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第一章 今の君と僕

雪解け水が太陽の光を反射し、青く澄んだ春の匂いが風にのる

肌寒い3月の朝。


僕は母親と共に、幼稚園から仲が良かった佐野 華のお葬式に参列していた。

「なに下むいてんのよ」

「いや、やっぱ」

「ほら行くわよ」

母親は僕の背中を軽く叩き、一歩前を歩いた。

灰色のコンクリートに映る母親の影を追い

僕は君が眠るところへ行く。


葬儀会場へ入ると、華の祖母が参列者の受付を始めてからいて

その光景を目の前にし、華との関係に名前がない僕が来ていい場所なのか

どんな顔をして会えばいいのか、そんなことばかり考えていた。

晴は俯きながら受付を終え母親と共に控室へ向かった。

聞いたことがないはずなのにどこか懐かしい曲が流れ、香の匂いに包まれた会場で重たい足を一歩、また一歩と進める。


「あら真衣ちゃんー」

「と..晴くん。来てくれたのね」

小走りでこちらに寄ってくる足音が聞こえ声の先には

涙の跡が隠しきれない薄化粧に艶のある黒髪を束ね、喪服に包まれた華の母親いた。

「京ちゃん。一人で抱え込んだらダメよ」

「真衣ちゃん..」

赤く枯れ果てた眼を見た母親は強く抱きしめ言った。

僕の母親と華の母親は、高校の同級生で

隣に住む佐野家とは家族ぐるみで仲良かった。

「..晴くん」

「お久しぶりです..」


そして導師による読経が始まり、香の匂いが春の匂いをかき消し

華の笑顔が花と同化した光景を目にした僕は

夢から目覚めた時のような気分に陥り深く息を吐いた。


葬式が終わり出棺の準備が始まった時、華の母親が晴の肩をそっと叩く

「今日は来てくれてありがとね」

「いえ..呼んでくれてありがとうございます」

「これ..」

華の母親は泣くのを必死に堪え、白色のカーネーションを晴に渡しゆっくりと棺へ向かった。

その後ろ姿は、触れれば溶けてしまいそうなくらいか弱く

僕は一定の距離を開けゆっくりとその背中を追った。


「ほら華ー。晴くん来てくれたわよ」

「華?はな?」

華の母親は我が子を撫でながら名を何回もよんだ。

きっと返事がかえってこないことは一番わかっているだろう。

華の顔には死化粧が塗られ、艶のない髪に固く閉じた目

そんな変わり果てた姿を見て僕は一瞬沈黙の時間が流れた。

晴は華の手元を眺めながらそっと白色のカーネーションを添え

逃げるように棺に背を向けた。


「葬儀ならびに告別式を滞りなく終了し、これより出棺の運びとさせていただきます」

出棺の準備が整い棺が持ち上げられた時

華の母親は静かに涙を流し、溢れ出す涙を止めようと

必死に下唇を噛むがそれはしだいに慟哭へと変わった。

「晴くん」

「晴くんにとって娘はどんな存在だった?」

華の父親は、晴れた青空を目に柔らかな声で僕に問いかける。

「俺にとって….は..」

家の隣に住む子、物心ついた頃から自然と仲良くなっていた子

僕にとって華は、ただそれだけの存在で——。

「はなぁ~ぁぁぁ!はぁ~ぁぁぁああ!」

華の母親を見て思う。

怒りや絶望に現実への否定、我が子を失った母親の気持ちは

僕にはわからなくて

今胸が苦しいのは人間だから、テレビでよく見る芸能人が亡くなっても

きっと同じ気持ちになるだろう。


「華は….」

「…….」

「晴くん。これを」

「え…」

「娘の部屋に置いてあったんだ」

言葉の空白を埋めるように華の父親は、そっと目の前に手紙を差し出した。

「これって」

「娘が書いた手紙だ。中身は見ていないから..」

「なんで俺なんかに」

「..」

「どれだけ長い時間一緒にいたとしても、目を見て声に出して何かを伝えるのは怖くて勇気がいるんだよ。だからこれは娘が最後に残した、君への言葉」


華の父親は僕の手を強く握り、そっと手紙を渡した。

手に取った手紙には涙の跡があり、強く綺麗な字で

“飯塚 晴へ“

と書かれていた。

受け取った手紙を腰ポケットに入れ軽く礼をすると

華の父親は安心した表情で母親の元へ行った。


そして僕は、霊柩車が動き出し君の姿が見えなくなるまで

ただじっと眺めていた。

ずっと隣にいたはずの君が

どこか遠くに行ってしまう

そんな気持ちを抱えながら——。


葬儀場から家まではほとんど記憶がなく

ただ見慣れない景色とだけ覚えている。

晴は家に着くなり、2階の自分の部屋がある場所へ行った。

「ちょっと晴手洗いなさいよ」


足音が響くほどの勢いで、階段を上がり

服も着替えないままベットへ飛び込んだ僕は

香の匂いが広がり息が苦しくなるほどの無音が続く部屋で

晩御飯は何か、明日は何をするか、一週間後は、一ヶ月後はと

必死に未来を見た。

嫌でも進む明日へ思考を過去に忘れていかないように

僕はそんなことを考えながら眠りにつく。



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