第8話 討伐演習① 開始
討伐演習を迎え、王都郊外の平野に集合したリヒトたち。
絶対に成果を出すと意気込む生徒たちを一瞥した教師は、改めて演習のルールを説明する。
「演習エリアはここより四方五キロメートル以内。魔物のランクによってポイントが決まっている。内訳は先日伝えたとおりだ。
此度の討伐演習で諸君らに求めるもの……それは討伐者としての素質だ。故にルールはシンプル、どれだけ魔物を倒してポイントを稼いだか競ってもらう」
とのことだが、細かいことを考える必要はない。
要はランクの高い魔物をたくさん倒せばいいだけだ。
この上なくシンプルでわかりやすいルールである。
「行動形式は各自自由だ。一人で行動するもよし、誰かとチームを組むもよし。己が最も力を発揮できる方法を選ぶといい。
また、諸君らの中には敵を倒すよりも味方のサポートをする方が得意な者もいるだろう。獲得ポイントはチームで共有されるため、前衛がより成果を挙げられるよう最大限にサポートするといい」
説明が終わり、続いて。
「こちらの御方が皆も知っての通り、討伐局トップのグレイ様である」
教師の紹介を受け、男が前に出る。
短く刈り揃えられた銀髪に黄色い瞳。
煌びやかさはないが上品であることが一目でわかる衣服に身を包み、胸にはウォーレン公爵家の家紋が記されたバッジと討伐局長のバッジをつけている。
(ああ、雰囲気が同じだ)
グレイの姿を見たリヒトは思わず感傷に浸る。
スノー・ウォーレン。
生真面目で常に国の未来が良くなることを考えていた女性。
グレイは、一週目で邪神戦を共にしたかつての仲間とそっくりだった。
「初めまして、生徒諸君。私が討伐局長のグレイだ」
グレイは単刀直入に告げる。
「討伐局の役割はただ一つ。災いの元を討ち倒し、民を、国を守ることだ。それに足る意志を持つ相応しい人間ならば、私たちはぜひとも仲間に加えたく思う。
だから──君たちの信念を見せてほしい! 私からは以上だ」
こうしてルール説明とグレイからの挨拶は終わり、ついに討伐演習が始まった。
◇◇◇◇
「よし、やるぞ。ルミナ」
「ええ。あたしたちが一位の座を取ってやろうじゃないの」
演習が始まり生徒たちがそれぞれ動き出す中、リヒトとルミナはチームを組む。
ルールはシンプル、より多くのポイントを稼ぐだけ。
チームでポイントが共有される以上、誰かと行動して効率よくポイントを稼ぐのがマストだ。
さっそく動き出そうとした時、ダグラスが絡んできた。
「おい、リヒト」
昨日の決闘でリヒトによって大ダメージを負わされたダグラスだが、優秀な回復魔法使いに治療されたようですっかり元気になっている。
が、負けた影響なのかいつにも増して慎重な様子だった。
「テメェらは何も結果を残せない。討伐局にスカウトされるなど万が一にもありえねぇ。せいぜい励めよ、ゴミ共」
それだけ言い残して去っていく。
演習で成果を出す方が重要だからなのか、リヒトに得体の知れなさを感じて恐れているのか。
どちらにせよ、向こうが去るならこちらから追う必要はない。
魔物を倒してポイントを稼ぐべく二人は森の中を駆け進む。
ほどなくして数匹の魔物と遭遇した。
緑色の肌をした人型の魔物、ゴブリンの群れだ。
数は六匹。
リーダー格はゴブリンの上位種であるホブ・ゴブリン、ランクはD級。
「ウォーミングアップにしては低レベルね」
ルミナは手元に槍を生み出す。
〖武装展開〗、魔力を消費して武器や防具を自由に生み出すスキルによるものだ。
槍を構えたルミナは魔力による肉体強化を発動し、一瞬でホブ・ゴブリンの懐に入り込む。
ゴブリンたちが反応する間もなくホブ・ゴブリンの首を飛ばし、そのまま流れるように残党を殲滅した。
「どうよ?」
「さすがだな、ルミナ。肩慣らしできなくて残念だ」
「ふふん、次は譲ってあげるわ」
褒められたルミナはまんざらでも無さげに胸を張る。
彼女の背後でゴブリンたちの死体が灰となって消えた。
魔核だけがその場に残る。
「まずは六つ」
魔物は死ねば魔核を残して消滅する。
この魔核が魔物を倒した証として得点になるわけだ。
リヒトは魔核を魔法袋……演習の際に学園から貸し出された、袋内が異空間になっていて見た目以上にたくさん収納できるアイテムに仕舞う。
再び森の中を駆け出し、ほどなくして魔物と遭遇する。
今度は角の生えたウサギだ。
「ホーンラビットか」
D級の魔物だが、額の角は刺さりどころによっては簡単に人の命を奪えるほど鋭い。
小柄な体躯と発達した後ろ脚の筋肉によるすばしっこさによって、意外と攻撃を当てるのが難しい相手だ。
「ピッ!」
だが、リヒトが今さらその程度で翻弄されるはずもなく。
跳びかかってきたホーンラビットの首を正確に斬り飛ばした。
「次行くぞ」
「ええ」
その後も二人は魔物を倒しながら森の中を駆けまわる。
今回の演習の評価方法は、どれだけ魔物を討伐してポイントを稼げたか。
ランクの高い魔物ほどポイントが多くなるが、今回の演習場は王都のすぐそばだ。
