007 旅の支度
朝食のシチューを食べ終えて、俺は母親に頼まれたナイフを研ぐ。
「やっぱり元の素材がよくないから刃毀れが早いんだよな」
新しいナイフが買えればいいのだが、村では殆ど物を売ってもらえない。このナイフは捨てられていたものを父親が拾ってきた。
俺の持っているナイフをキッチンナイフに作り直す事を提案したが、それはお前が作ったものだからと丁寧に断られた。
俺が使っているナイフは、森を歩いていた時に偶然見つけた鉱物の塊で作ったものだ。
魔力の含有量が普通でなく、不思議な色をしていて、夜空のように魔力の星を宿していた。この石は恐らくこの村の鍛冶師では刃物に仕立てる事は出来ないだろう。硬度が通常の鉄とは段違いなのだ。
俺は鍛冶が出来るわけではないが、まるで関係の無い能力で、ナイフを作り出した。どうやったのかは両親にも言っていない。
俺は研ぎ終わったナイフを洗って、スタンドに挿す。
「母さん、研ぎ終わったからな」
寝室でピウスの様子を見ている母親に声を掛けると、ありがとう、と明るい声が返る。
俺は自室に戻って、部屋の片づけをする。とは言っても、大して持ち物も無いし散らかってもいない。
箒で掃いたり、簡単に拭き掃除をする程度で終わる。
次に俺は戸棚から鞄を取り出して、簡単に旅支度を始める。母親が持っているような冒険者の鞄などではないから、持って行くものは最低限にしないとな。
腰にも小さな鞄を下げ、そこにはナイフを入れる。不思議な鉱物で作ったナイフは二本だ。このナイフは俺を随分と助けてくれた。森で魔物に遭った時、狩りをしている時。
「これからも、頼むぜ」
旅の相棒は、こいつで十分だろう。
後は火打石と、水を入れる革袋と。それくらいか。衣服も少し。
あとは、父親から教わった旅の知識を書き付けた手帳を入れると、支度は終わった。
「簡単なものだな」
足りないものは旅の途中で調達するしかないが、食事が摂れて、水が飲めればそれでなんとか生きていけるだろう。自分一人なら、なんとかなる。
金は持たない。今までに両親からもらって貯めておいたものが少しあるが、置いて行くつもりだ。僅かでも、生活に足しにしてもらえればそれで良い。
俺は今夜、家を出る。
以前から考えてはいた。だが、両親の事を思うと踏ん切りがつかなかった。
二人は俺をとても大事にしてくれる。家を出ると言えば心配するだろうし、悲しむだろうと思った。
それに、村には決まりがある。成人していない子供が、勝手に村を出る事は許されていない。
だがそれも、もう問題がなくなった。俺はこの月の始めに16になった。エルフは16の歳で成人と認められる。
「俺が家を出れば、父さんや母さんも……」
二人が村から出ようとしないのは、俺の事があったからだろう。他の村に行っても俺がいる限り受け入れられるか判らない。それなら、どんな扱いをされても留まる事が赦される村に住んだ方がいいと思ったのだろう。
妹が幼いのもある。
だが、もう限界だと俺は思う。
妹はまだ赤ん坊だから村の事が判らないが、この先物心ついて村の人たちが俺たちをどう思っているのか知ったら傷付くだろう。
俺がいなくなれば村の人たちの態度は軟化するかも知れないし、しなくても、この村を出られるようになる。
「俺は一人でもやっていける」
いや、一人で生きて行くべきだ。誰にも見咎められず、誰にも害を成さない所で。
そうすれば、家族はもっと、幸せになれる。
彼らが村の人たちに酷く言われる度に、今回のように無茶な事を負わされる度に俺は苦しかった。
家を出ればもう二度と家族には会えないかも知れない。だが、村での生活を思えば、その方がずっとマシだと思える。
「これで、いいんだよな」
俺は部屋で一人、自分に言い聞かせる。