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015 旅の途中04 森

「しかし」


 俺は左手を少し下ろして、視線だけオークに向けた。


「何で魔物の森の魔力……測定? を?」


 測定というのがどういう事をするのか判らないのもあって、尋ねてみる。


「うン……。ぼうケンシャ、言うに、ハ、森ノま力、ふあんテイ」


 俺は手を下ろして、顔を上げる。


「俺も、似たような事を聴いた。魔力が揺らいでいる、とか」


 父親が夕食時に言っていた事を思い出す。気配がおかしいとも。


「やッパり、ソウ、なンダ……」


 オークは抱えていた鞄から、四角い木箱を取り出した。留め具を外して、中から硝子板で出来た透明の箱のような物を取り出す。

 硝子はそれぞれの四辺を鋼で接着しているようだ。

 中ではきらきらと光る粉が揺れている。一緒に油が入っているのか?


「これガ、ぼクノつくっタ、そくていキ。中にじゅんドのタカい、あるようエキと、ま力につよイはんノウを、しめス、コウ物の粉ガはいっテる」


 溶液の成分までは教えてくれなかったが――教えられても判らなかったろう――、溶液中の粉鉱は、魔力の濃度と状態によって光り方が違うらしい。また、溶液自体も、特殊な反応を示すらしく、その状態によって魔力がどんな状態かが判るようだ。

