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別世界からの訪問者

作者: 小雨川蛙

 

 怒声、銃声、そして叫び声に満ちた戦場の中。

 不意に彼らはあらわれた。

「民間人!?」

 兵士の一人がそう叫ぶと同時に冷酷な弾に倒れた。

 彼の死を嘆くより先に、多くの兵士が彼が死んだ理由を見た。

 そこには十数人の珍妙な衣服に身を包んだ男女が立っていた。

 彼らの衣服を兵士達は見た事がない。

 もしかしたら敵国の民族衣装かもしれない。

 しかし、疑問の解消よりも先に為さなければならないことがある。

「逃げてください!」

 誰かが叫んだ。

 それを合図のように兵士達は皆、同じように叫んだ。

 見知らぬ衣服に身を纏った彼らが何者であるかは関係ない。

 兵士達がしなければならないのは、彼らを一刻も早くここから脱出させることだ。

 何せ、彼らは武器を持たない、あまりにも哀れな存在なのだから。

 幾人もの兵士達が身を犠牲にしながら男女の下へ向かうと、彼らは歓喜の声をあげる。

 きっと、救いの手が来たことを喜んでいるに違いない。

「逃げろ! とっとと逃げろ! ここは戦場だ!」

 一人の兵士がそう叫ぶと同時に喉を銃弾で貫かれて倒れた。

 その様を見て集団の一人が悲鳴をあげた。

 しかし、そんなことを気にも留めず別の兵士が彼らの盾となりながら叫んだ。

「逃げてください! 俺達が食い止めている間に!」

 戦場。

 こんな命のやり取りをする場でなんと滑稽で哀れで、そして、尊き行動だろうか。

 兵士達は男女のために次々に倒れていく。

 そして、ある時に兵士の一人が気づいた。

「いません! 逃げられたようです!」

「本当か!?」

「はい!」

 兵士達は皆、安堵し、そして気を引き締める。

「おら! 徹底的にやるぞ!」

 そんな吠える兵士達に向けて無情にも銃弾が放たれ続けていた。


「すごい迫力でしたね」

 奇妙な球体の中で男女の内の一人が興奮した様子で言った。

「私なんて悲鳴上げちゃった」

「聞いた聞いた! その声で私の方がびっくりしちゃったもん」

「いや、いくら安全だと言ってもあれは流石に怖いって!」

 そんな会話をにこやかに見つめていたタイムマシンのナビゲーターが言った。

「いかがでしたか? あれが今から三百年以上昔にあった大戦争です」

 そう。

 この男女は皆、あの兵士達が凄惨な死を迎えた戦争から遥か三百年未来に生きる人間なのだ。

 そして、ここはタイムマシンを使って過去の戦争を体験できる大人気アトラクション。

 アトラクションに乗る人間達は皆、タイムマシンに張られた特殊なバリアによって一切の怪我を負うことなく、安全に当時の世界を見ることが出来る。

「皆さまがご覧になった戦場にて大戦の趨勢が決まりました。つまり、我が国の勝利の第一歩が始まったのが、あの戦場だったのです」

 ナビゲーターの言葉に客の一人が問う。

「それじゃ、私達を守ってくれたのは敵兵だったのですか?」

「ええ。事前に説明した通りです」

 受け取った答えを聞いて客達が皆、神妙な顔になる。

 あんなにも必死に自分達を守ってくれた兵士が敵だったなんて奇妙な話だ。

「あの極限状態の戦場で、彼らはいつも私達を守ってくれようとしています」

 ナビゲーターの静かな声が人々の心にしとしとと沈んでいく。

「彼らは敵兵でした。しかし、あの高潔な精神は私達も見習わなければなりません。過去のあらゆる時代にあった戦争にも生き残った者達の子孫として。それが、私達の責務ではないでしょうか」

 サクラとして客に混じっていた職員が拍手をする。

 それに釣られてパラパラと拍手が鳴り響き、ナビゲーターは静かに彼らに一礼をした。


 人々がタイムマシンから降りていく中、サクラをしていた職員にナビゲーターがそっと小声で言った。

「先輩。カンペ無しでいけました!」

 そんな声に職員がふっと微笑んで言った。

「良く出来ていたよ。次からは一人で大丈夫だね」

「えっ、それは……」

「冗談だよ。さっ、次の客を連れてくる」

 平和で、賑やかな世界の中、狼狽える後輩とからかう先輩の声はあっという間に消えてしまった。

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