアルタイムで見たいの!わかってないなー晴ちゃんは」

「おい!晴ちゃんって呼ぶなって」

「えーいいじゃーん」

「てか晴ちゃん、高校に入ってから学校で寝すぎじゃない?」

「高校生になって早2ヶ月!学校にいずらいならこの華ちゃんが友達作り手伝ってあげるよ?」

「いらない」

「たかが三年同じ学校なだけだろ、友達がいないから寝てるってわけじゃないし」

「…..」

途切れることがない会話が、一瞬時を止め後ろから聞こえていたはずの足跡が

僕の耳から消える。

数秒の沈黙は無音とは異なり、時計の針の音、風に揺れる葉の音

居心地がいいはずなのに少し寂しいく思え

僕は何かを求めるように後ろを振り返る。

「おい、急にだまんな…よ..」


季節外れの紅葉かのように赤く色づく廊下に華は佇んでいた。

窓から入る風が髪を揺らし

まるで儚げな映画のワンシーンにいるかのようだ。

そして沈黙さえも絵になる君は、悲しげに偽りの笑みを浮かべ

ただ一言

「そっか….」

と口にし風に靡く髪が華の顔を隠した。

華は時々、何かを伝えようとし何かを隠す

その答えを聞きたくないと言えば嘘になるが、別に追求するほどでもない

だから僕は何も聞かず見て見ぬふりをする。

なぜそんなこと聞くのかとか、言いたいことあるなら言えよとか

聞こうと思えばいくらでも湧いて出てくる言葉だけど

僕は追求されるのは嫌いだし、言いたくないことは言わない

そんな性格だからか、君も同じく追求を嫌う者なのかと勝手に解釈している。

僕は自分の性格が心底嫌いだ。

だから君が後ろを歩くなんて似合わない

君には僕の前を歩いてほしい。

華はその気持ちが伝わったかのように

止まっていた足を動きだし、僕を通り過ぎた。

「….行こ?」

「..うん」


校舎をあとにした僕らは、何かに開放されたかのように話し始めた。

「来週かな、再来週かな」

「….何が?」

「ドラマ..早く見たいなー」

「女子ってドラマ好きだよな」

「最近は男の子もドラマ好きって人多いんだよ」

「へーさすが人気者。なんでも知ってるな」

「ふふーん」

「なんだよその顔。なんかうざい」

「….嫉妬?」

「は?誰が誰に」

「んーネズミが猫に?」

「ふ、なんだそれ」


街灯に明かりがつき、車のライトが星のように輝き

たわいもない会話を交互に交わしながら

小学生の頃よく遊んでいた公園を通り、近所の駄菓子屋を横目に新しくできたショッピングモールを眺め

言葉が途切れないように

見慣れた景色を歩いた。


「いつも送ってくれてありがとね」

「送るって言っても隣だけどな」 

「確かに」

「じゃあ….」

「あ..」

華は去り行く晴の手を掴んだ。

僕の手より、少し小さくて柔らかいその手は、指先までもが雪のように冷たく

小刻みに震えていた。

「えっと..晴ちゃん、また明日ね」

「..おう」

「ちゃん付け禁止な」


何度目かの会話なはずなのに、このやりとりの君は

偽りから遠く離れた微笑みを見せてくれる。


「ただいまー」

「あら今日は随分遅い帰宅ね。華ちゃん待たせちゃだめよ」

「わかってるって」

「ああ、ちょっと。手洗いなさいって」


家につくなり階段を駆け上がり自分の部屋へ向かった。

見慣れたドアを開け薄暗い部屋でただ一人、机に置かれたカレンダーを見て思う。

いつもと変わらない日

そんなはずなのに、あの沈黙が怖く寂しく思え

華の顔が忘れられなくて

でもこの気持ちに名前なんてないと。


——六月ももう終わりに近づいた頃。

灰色に暗く沈んだ空。

不規則な雨音が鳴り響く朝に携帯の着信音と共に目が覚める。


プルプル..プルプル..

「..あ..はい」

「あ、晴?」

もうろうとする意識の中、華の声が耳元で聞こえる。

「..ごめん今日..学校行けない」

「….病院?」

「……うん」

「わかった..」

「じゃあ..」


機械音が途切れると同時に華の声も消え、雨音がより大きく響いた。

いつもと変わらない1日、洗面所で顔を洗い

リビングで朝飯を食べ

少し早めに家を出る両親を見送る。


「ちゃんと鍵閉めて行きなさいよ」

「あと華ちゃん迎えに行きなさいよ。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい..」

いつもと違うのは華を迎えに行かなくていいこと

見慣れた景色を一人で歩くこと

——でも

いつかきっと

これが僕の変わらない1日になるから

そう思いながら君がいない教室の隅で外を眺める。


「おーい静かにしろ」

教室のドアを足で開け気怠そうに入ってきた担任は、こちらに目も合わせずに出席を取る。

「休みは佐野だけか。よし一限目小テストだから予習しとけよ」

「え..また華ちゃん休みなんですか?」

「うえー休みなら学校来なきゃよかったわー」

「お前華ちゃん目的かよ」

「はいはい、お前ら静かにしろ」


華は友達が多く、男子からも女子からも人気だったが

毎度休む連絡はしていないようだ。

その結果——

クラスでは華ちゃんは風邪を引いたのかな

とか

家の用事かもしれないよ

とか

色々噂されている。

でもサボりという噂が出ていないだけマシなのかもしれない。

きっと僕が休めばサボりだの言われているに違いない、

いや噂にもならないだろう。


ブー

手に持っていた携帯が震える。

担任にバレないよう机の下で携帯を見ると

華から一通のメッセージが来ていた。

恐る恐るメッセージを開くと——検査報告!

とだけ送られていた。

僕は慌てて、どうだったと返事をした。

数秒まが空いたあとに

——問題なし。

とだけ送られてきた。


華は幼少期から体が弱く心臓に病気を抱え

医者からは長く生きられないと言われていた。

入院や検査で学校を休むことは多々あって

なぜか僕には病気のことも学校を休むことも教えてくれる。

なんの力にもなれないのに。

あと1年か….。

同級生で、隣に住む子が余命1年だなんて、映画やドラマだけの話かと思っていたのに

神様は残酷だ。

願い事はいくら願っても叶わなくて、神様なんか信じないで自分の力で掴めと

よく言うが、自分の力ではどうしようもないことはどうすればいいんだろうか。


華の余命が一年しかないと知ったのは、一週間前の土曜。

梅雨の終わりを告げるかのような快晴の日だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