 測定器の説明に入ると急に話す速度が上がり、いくらか言葉が滑らかになるのは、好きな事を話すからだろうか。

 瞳に宿る光にも熱がこもっている。


「これ、デ、ま力ノじょウタイ、ヲ測っテ、知らせルコトニ、なっテたんダ」

「だがあの魔物に邪魔をされて、出来なかった?」

「ソウ」

「何で邪魔をしたんだろうな」

「きケン、だっテ」

「何が?」

「今、森ニはいルのガ」


 オークは同じ魔物だろう。同種でないにしても、魔物が棲む森に入るなと? そんなことがあるだろうか。


「でもそれなら何で追いかけられた? 森に入らなければ良かったんじゃないか」

「引キ、かえス、ふリシテ、こっソリ、他ノとこ、ろニいドウ、しテ。森入ろウとしタ」

「……あんたな」


 蜘蛛からしたら、忠告を聞かずに入り込んだ不届き者じゃないか。途中から忠告より、追いかける事自体が目的になっていたんじゃないかと思うが。

 狩りではないと感じた俺の勘は間違っていなかったわけだ。


「助けを求める立場じゃなかったな?」


 俺は立てた膝の上に肘をつき、顎を乗せた。流石に少し呆れたぞ。


「ウ……。でモ、ひつよウなコト、なんダ」


 魔物の森の魔力が安定を欠くと、そこに棲む魔物にも影響がある。普段は森を出ない魔物が人の村や町に現れ、暴れたりする事があるらしい。

 この所魔物の森の外ではその、普段見かけない魔物が現れて冒険者が対応に追われているとか。

 その事から、魔力の状態を知りたいと依頼が入ったということらしい。

 依頼を請け、魔物の森に近付こうとした、その途中で蜘蛛と出くわした。目的を尋ねられて答えたところ、引き返せと言われたと言う。


「でモ、けっきょクできなカッタ」


 しょぼん、と文字が書かれているかと思う程、オークがしょげる。

 俺は空を見上げた。いつの間にか曙光が森を照らし始めている。


「……だが、蜘蛛が危険だと言ったんだろう。予想通りの事が起きているんじゃないか」


 ここはまだ魔物の森からは距離がある。彼の森の魔力の不安定さや揺らぎなどは感じられない。

 だが、異状は確かにあると俺は思う。

 見かけない獣たち、静まり返った森の様子だけでも、何かが起きていると感じる。


「それハ、ソウなんダ、けど」

「……形として残せるものが無いと信用しないヤツもいるか」

「ソウ、そうなんダ」


 異常を察知した冒険者は王都に調査をするように要請したらしいが、冒険者の戯言だと一蹴されたのだとか。


「じぶンたち、ハ、かんけイなイと、おもっテル」


 関係が無いということは無いだろう。村や町が襲われれば、場合によっては人が死ぬ。国と言うものは国民を守る義務があるのではないか。

 冒険者はあらゆる場所へ足を運ぶ。その際に得るのは何も宝だけじゃない。情報も得る。それは王都に居ては判らないものも多くあるだろう。

 基本的に国に属さない自由な立場の冒険者が、わざわざ王都に要請したと言うことはそれだけ重要な事だったからではないのか。

 それを調べもせずに一蹴するのは、鑑定もせずに宝を捨てるようなものだ。

 俺がそう言うと、オークは苦く笑う。


「あなタみたイな人、ガ、キゾク、だっタらいいンだケド」

「うん?」

「……いろいロ、ある、ヨネ」


 オークが溜息をつく。簡単な話ではないらしい。


「村の外も、一筋縄では行かないってことか」


 俺はオークにつられるように、息を吐き出した。



 オークの腹が鳴ったのを合図に、話もひと段落ついた事だし、と朝食を摂ることにした。

 俺は森に生る食べられる実をもいできて、火にかけた。この実は火にかけると外側の殻が割れて、中の果肉がスープのようになる。甘みとうまみが強い、面白い実だ。

 オークは鞄から干し肉を出して俺に分けてくれた。


「あなタ、しょくリョウ、持っテないノ?」

「現地調達をしようかと思ってな。俺は『冒険者の鞄』も持っていないし」

「……そんナ、みガルなしょじヒンで、どコにいくノ」


 気のせいか、オークが若干引いている気がする。

 確かに考えが甘かったとは思う。ここまで獣が姿を消しているとは思わなかった。

 もうしばらく行けば川に行き当たるが、この周辺の川に魚がいるかもあやしくなってきたな。


「まあ、肉や魚は獲れなくても、こうして木の実はあるし。なんなら草木もあるし。茸なんかもあるだろ」

「きのコ、あぶナイ」

「危険な茸は判るから」


 毒のある茸は気配と匂いで判る。父親にそう言ったら、森から採って来た茸をずらっと並べて、どれが食えない茸か言えと言うから挙げて行ったら、全て正解したんだよな。

 両親揃って、物凄く渋い顔で狡いと言うから笑ってしまった。二人でもあんな顔をするのかと思ったな。


「あなタ、やっぱリ、すごイ。でモ、どコへ、いくノ。このさキは――」


 オークが途中で口ごもる。

 そうだ、このまま進めばあるのは。


「――魔物の森へ、行くつもりだ」

「きケン、だヨ」

「さっきの蜘蛛に追い返されるかな」


 俺は笑って言う。止められても、予定を変えるつもりはない。

 先程のオークの話を聞いて、余計に行くべきだと思った。魔物の森に何かが起きていて魔物が多く姿を現わすようになったのなら、村にもまた以前よりも強力な魔物が現れる可能性がある。

 俺に何が出来るわけでもないだろうが、様子を見て報せる事くらいは出来る筈だ。


「……あノ」


 考えに沈んでいた俺を、オークの呼びかけが引き戻す。


「もシ、よかっタら、これヲ」


 おずおずと差し出されたのは、先ほど彼が熱く語っていた測定器だ。


「もっテ森、ニ、はいっテ、ひとバン森ニい、ルだけでイイ、かラ」

「いいのか。大事なモノなんだろう?」


 俺が尋ねると、オークはふるふると首を振った。


「これハ、ぼクノ、お願イ、なンダ、ヨ。あなタ、なラ、森ハきょぜツ、しなイとおもウ。だかラ」


 自分が行えない代わりに、頼めないか、とオークは言う。


「ずうずウシイ、オ願イ、だケド。……あノ! ほうシュウは、はらウし」

「報酬はいいさ。物のついでだ」


 俺の目的と合致する事だ。報酬なんか貰えない。


「でモ……。ソウだ、そ、れナラ」


 言いかけて、オークは鞄の中から、更に鞄を取り出した。


「よビで持っテきタ。こノ、かばンヲ、あげるヨ」


 差し出された鞄を受け取って見る。造りの良い革の鞄だ。使い込まれているが、よく手入れされていて、持ち主が大事に使ってきた事が判る。

 大きさは手頃で、今持ってる俺の鞄と共に持っていても邪魔にはならない。かぶせを上げると、中は夜のように暗く、星の輝きのようなものが見える、と思えばすぐにその様子は変わり、何も入っていない空の鞄になった。

