第5話 未来を変える第一歩
リヒトの脳内に一週目の記憶が蘇る。
「どうした? もう立てねぇのか?」
「ぐ……ぅぅ……っ」
校庭の一角で、傷だらけになって地面にうずくまるリヒトを見下しあざ笑うダグラス。
いつものようにリヒトが暴力を受けている記憶だ。
「情けねぇなぁ。討伐者志望のくせによ」
ダグラスがリヒトの背を踏みつける。
「こんなんじゃ暇潰しにもなりゃしねぇ」
「がッ」
「「「あはははははは!」」」
ダグラスはつまらなそうに呟きながらリヒトを蹴り飛ばす。
取り巻きがリヒトを指さして馬鹿にしたように笑う。
「明日の討伐演習は討伐局の視察が来る。テメェの大事なルミナの未来を奪ってやってもいいんだぜ?」
ダグラスは悪意たっぷりの下卑た笑みでリヒトを煽る。
「ッ!? ふざけるな……!」
ルミナの未来を奪う。
その言葉が何を意味するのか察したリヒトは、それだけはさせまいと地面に這いつくばったままダグラスを睨みつける。
が、ダグラスがリヒトの意思を顧みるはずがない。
「あいつの妨害をするなんざわけねぇ。討伐局にスカウトされるまたとない機会をふいにしちまうなぁ?」
ダグラスの言葉は、脅しではなくただの事実宣告だ。
この男は本気で言っている。
「がは……。クソ……!」
それをわかっているからこそ、リヒトは吐血しよろめきながらも必死に立ち上がる。
たとえ自分がどんなにボロボロになろうとも、ルミナが傷つけられることだけは許せないから。
だから……まだ倒れるわけにはいかない。
「前からあいつは目障りだったんだ。平民のくせに持て囃されてるのが気に食わねぇ。
勝者は俺だけでいいんだよ。俺だけが頂点なんだよ」
ダグラスは少しイラついた様子で言い放つ。
「させるかよ……! ダグラス!」
リヒトは呼吸を整えダグラスに殴りかかる。
が、敵うはずもなくあっさりとカウンターで殴り飛ばされた。
重傷を負ったリヒトは今度こそ倒れ伏す。
「せいぜい明日を楽しみにしとくことだな! ルミナの未来が潰える瞬間を間近で見せてやるよ」
かろうじて残った意識に悪意が届く。
「そんでもってリヒト。テメェの未来も……と思ったが、テメェは俺が何もせずとも勝手に潰えるか」
ダグラスと取り巻きたちは高笑いしながら去っていく。
リヒトはただその光景を眺めることしかできなかった。
「あばよ、負け犬」
◇◇◇◇
(……そうだ。一週目でコイツはルミナを──)
リヒトは拳を強く握る。
(邪神を倒し未来を変えるためには……地獄のほうがマシなんじゃと思ってしまうくらい遠大な目標を為すためには、こんな所で立ち止まってるわけにはいかないんだよ)
だから、お前に邪魔されるわけにはいかない。
(一週目の通りに行くと思うなよ、ダグラス。今度は潰えさせないからな。
ルミナの未来も、俺の未来も)
その想いを込めて宣言した。
「弱いままの俺はもう終わりだ」
リヒトとダグラスが対峙する。
いつもと違うリヒトの態度に周囲はざわめき立つ。
「リヒトのやつマジで言ってんのかよ? 弱いままの俺はもう終わりだって。もうさ、笑いが止まらねぇって!」
「スキルも魔法も魔力もないやつが強くなれるわけないだろ」
「フッ、まったくだ」
周囲の皆が馬鹿にして笑う。
教え導き、育てるはずの教師すらも生徒の言葉に同意してリヒトを見下す。
誰もがリヒトの負けを望み、ダグラスの勝利を信じて疑わない。
ダグラスは理想の光景に酔いしれる。
「ダグラス様、やっちゃってください!」
「当然だ。俺が負けるはずがない」
何もかもに恵まれ、何もかもがうまくいってきた結果、自尊心やプライドが際限なく肥大化していった人間。
それがダグラスだ。
(ダグラスは確かに強い。優秀な魔法とスキルを所持しているし、魔力量は同年代と比べても突出している)
精神は未熟だが、実力は本物だ。
そんなダグラスに勝つために、リヒトは冷静に分析する。
(が、これに関しては今回だけは問題ないだろう。ダグラスは完全に油断している。一週目の記憶からも、スキルも魔法も魔力もない最弱の俺相手にわざわざ本気を出すとは思えない)
ダグラスは今のリヒトの実力を知らないが、リヒトはダグラスの実力を完璧に把握している。
一週目で得た知識と力によるアドバンテージがある。
(【守護神】を試すには絶好の機会だ)
「それではこれよりダグラスとリヒトの決闘を始める!」
審判である教師の宣言により、両者位置について構える。
「ハッ! いっちょ前に構えやがって。生意気な野郎だ」
リヒトは手元にステータスプレートを表示する。
────────
【守護神】──神化
身体能力を超大幅に引き上げる。スキルなどとは比べ物にならない絶大な強化をもたらすが、魔力の消費量は相応に激しい。
────────
【守護神】の能力、三つめは『神化』。
効果は説明通りリヒトの身体能力を超大幅に強化するもの。
神化状態ならダグラスの素の身体能力を大幅に上回ることが可能だ。
(強力無比だが、魔力消費量は相応に多い。そして俺は魔力をほとんど持っていない。神化できるのはせいぜい一秒未満ってとこか)
効果と弱点を把握しきったタイミングで、戦いの火蓋が切って落とされた。
「試合開始!」
その瞬間にダグラスが右ストレートを放つ。
容赦も躊躇もない一撃。
スキルや魔法で強化されていないのに、並の常人じゃ躱すことすらできないほどの速度を誇る。
当然、人類最弱レベルのリヒトが躱せるはずがない。
ダグラスは攻撃が決まることを確信し──
──その思い込みはいとも容易く砕かれた。
「!?」
紙一重で躱したリヒトにダグラスは驚愕する。
(今だ!)
リヒトはダグラスの腕をつかむ。
(神化──発動)
その身体から水色のオーラが立ち昇る。
驚きのあまり硬直するダグラスを──
──リヒトはフルパワーの背負い投げで地面に叩きつけた。
轟音が響く。
あまりの衝撃にクレーターができあがる。
学園ランキング1位の──誰もが勝つと思っていた男が白目をむいて倒れ伏す。
その中心で、リヒトが悠々と立っていた。
「……お、おい……嘘だよな……?」
「な……何が起きたんだ……」
「え? え……?」
生徒も、教師も、ダグラス本人すらも。
誰もが何が起こったのか理解できなかった。
予想外の結果に言葉を失う。
静寂に包まれた訓練場で、リヒトは淡々と勝利を告げた。
「試合終了だ、先生」
「……し、勝者……リヒト……」
教師は魂が抜けたような表情で力なく答える。
そのタイミングで授業終了を知らせる鐘が鳴り響いた。
未来を変える第一歩を踏み出したリヒト。
訓練場を去ろうとする彼の前にルミナが歩み出た。
「勝利おめでとう」
まずはいつものように褒めてから。
それから、ルミナは真剣な表情で尋ねてきた。
「──で、教えてくれるかしら、リヒト。あんたの身に何があったのよ?」
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