第2-16話 それぞれの修行
討伐局、会議室にて。
再び上官たちが緊急招集され、精霊王と対面することになった。
ビキキッと空間が歪む。
揺らぎと共に一人の老人が現れた。
人間よりも遥かに高位の存在だと一目でわかるような、神聖な気配を放っている。
この老人が精霊王なのだと、上官たちは即座に理解した。
「初めましてじゃな。儂が精霊王だ」
「お初にお目にかかります、精霊王様。お会いできて光栄です」
グレイが片膝をついて敬意を表す。
「かしこまる必要はない。それよりもさっそく本題に入らせてもらうぞ。権能の所持者は主じゃな?」
精霊王はグレイに言葉をかけてからリヒトに話しかけた。
リヒトは権能の詳細と手に入れた経緯を手短に説明する。
「なるほどのう。主の目標はわかった。邪神討伐の為なら儂も協力は惜しまぬ。じゃが……」
精霊王は少し言い淀んでから申し訳なさそうに告げた。
「悪いが、儂は直接的な戦闘はできない」
「ええ、その辺の事情は一週目で聞いたので把握しています。無理強いをするつもりはありません」
「感謝する」
精霊王とリヒトの間でトントン拍子に話が進む。
その辺の事情について何も知らないグレイとウィルが質問をはさんだ。
「直接的な戦闘ができないとはどういう意味でしょうか?」
精霊王は精霊たちの頂点。
故に精霊魔法においてもエルフたちが行使するものより遥かに強力だ。
精霊王の前ではS級ですら脅威にならないだろう。
だからこそ直接的な戦闘はできないという言葉にグレイたちは疑問を覚えた。
精霊王はその理由の説明もかねて、この世界の真実を補足した。
「高次元世界、神たちが存在する次元には、“神通力”という魔力の完全上位互換にあたるエネルギーがあふれている。神たちはこのエネルギーを利用して権能を行使しているんじゃ」
魔力の完全上位互換にあたる神通力。
スキルと魔法の完全上位互換にあたる権能。
これらの情報を聞いたグレイたちは、「魔力、スキル、魔法とはなんなのか?」という疑問を抱く。
その答えはすぐに告げられた。
「神通力と権能を低次元世界の存在でも扱えるように大幅劣化させたもの。それが魔力、スキル、魔法じゃ。
この世界は神が一柱しかいない。神としての格も下位神でしかない。もしも自分の身に何かが起こった時に、この世界の者たちが自分自身の力で世界の運命を切り開けるようにと可能性をお与えくださったんじゃ。デミウルゴス様は」
世界への解像度が深まっていく。
精霊王は直接的な戦闘ができない理由を話した。
「悪意ある者が神に至らないようにするための監視者、もう一人の補佐は……あやつはもう殺された。儂まで殺されればいよいよ世界は終わりなんじゃ。この世界の魔力を管理する役目を与えられた儂まで殺されたら、この世界から魔力という概念が消える。
邪神を倒せる可能性が潰えてしまうんじゃ……」
身体強化や魔法はもちろん、ほとんどのスキルは行使する際に魔力を消費する。
魔力がなくなってしまえば、強くなりようがないのだ。
だからこそ、ハイエンドたちは最優先殺害リストに精霊王を入れている。
世界から魔力を消せば邪神の天下だ。
イレギュラーを警戒する必要もない。
である以上、精霊王は表に出るわけにはいかない。
「主らが勝つためなら儂は協力を惜しまぬし、主らが勝利することを心の底から望む。じゃが、想定はしておかねばならぬ。主らが負けたとしても、今後も主らのように邪神に抗う存在が育つための土壌を守る必要があるんじゃ」
「理解いたしました。ご説明ありがとうございます」
こうして精霊王との接触は無事に終わりを迎える。
世界の管理者からの説明もあって、リヒトの話が真実であることも確定した。
討伐局の協力を得るというリヒトの目標は無事に達成されたのだった。
◇◇◇◇
翌日。
討伐局内の訓練場にて、ウィルを除く上官たちは朝早くから修行していた。
ちなみにウィルは精霊王とのマンツーマンで修業中だ。
(精霊は魔力の塊が意思を持ったような存在だ。だから魔力増強方法と同じ要領で精霊の魔力を強化していけば、より強い精霊魔法が使えるようになる。……一週目の仲間にエルフがいたから知識では知っているが、実際のところは精霊魔法を行使するエルフにしかわからない。俺から教わるより精霊王様から教わったほうが確実だ)
上官たちの修行内容は大きく分けて二つ。
リヒトのレクチャーによる魔力増強特訓と、ロゼコーチによる実戦に即した武術指導だ。
それと並行して後方支援組上官のアネモアとDr.カトゥーにも大事なことを頼む。
「私に頼みですか?」
「アネモアさんには映像保存・出力以外にも大事な役割を担ってほしいんです。一番大切な役割と言っても過言ではありません」
「承りますが、具体的に何をすればよろしいのですか?」
「アネモアさんの持っているもう一つのスキルを呪福との接敵時に使っていただきたい」
あのスキルがあれば、情報戦において有利を取ることができる。
作戦に組み込まない手はない。
続いてDr.カトゥー。
「貴方の回復魔法は凄まじいレベルです。それをさらに伸ばして欲しい」
「了解です。全力で修業に臨みます」
Dr.カトゥーの回復魔法と後に被弾することになるであろうあのスキルを組み合わせれば、もしかすれば一時的にたどり着けるかもしれない。
一週目にガブリエル戦で散ったかつての仲間と同じレベルまで。
こうして着々と準備を進めていく。
一方、訓練室では。
「リヒトの武術は申し分ないが、ルミナ。お前のほうはまだまだ甘ぇ」
ルミナの攻撃をただの一発も受けることなく完全勝利したロゼが言い放つ。
言葉はきついが、内容は事実なのでルミナは言い返さない。
代わりに、槍を握って再び立ち上がった。
「わかってるわよ、んなこと。もっかい勝負よ!」
「おっ、気合入ってんな。武術が甘ぇっつーことは、逆に言えば伸びしろがたっぷりあるってことだ。絶対に強くなれるぜ、お前は」
全員が全力で修業に励む。
その休憩中、ルミナは意外そうに呟いた。
「ロゼ、あんた武器も使えたのね」
ロゼは訓練用の槍を器用に回転させながら答えた。
「まあな。どこの武術も大抵は武器術までセットになってるからな。俺が使ってる『勁』の概念があった流派も、槍を失った時に備えての近接戦闘を学ぶって目的からスタートしたんだ。だから槍術に応用できる体術が豊富なんだぜ」
「それをあたしはこの二週間でマスターしないといけないってわけね」
「ああ。出来なきゃ殺されるだけだかんな」
ルミナはごくごくと水を飲みながら思考に耽る。
それからロゼに尋ねた。
「このまま身体操作と魔力操作の基礎を固めたら次は応用編なわけだけど、何か槍術でも教えてくれるのかしら?」
「槍術はメインでやってたわけじゃねぇけど、面白れぇのはいくつか知ってるぜ。例えば“管槍”とかな」
ロゼは軽く説明する。
「……と、まあこんな感じだ。それらも教えてやるよ」
「ふーん、面白そうじゃない。いいわ、そっちもマスターしてやるわよ!」
こうして皆が修行する中、ハイエンド側もイレギュラー対策を進めていく。
情報戦はひそかに始まっていた。