国の中で最も大きな都市である王都が危険に晒されるなどあってはならないため、定期的に討伐者が危険な魔物を倒し間引いている。
遭遇できる魔物などせいぜいC級が限度だろう。
B級以上の強力な魔物と遭遇できる可能性はかなり低い。
つまり、C級以下の魔物をどれだけ効率的に倒せるかが重要になるということだ。
そして、その方法をリヒトが考えていないわけがない。
「……見つけた」
魔物を倒しながら森の中を進んでいたリヒトが立ち止まる。
少し離れたところの木に、三匹の蜂がとまっていた。
オレンジと黒の縞模様の腹部が目立つが、それよりも特徴的なのはそのサイズだ。
一匹一匹が体長二十センチを超えている。
この蜂がただの蜂ではなく魔物だということを優に物語っていた。
「ジャイアントキラービー、こいつらの社会性を利用する」
「ああ、なるほどね」
リヒトの言葉を聞き、ルミナはすぐに理解した。
蜂は社会性昆虫として有名だ。
一匹の女王蜂を中心に数百匹の蜂が社会を成している。
「〖武装展開〗」
ルミナは槍を生み出す。
剣を抜いたリヒトと共に二匹の蜂を瞬殺した。
「キシ! キシ!」
残った蜂が慌てたように飛びながら顎を打ち鳴らす。
この魔物の威嚇行動だ。
蜂は社会性の昆虫で、仲間同士助け合って生きている。
この魔物も蜂である以上それは同じ。
警戒態勢に入った蜂がフェロモンを放出したことで、リヒトの目論見通りすぐに応援の蜂たちが駆けつけてきた。
「思ったより早かったな。巣は近そうだ」
「一網打尽といこうじゃないの」
蜂たちは二人の周囲をぐるぐる飛び回ってから、タイミングを合わせて一斉に突撃してくる。
スピードに特化した突撃を二人は難なく躱して仕留めた。
「時期が早いからまだ巣の規模は大きくないだろうが、それでも百匹以上はいるだろうな」
「おいしいわね。じゃんじゃん狩っていきましょ」
キラービーたちは尚もやって来る。
二人はキラービーを倒しながらそれらが来た方向へ進んでいく。
そう時間がかかることもなくたどり着いた。
木の根元の地面に大きな穴が開いている。
あれが巣穴なのだろう。
その見立てを確定させるように、穴の中から新たに二十匹ほど蜂が出てきた。
これまでの蜂よりサイズは一回り小さいが、牙と毒針がより鋭くなっている。
女王蜂の側近を務める近衛蜂だ。
ランクは一体一体がD級、戦闘に特化した蜂たち。
その後ろには、体長三十センチを超える女王蜂が控えている。
「やはり出てきたな」
「手っ取り早くて助かるわね」
社会性昆虫の魔物が通常の社会性昆虫と異なるのはこの点だ。
社会性昆虫の魔物は、どの種族も共通してボス格の魔物が一番強い。
そのため自身の群れが全滅の危機に陥った時、部下と一緒に前線に出て戦うのだ。
「やるぞ」
「ええ!」
戦闘態勢に入った二人の周囲を近衛蜂が高速で飛び回る。
数匹が接近したタイミングに合わせて、他の蜂たちが別方向から挟み撃ちを狙う。
意識を分散させた瞬間を狙って女王蜂が魔法を放った。
完璧な連携、外敵の排除のためには仲間の命すら使い捨てる容赦のない攻撃。
ジャイアントキラービーの女王蜂はC級だが、これらの群れとしての強さから危険度はB級以上に認定されている。
……が、その程度で苦戦する二人じゃなかった。
「〖属性付与〗発動」
ルミナは槍に炎を纏う。
〖属性付与〗の効果は、自身の扱う武器や防具に属性を付与するというもの。
付与できる属性は適性があるもののみ、適性のない属性は付与できない。
ルミナの適性は炎・雷・光属性の三つだ。
「シッ!」
ルミナは素早く連続突きを放ち、近衛蜂と魔法攻撃をまとめて撃ち落とす。
リヒトが彼女の背後を狙う近衛蜂を倒すことで、あっという間に残りは女王蜂だけになった。
「もうあんたを守るものはないわよ!」
ルミナが槍を投擲する。
高速で投げ出された槍は女王蜂の翅を貫き、地面に墜落させた。
そこへリヒトが迫る。
女王蜂は最後のあがきとばかりに毒針を射出した。
「遅い」
リヒトは毒針を斬り落とそうと振る。
その時、突然リヒトの体勢が崩れた。
「足場が──」
リヒトは瞬時に下を見る。
地面がドロドロに液状化していた。
原因は一目瞭然、土属性の魔法だ。
リヒトは即座に体を捻る。
腕で毒針を受け止め、胸部に直撃するのだけは避けた。
「リヒト!」
「魔力で瞬間的に強化したから毒は喰らっていない。軽症だ」
リヒトは冷静に針を引っこ抜き、サクッと女王蜂を仕留める。
それから後ろを見た。
ジャイアントキラービーの女王蜂は土属性の魔法を使えない。
──つまり先ほどの液状化した足場は第三者が引き起こしたということ。
「どういうつもりだ、お前ら」
二人に武器を向ける学園の生徒たち。
その数、八名。
敵意を隠すことなく現れた彼らに、リヒトは静かに剣を構えた。
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