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001 家

「早くこの村から出ていけ」

「不吉な魔物の子!」

「俺たちエルフを騙そうったってそうは行かない。みんなお前の正体は判っているんだからな!」


 俺は子供達の声に背中を押されるように歩く。慣れてしまって、その勢いに乗ってやれないのが少し申し訳ない。


「一言も言い返せないのか。臆病者!」


 声とともに石礫が背中に当たる。速度の割に痛みはない。


「悔しかったら魔法で防御してみろよ!」


 何を言われても、言い返す気はない事を沈黙で示す。それに対しても何やかやと言われるが、反応するつもりはないんだ。悪いな。

 暫く無言で家に続く道を歩き続けると、俺に構う事に飽きたのか声が減ってゆき、やがて絶えた。

 そして家が見えてくる。

 他の家に比べて明かりが少ない、俺の家が。

 周囲が木々に囲まれているから余計に暗く見える。

 エルフの国の、辺境にあるこの村はまり裕福ではない。その中でも我が家は特に貧相に見える事だろう。

 木で作られた壁は薄く、小さい家は吹けば飛ぶような風情だ。

 だが、家の増築や改築は認められていない。この家は村長の持ち物で、借り物だ。勝手に行えば村から追い出されてしまう。

 それでも俺にとっては16年住んだ大事な家だ。

 家族が――両親と生まれたばかりの可愛らしい妹が住む、大好きな場所。


「ただいま」

「おかえり」


 木の扉を開けると、優しくも明るい声が俺を迎えてくれる。何があってもこの人の声は変わらない――俺の母親。

 妹が母親の背に負われてですやすやと眠っている。この寝顔を見ると、何があってもほっと和んでしまう。


「これ、獲ってきた」


 俺は左手に提げていた麻袋を母に渡す。


「なあに? まあ、これはまたよく太った鳥だこと!」


 喜ぶ顔が見られて嬉しい。獲ってきて良かったな。


「血抜きはしてあるから」

「有難う。本当にフォルティスは狩りが上手ねえ」


 心から感心してくれている。母親は人を褒めるのが上手い。喜ばそうとして獲って来たのに、ついついこちらが嬉しくなってしまう。


「父さんが教えてくれたからだよ……そういえば父さんは?」

「まだ狩りから戻らないわ。何かあったのでないといいけど」

「様子を見てこようか?」

「いいのよ。あなたも疲れたでしょう? 手を洗ってきなさい。先に食事にしましょう」


 俺は頷いて家の裏にある井戸に向かう。

 汲み上げ式井戸のハンドルを押すと、綺麗な水が出る。傍に置いてあった石鹸を泡立てる。

 石鹸が大分小さくなっている事に気付いた。新しく作らないとな。

 村には雑貨を売る店もあって、石鹸もそこにあるが、うちは売ってもらえない。だから石鹸は手作りだ……いや、石鹸に限らず家で使うものの殆どが家族の手作りだ。

 ちなみに石鹸を作るのは俺の役割。

 物を売ってもらえないのは俺のせいだ。

 俺は忌み子、もしくは魔物の子と呼ばれている。

 フォルティスという両親が付けてくれた名があるが、村の人たちにその名で呼ばれる事はない。

 俺の髪の彩は夕日のような、橙色がかった赤、肌の色は褐色で、瞳は緑色だ。

 この国でこの髪の色をした者はいない。他の種族や……特に魔物であれば、あるらしいが。また瞳の色は魔物にすら滅多に現れないものだと言われている。

 緑は毒の色、不吉な色と言われているから。

 緑自体が忌避されているわけではなく、人に現れる事が不吉だと言われている。

 そして、褐色の肌は俺たちエルフにはない色らしい。ダークエルフならあり得ると聞いた事がある。

 しかも俺は魔力を一切持たない。

 だから魔法を使えない。

 エルフは他の種族より魔力を多く持ち、魔法を使うのに長けた種族だ。

 赤子ですら魔力を持っている。

 それなのに俺には魔力が無い。他人の魔力を感じる事は出来るから、自分が魔力を持たない事だけは俺にも判る。

 両親は勿論魔法を使える。この村の誰よりも魔力が高く、使う魔法の質は高いと俺は思っている。

 だから最初俺は、両親の子ではないのではないかと言われていたらしい。ただ顔立ちは父親によく似ており、髪質は母親にそっくりな事から、実子ではあるが忌み子であろうと意見が変わったようだ。

 魔物に入れ替えられたとも言われている。

 魔物は生まれる前の子供の魂を入れ替えるという言い伝えがあるらしく、そうして生まれた子供は魔物の特徴を持っており、周囲に不吉を齎す存在なのだ、と。

 両親が幾度それを否定しても、村の人間は信じてくれなかったようだ。

 これは両親ではなく、子供達に言われたことだけれど。


『お前のような魔物の子がここに住んでいられるだけでも幸せなことなんだぞ』

『そうそう。お前の親は否定してるが、みんな言ってる。お前は魔物に魂を入れ替えられた子供だってさ』


 何度も言われたから、思い出すのは容易だ。

 それを否定する材料を俺は持っていない。誰も持たない外見の特徴と、魔法を一切使えないという特異な状態で否定できるほど、俺は自分に自信はない。

 しかも村中の人間が同じ考えなのだ。

 だから、何を言われても仕方がないと思った。

 誰かに不吉を齎したりなどしたくはないし、そうであってほしくはないけれど、何が起きるかなど俺には判らない。

 俺がどんなモノかなんて、判らないから。

 今の所、俺の存在が村に不吉を齎したという話は聞かないから、少しだけ安心している。

 これからもないといいんだが……。

 ただ、少なくとも両親には迷惑を掛けているな。

 俺のせいで両親や、まだ赤ん坊の幼い妹までもが悪く言われる。

 忌み子を産んだくせに始末も出来ない臆病者達だと。

 そして、他の村人と同じ生活をさせて貰えないのだ。

 他の人達よりも村に納める税は重く、村の男衆が行う集団の狩りでは最前線で危険な役目を負い続け、村ではまともに買い物も出来ない。

 そんな不遇を託つとも、両親は俺を疎んじることなく愛してくれる。両親が今の境遇に不満を漏らしているところを見た事すらない。況してや俺のせいだと言われた事など一度もなかった。

 苦労に耐えている様子すら見せず、俺に笑いかけてくれる。

 それが――申し訳ない。俺は何も出来ないのに。

 せめて狩りの手伝いでも出来たら良かったが、俺が触れたものを口にするのも忌まわしいと、参加させてもらえない。

 だから俺は昼間、一人で狩りをしている。そして周囲を見て回って、道が崩れていれば直し、倒木があれば退かしたりして、村の周辺に危険がないようにするくらいしかやることがない。

 あとは、森に紛れ込んだ魔物を倒したり、家に足りないものを森から採って来るくらいか。

 本当に役立たずだな。


「こーら、フォルティス。いつまで手を洗っているの?」


 母親がキッチンの窓から顔を出して俺を呼ぶ。


「あ、悪い。今戻る」


 俺は気付けば泡が洗い落とされていた手を持って来た手拭いで拭いて、家に向かう為に井戸を後にした。



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