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010 旅立ち

 洗い終わった最後の皿を籠に入れて、俺は手を拭う。

 母親はピウスを膝に抱いて身体を揺らしている。先程乳をたっぷり飲んだせいか、ピウスは満足げな眠り顔だ。

 父親は椅子に腰掛けて本を読んでいる。つい先日、立ち寄った冒険者から譲り受けたものらしい。

 この村は裕福ではないが、近くの森に他ではあまり手に入らない薬草が自生していたりするので、ギルドで依頼を受けた冒険者が立ち寄る事があるのだ。

 彼らは珍しい食べ物等を置いて行ったり、旅の途中で手に入れた雑貨などを売っていく。

 我が家はよく冒険者から古い衣服を購入している。それを仕立て直して自分達で使うのだ。

 俺は食器の片付けが終わった事を母親に告げて部屋に戻る。

 衣裳棚から革で出来たベストを取り出して身に着ける。

 これはベルト部分に魔法の文様が刻まれていて、使う者の防御力を上げる。

 父親からもらったもので、狩りに出る時にいつも使っているものだ。次に寝台に腰掛けて、履いていたサンダルを脱いで、革の履物に替える。革ひもをぎゅっと締めて、足首を振って履き心地を確かめた。

 最期に立ち上がって椅子の上に置いておいた鞄を肩に掛け、出かける時に必ず身に付けている腰用の小さな鞄のベルトを腰に巻く。

 これで旅に出る支度は出来た。

 俺はこれから、家を出る。

 手紙を書いて、二人が眠っている時間に家を出る事も考えたが、最後に顔を見て出たいと思った。

 それに手紙だとどうしても二人に感謝の気持ちを綴ってしまう。

 俺はこれから自分の我儘を二人に見せないとならない。それには、直接話した方が良いだろうと考えた。

 俺は大きく息を吸って、吐く。

 怯むな、怖気づくな。


 ――さあ、行こう。


 俺は俯けていた顔を上げて、扉を開いた。




「……フォルティス?」


 部屋をでて家の出口に向かうと、母親が俺の出で立ちに気付いたか俺の名を呼ぶ。


「出かけるのか。こんな時間に?」


 父親もまた、本から顔を上げて訝し気な声を上げる。


「家を出る」


 俺は短く宣言した。


「家を出るって……どういうことなの」


 母親は困惑気味だ。妹を赤ん坊用の寝台にそっと寝かせると、俺の元まで駆け寄って来る。


「出かけるなら、こんな時間じゃなくて明日になさい。危ないわ」


 俺の腕に手をかけようとするのを、俺は手で避ける。


「フォルティス」

「もう、たくさんだ」


 視線を落として、低く言えば母親は手を引いた。無意識か、両手を握り合わせる。


「こんな村にはもう居られない。俺は出て行く。自由になりたいんだ」


 一息に行って顔を上げた。

 母親は眉根を寄せて信じられないという顔をしている。父親も難しい顔をしている。俺の真意を探ろうとしているのが判った。

 怯むな――俺は先ほど自分に言った言葉を繰り返す。


「俺はずっと我慢してきた。もういいだろう? 解放されたいんだよ」


 解放したいんだ。家族を。俺から。

 俺という存在に縛られて、村から忌むべきもののように扱われる事から。


「こんな辺鄙な村で終わりたくないしな。俺の力があれば、外でもっと良い暮らしが出来る」


 俺は嫌悪を露わに笑って見せる。

 追い出されるんじゃない。追い立てられるわけでもない。俺は俺の意思で出て行くんだ。

 そう、印象付ける為に。


「……フォルティス、あなた――」


 掛ける言葉が思い浮かばないのか、母親が声を詰まらせる。再び手を俺に伸ばしかけて、それは結局俺に触れずに止まる。


「それがお前の意思だと言うのなら、好きにするといい。成人ともなれば自分の意志で村を出る事が許される。何を成すにも自分の責任だ」


 父親は立ち上がって椅子の上に本を置く。

 ゆっくりと俺の元まで来ると、いつものように俺の頭の上に手を置いて、撫でる。


「大きくなったなフォルティス……本当に、大きくなった」


 俺の言葉に怒る様子も見せず、父親は言う。


「お前ならどこへ行っても一人でやって行けるだろう」

「父さんに言われずとも、やって行くさ」


 俺は嘯いて父親の手を頭から退かせる。


「じゃあ」


 二人に背を向けて、家の扉に手を掛ける。


「フォルティス」


 俺を留めるように、母親が呼ぶ。


「さよなら」


 それを俺は、別れの言葉で断ち切って、扉を開いた。

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