 これは中に魔力が満ちている証だ。


「これは、冒険者の……。こんな高価なものは貰えない」


 母親に見せてもらった『冒険者の鞄』よりも物が良いようだ。新しいものでないにしても、高価である事には変わりはないに違いない。

 俺が返そうとすると、オークは勢いよく首を横に振る。


「ダめ。あなタ、まの森行く、ナラ、ちゃんト、そなエない、ト」


 オークは鞄から携帯食や薬、その他旅で役立つだろうと思われるものを鞄から次々に取り出すと、俺が持ったままの鞄に突っ込んでいく。


「いや、あのな?」


 こんなにもらってしまっては、報酬の前払いをされているようなものだ。

 そもそも報酬は要らないと言ったよな?


「助けテもらった、お礼でモあるヨ」


 助けたと言っても、元々あの蜘蛛は彼を傷付けるつもりはなかったろうし、ある程度脅せば目標を達成したとして帰っただろう……そんな気がしている。

 それを言っても、オークは首を縦に振らない。


「人ハ、ぼクヲ見るト、すグに殺ソうト、スル。しかたガないことだケド、う、レシかったんダ」


 仲間の元で落ちこぼれと蔑まれ、人に出会えば追われる。

 今は人の仲間や友人もいるが、それでも自分を知らない人と出会えば恐れられ、攻撃を仕掛けられる事があるのは変わらないと、オークは言う。


「あなタ、ハ、ふしぎ、なひと、ダ。であえテ、よかっタ。だかラ」


 もらってほしい、と熱心に言われれば断りにくい。


「……判った。俺もこの礼はいつか必ず」

「気ニしなく、テいいノニ……」


 何やら不満そうだが、これだけのものタダでどうぞ、と言われると据わりがが悪い。


「だが、ありがたく使わせてもらう」


 言って笑ってみせれば、オークも相好を崩した。


「じゃア、ぼクはそろそろ、行く、ヨ」


 オークは立ち上がって、尻を払う。


「これはいつ、渡したらいい?」


 俺は測定器を手に尋ねる。


「う……ん、森デなにガあるカもわからないカラいつカは、決めナイ方ガ、いいカモ。しるば、てぃかす、の東ノ丘ヲ、くだっタところ、でこれニ、火ヲ、つけテくれたラ、スグに行く、ヨ」


 シルバティカスは俺の村の名前だ。

 オークは俺に棒状のものを差し出した。発煙筒と言うそうだ。火を着ければその名の通り煙を発する。ただの発煙筒ではなく、作った者の魔力を込めてあり、魔力の持ち主にだけ煙を見せ、それは二日ほどもつとのことだ。

 凄い道具があるんだな、と驚いた俺に、自分の発明だと照れたようにオークが言う。

 他にどんなものを作っているのか聞いてみたくなるな。

 測定器を渡す時に、尋ねてみたら、教えてくれるだろうか。


「判った」


 俺は発煙筒を鞄にしまう。


「じゃア、まタ。気をつけテ」

「あんたもな」


 オークは踵を返して歩き始めて、すぐに足を止めて振り返る。


「そうダ、なまえ、きき忘れテタ。ぼクハ、カンプス」

「俺はフォルティスだ」


 俺は敢えて聞いていなかったんだが、教えてくれたのでこちらも名乗る。

 魔物は人に名を告げたがらないと聞いた事があったから。

 こちらの言葉の名前だから、もしかしたら商売用の名前なのかも知れない。


「フォル、ティス、ありがトウ」


 カンプスは頭を下げる。


「こちらこそ、ありがとな」


 俺も倣うように頭を下げた。彼の無事を心から願う。

 カンプスとは、また会って話がしたい。

 彼の好きな発明の事。作った道具たちの事。

 俺はカンプスの背が木立に消えるまで、彼の背を見送った。

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