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008 帰宅

 旅の支度を終えたあと、家の裏にある畑の面倒を見たり、家の中の細々とした手伝いをしていれば、あっと言う間に時間が過ぎる。


「母さん、出来た縄はあっちの籠にまとめて入れておくな」

「はーい。有難う。あなたの綯う縄は丈夫だから助かるわ」


 俺は母親の言葉に微笑んで返す。居室の隅に置いてある籠に縄を入れて、窓を見る。

 日は傾き始めて、差し込む夕日が家の中を橙色の光で染める。

 そろそろランプに火を入れた方が良さそうだな。

 他の家には魔法で灯りを付けるランプがあるが、うちにはない。使っているのは蝋燭を立てて火を付けるランプだ。中の蝋燭は魔物から獲った獣脂を使っている。

 魔物の脂を使って作る蝋燭は他の獣の脂を使うよりも上質で、不思議と匂いも悪くない。

 何より持ちが全然違う。

 俺が魔物を獲って来た時によく作っている。

 魔法のランプと比べると暗いかもしれないが、俺はこの灯りが好きだ。


「お父さん、そろそろかしらね」

「ああ」


 嫌な胸騒ぎはしない。無事だとは思うが今日一日ずっと心配だった。何せ体調が万全ではなく、長時間だ。森でたった一人長時間を過ごすのは容易ではない。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。お父さんは危険には敏感だし、気配を読むのも巧いのよ。それに、森のどこが危険でどこが安全かも誰より熟知している人だわ。あなたもお父さんから森について教わったんだから知ってるでしょう? それに冒険者だった頃はしょっちゅう森の奥や遺跡で過ごしていたんだから」

「そうだな」


 その時は一人ではなかったろう、とは言わなかった。俺を元気づける為の言葉だから。

 顔に出していないつもりなんだが、母親にはすぐ読まれてしまうな。


「フォルティスは心配性ねえ」


 そう言って笑う母親こそ、ずっと心配していたのを知っている。ピウスに乳をやりながら、窓の外をずっと見ていた。その横顔が忘れられない。


「昨日の魔物、ちょっともらったわ。とっても良いお肉だったから楽しみにしていてね」

「父さんも喜ぶな」

「ええ、きっとね」


 母親が片目を瞑って言う。

 この人が母親で良かったと思う。いつでも明るく、俺たちを励ましてくれる。自分だって辛い事があるだろうに、どんな時も前向きだ。

 ただ強い人、というわけではない。父親の胸で泣いているのを見た事もある。

 でも翌日にはもう、いつもの母親で――俺はこの人のように、ありたいと思ってきた。

 父親もそうだ。激昂するのを見た事がない。穏やかで、思慮深い人だ。

 俺を叱る時は必ず、理由を説明してくれる。俺が納得できるまで話をしてくれる。

 厳しいがとても誠実な人だ。

 二人ともこんな俺を一度も疎んじた事はない。深く愛してくれている。

 離れてもずっと、俺はこの二人を尊敬し続けるだろう。

 そして幼い妹。彼女の成長を見届けられないのは残念だが、この二人が育ててくれるなら大丈夫だ。きっと美しく強く成長して、二人を支えてくれる。


「どうしたの、フォルティス?」

「いや、父さんが帰ってくるまでに夕食の支度を終えないとだろ。他に何かすることは?」

「じゃあ、卵を持ってきて。軽く茹でて添えたいから」

「判った」


 俺は裏口から出て、食材の保管庫に向かう。

 外壁に面した場所に入口がある。作り付けの扉を開いて短い階段を下り、狭い保管庫の入口の小さな棚から卵を数個手にして戻る。


「フォルティス、ただいま」

「父さん!」


 保管庫から上がったところで、ちょうど庭を歩く父親に声を掛けられ、俺は駆け寄った。


「無事か! 襲われたりとかは」

「何もなかったよ。大丈夫だ」


 父親が俺の頭を掻き交ぜる。手の力はしっかりしていた。俺はそれにほっとする。


「俺はそんなに頼りないか?」

「そうじゃない」


 父親が決して弱い人ではない事は判っている。だが、この所森の様子はおかしい。以前は魔物を見かけても村の人が対処できる程度のものしか現れなかった。

 あんな強い魔物が出て来る事などなかった。

 他の獣も魔物に触発されてか、以前より狂暴化している事があった。


「……判っているよ。心配かけたな」


 父親は俺の胸を手の甲で軽く叩いて家に向かって歩き出す。


「今日もいい匂いがするな。夕食が楽しみだ」

「昨日獲って来た魔物を使ってるらしい」

「ほう。鹿のような見た目だったな。味も鹿肉だろうか」

「きっともっと美味いぜ。何せ俺が獲って来たんだしな」

「ああ、そうだな」


 俺の軽口を笑ってくれるかと思っていたのに、しみじみと言われて戸惑う。


「その卵、使うんじゃないのか」


 父親が俺の手元の卵を見て言う。


「あ、そうだった。悪い先に戻る」


 俺は父親に断って、駆け出す。


「母さんに汚れを少し落としてから家に入ると言っておいてくれ」

「判った」


 背中に掛けられた声に短く応えて、俺は家に駆けこんだ。

 



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