第7話 邪神を討つために
翌日の早朝。
学園の敷地内、寮の外れにリヒトは移動する。
草の上にどしっと腰を下ろした。
昨日の決闘で使い切った魔力はすでに回復している。
「さあ、修行開始だ」
邪神討伐に当たってリヒトの一番の課題は、魔力量がとんでもなく少ないことだ。
一週目の努力によってより少ない魔力でより高い効果を発揮できるようになったにもかかわらず、神化状態を一秒も継続できないことからもその弱点が致命的なのは明らかだろう。
(魔力の使い道は大まかに分けて三つ。身体や武器の強化、スキルや魔法の使用、権能の使用の際に必要となる)
つまり、強くなるためには魔力が必要不可欠ということ。
リヒトのように限りなく無に近い状態から魔力を増やす難易度は尋常じゃないくらい高いが。
(問題ない。やり方は一週目で極めたんだ。最速で、最高効率で強くなってやる──)
リヒトは意識を集中させる。
魔力を増やす修行に勤しんでいると、ルミナがやって来た。
「おはよ、リヒト。もう修行してんのね」
「ああ、時間がない以上早めに始めたほうがいいからな」
リヒトは端的に告げ、本題を切り出した。
「ルミナもやるだろ? 魔力を増やす修行」
「はぁ!? 魔力を増やす!?」
修行内容を聞かされたルミナは素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはずだ。
なんせ──『魔力を増やす方法』なんてこの世界の誰も知らないのだから。
「そんなことできるの!?」
驚くルミナにリヒトは事情を説明する。
「難易度はそれなりに高いが、昔は一般的に知られていた方法だ。今では途絶えているけどな」
「なんで途絶えたのよ? そんな大事な情報がそう簡単に途絶えるとは思えないけど……」
その原因も説明する。
邪神の持つ権能【世界渡り】に「注意点として、転移先の世界では干渉権限を持たないため低次元世界に干渉することはできない」という文言があっただろう。
この低次元世界というのはリヒトたち人間が住んでいる次元のことだ。
邪神は低次元世界に直接干渉できないため、自身の代わりに低次元世界で活動する駒として『ハイエンド』という存在を作り出した。
魔力を増やす方法を途絶えさせれば誰もハイエンドに勝てなくなり、さらには邪神の脅威となる存在が現れることもなくなる。
邪神たちに都合が良かったから、魔力を増やす方法はこの世界から消された。
「──というわけだ」
「なるほどね」
ルミナは納得し、話の中で気づいた懸念点を伝える。
「邪神と戦うタイミングをこっちで決められるのはデカいけど……ハイエンドの存在は脅威ね。あたしたちが反乱分子であることを知られたら、強くなる前に問答無用で殺されかねないわ」
「それはそうだが、当分は大丈夫だ。この広い世界に対してハイエンドは三人しか存在しない」
ハイエンドの名前は、呪福、サディス、ガブリエル。
「この三人のうちサディスとガブリエルは別の国にいる。ハイエンドと遭遇するのは最低でも魔族との戦争が始まってからになるだろう」
「そう。ならよかったわ」
ルミナは安堵する。
それから魔力を増やす修行のレクチャーを頼んだ。
「魔力を増やす方法は次の通りだ」
①魔力同士を融合・圧縮し、質の高い魔力を生み出す。
②魔力を生み出す器官……魔力器官を①の魔力で強化し、魔力の最大容量と生産速度を上昇させる。質の高い魔力で強化するほど、新しく作り出される魔力の質は高くなる。
文にするとこれだけだが、その難易度は高い。
簡単にできることじゃないが、ルミナは一発で成功させてしまった。
「意外と簡単ね」
ルミナはあっけらかんと言い放つ。
(……そういえばルミナは努力できる天才だったな。あっという間に強くなりそうだ)
リヒトは納得してから最後にコツを伝える。
「①②を何度も繰り返すことで魔力の質と量を高めるわけだが、この方法は何度も繰り返すごとに必要となる魔力の操作精度能力が上昇していく。
戦闘など魔力を必要とするとき以外の時間をフル活用して、魔力の操作精度を上げる特訓と並行しながらやるのが最も効率的だ」
こうしてレクチャーは終わった。
二人は魔力を増やす修行をしながら、改めて行動目標を整理する。
「邪神を倒すために仲間が必要なんでしょ? 他に目星はついてんの?」
「ああ」
リヒトは頷いてから告げた。
回帰した時から考えていたことを。
「俺は魔王を仲間にしたい」
その言葉を聞いて、ルミナは目を見開く。
予想すらできなかったのだろう。
だって、この国では魔族は滅ぼすべき絶対悪として教育されているのだから。
「人族と魔族の争い。何百年も……下手したら千年以上続くこの争いは、邪神に仕組まれていたんだ。そのことを誰も知らない。元凶は邪神なのに、誰もがそれに気づかずお互いを傷つけあっている」
不毛な争いでしかないのだ。
得をするのは邪神だけ。
争えば争うほどみんなが不幸になっていく。
「魔王は仲間の幸せを一番に考えていて、魔族の幸せを手に入れるために戦う奴だった。邪神を倒すための条件にぴったり当てはまるんだ」
「……そう。リヒトがそう考えるんだったら、魔王は悪いやつじゃないんでしょうね。あたしも賛成するわ。けど……」
魔王を仲間にする。
言葉で言うだけなら簡単だが、それを実現するのは一筋縄じゃいかない。
「この国じゃ魔族は悪者になってる。魔王と手を取り合おうとすれば邪魔が入るのは間違いないわ」
「その通りだ。だから俺たちは討伐局に加入する」
「討伐局に……」
二週間後に魔族による学園襲撃事件が起き、魔族から宣戦布告される。
その後魔族との戦争が本格的に始まる。
(一週目でルミナと家族が死んだ戦争を止めて魔王を味方につけるには、この国の魔族戦争における全決定権を持つ討伐局との協力が必要不可欠だ)
「──だから俺たちは討伐局に入る必要がある」
「トップに協力を取りつけて邪神討伐作戦をスムーズに進めたいってわけね」
「理解が早くて助かるよ」
討伐者は強さによってランクが決定される。
下からF級、E級、D級、C級、B級、A級、S級となっている。
討伐局は完全な実力主義だ。
後方支援向きの優れたスキルや魔法を所持している人間を除けば、所属しているメンバーのほとんどがA級以上の実力を誇る。
上官になるには最低でもS級クラスの実力が必要だ。
「討伐局入りするのが必須条件。そのためにまずは今日の討伐演習で成果を上げる。そして、上官になってトップから認められるために俺たちはS級になる。
これが最初の目標だ」
「……あっさり言ってくれるわね。S級なんて今の人類からしたらトップレベルなのに」
「大変なんて言葉で片付くもんじゃない。それを聞いたうえで進む覚悟はあるか?」
「当たり前でしょ! 誰に聞いてんのよ」
こうして行動目標を明確化した二人は修行を続ける。
あっという間に時間は過ぎ、ついに討伐演習を迎えた。
運命を分かつ最初の出来事が始まる──