006 朝食の支度
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
太陽が顔を出した頃、父親が家を出て行く。母親が見送る声が聞こえる。
結局俺は父親が一人で森の見回りに行くのへついて行くのを諦めた。
村の誰かに見つかれば問題になるのは目に見えていた――諦めざるを得なかった。
それでも、見送りに出ればついて行きたくなるのが判っていたから、俺は自室に留まった。
窓から父親が歩いて行く背が見える。
俺はその背から目を逸らして、自分の手を見下ろす。この手は何の為にあるんだろう。
家族一人守れない。手助けすら出来ない。
俺がここに在る意味は何処にある。
居るだけで家族の重荷になって――ここまで来ると、重荷どころじゃない。俺の存在が家族を危険に晒して、害になっているじゃないか。
俺は腰掛けていた寝台から立ち上がって、寝台を整える。最後に枕を軽く叩いた。
「もう、決心しなきゃな」
俺は寝台のヘッドボードを掴む。この木の寝台は父親が作ってくれたものだと母親から聞いた。俺はきっと大きくなるだろうと、木と格闘していたわよと楽しそうに語ってくれた。
俺は寝台に背を向ける。そろそろ母親が起こしに来る頃だ。顔を洗って、朝食の支度を手伝うか。
「フォルティス、今日はあなた何か予定はあるの?」
朝食を作る手伝いで、芋の皮を剥く。あまり育ちの良くないものだが、それでもうちにとっては貴重な食材だ。
「特にないけど」
「それなら後でキッチンナイフを研いでくれないかしら。私が研ぐよりあなたが研いでくれた方が切れ味が良いのよね……」
母親は刃物を研ぐのが下手だ。何度かコツを教えたが、どうしても上手くならない。
父親も教えたらしいが、あまりに覚えが悪いので匙を投げたと言っていた。
それを本人も気にしているようなのが、少しおかしい。
俺は笑いを堪えて引き受ける。
「了解」
「笑ってるでしょ」
「いいや?」
「もう。人には向き不向きがあるのよ。薪割りなら誰にも負けないんだから!」
「それも俺の方が上手いけどな」
言えば、母親は口の中でごにょごにょ言いながら頬を膨らませている。俺はとうとう我慢が出来ずに吹き出す。
「フォルティス!」
「母さんの作る飯が、一番美味いよ」
父さんと母さんの飯しか食ったことはないけれど、きっと他の人が作る飯にも負けないと俺は思う。
「そういうところ、お父さんに似て狡いわよね」
「何がだよ」
「こっちの話です」
母さんは言って、シチューの味見をする。母さんの作るシチューは本当に美味い。早く妹も食べられるようになるといいのにな。
「そう言えばピウスは?」
「ベッドで寝ているわよ。今朝お父さんが出る前にたっぷりお乳を飲んだから、しばらく起きないかも。あの子は本当に食いしん坊さんだから」
妹のピウスはまだ乳飲み子だ。まだ赤ん坊だが、母親に顔立ちがよく似ている。きっと美人になるだろう。
「大きくなったら、お兄ちゃんの真似をして狩りに出そうで怖いわ」
怖いと言いつつ、嬉し気に母親が言う。
「はねっ返りは母さんに似るって事だよな」
「……フォルティス?」
「薪が少なくなってただろ。持ってくる。これ置いとくな」
俺は皮を剥き終えた芋をテーブルの上に置く。
「もう、逃げ足も速いんだから」
俺は母親の言葉を背に、庭に向かった。
「さて、と」
薪は昨日のうちに割って庭に積み上げてあったので、それを必要な分だけ持って戻ればいい。
日はもうすっかり上って、庭の緑を照らしている。
俺は森の方を見る。今頃父親はどの辺りだろうか。
今日は夕方まで戻らないと言っていた。そんなに長く森に一人で、と思うとすぐにでも走り出したくなる。俺はそれを拳を握る事で堪える。
気を研ぎ澄ませてみても、異常な気配はない。
俺は首を振って、薪を一本持ち上げる。それを真上に放り投げた。同時に右足のホルダーに挿してあったナイフを取り出す。目の前に薪が落ちて来たところでナイフを振った。
薪は綺麗に二つに分かれて、落ちる。
「こいつは研がなくて大丈夫そうだな」
俺は二つに割った薪を確認して、残りの薪と共に持ち上げた。