第2-15話 人類の未来の為に
「世界の真実などとくだらない陰謀論をのたまい挙句の果てに魔族との協力を提案したテメェを、俺は人類の裏切り者と判断した。この非国民め!
王国の平和のために人族の敵を討伐する。それが俺たち討伐局の責務だ。リヒト、テメェを排除する。この国の未来のために!」
「ルミナを殺そうとしたこと覚悟はできてるんだろうな? 容赦してもらえると思うなよ、ジャック」
ジャックの姿がスゥーっと消える。
会議室からいなくなった時、そして不意打ちでルミナに致命傷を負わせた際に使用していた不可視の能力。
その正体はすでに解析済みだ。
(〖完全隠密〗。〖隠密〗スキルに〖消音〗と〖消臭〗が統合された上位スキルだ。そして自身を透明化させる〖ステルス〗。
この二つのスキルが、ジャックを現人類最強クラスの暗殺者たらしめている理由だ。狙われたルミナが対応できなかったのも無理はない。むしろ心臓への一撃をギリギリで躱せたのがすごいくらいだ)
ルミナが殺されそうになったことに怒りを抱いてはいるものの、それに理性を奪われることなくリヒトは冷静に分析する。
ルミナの容態は一刻を争う。
早急に決着をつける必要がある。
「そこか」
「チッ」
迫る刀を刃で弾く。
ジャックは舌打ちしてから再び姿を消した。
(なるほど。〖ステルス〗は攻撃する瞬間に解けるのか。……だとしても厄介なことには変わらないな)
ジャックの隠密能力は想像以上だ。
一週目で何度も修羅場を潜り抜けてきたリヒトでも、感覚を研ぎ澄まして全神経を集中させなければ対応できない。
(後方から殺気!)
リヒトが察知した時、前方の少し離れたところから物音がした。
「ッ!」
ジャックの姿があった。
〖完全隠密〗も〖ステルス〗も解除している。
ジャックのアドバンテージは隠密能力だ。
それを捨てて馬鹿正直に姿を現したということは、背後からの一撃を通すための陽動。
そう判断したリヒトは、即座に前方に結界を張りつつ後方から迫る刃をアロンダイトで止めた。
(〖分身の術〗、文字通り分身を生み出すスキルだ。分身はスキルや魔法を使えないが、身体能力は本体と変わらない。分身の対処をしている間に本体が奇襲してくるつもりだろう)
「裏切り者のくせに手こずらせやがって! まだ罪を重ねるのかよ」
「大切な家族を殺された気持ちは理解できる。が、超えちゃいけないラインを超えてしまったんだ。罪を重ねたのはお前の方なんだよ」
「テメェに理解なんざされたくもねぇ!」
ジャックの分身が次々に現れる。
総勢二十名近いジャックたちがリヒトを取り囲んだ。
「人類の未来の為にテメェを討つ!」
無数のジャックが周囲から襲いかかる。
さらに本体が不意打ちしてくる。
それでも通じないことにジャックは怒りを募らせる。
土魔法でリヒトの足元を液状化させた。
(土魔法も使えたのか)
隙をつくべく仕掛ける分身たちをリヒトは結界で防ぐ。
側面から迫るジャックの本体にアロンダイトを振った。
直後──
(移動した……?)
先ほどまで本体がいたところに突如分身が現れた。
斬られた分身は霧散する。
それと同時に、背後から刀に闇を纏ったジャックが斬りかかってきた。
「〖瞬身の術〗、本体と分身の位置を入れ替えるスキルか」
リヒトは結界で防ぎながらジャックの能力を把握する。
「なんでわかんだよ」
距離を取ったジャックが吐き捨てる。
「解析のことは話しただろ」
「権能とかいう世迷言のことか? んな力がある訳ねぇだろ。他にタネがあるはずだ」
再びジャックの姿が消える。
不意打ちヒット&アウェイ戦法を続ける気なのだろうが、それに付き合うほど悠長ではない。
(〖完全隠密〗、〖ステルス〗、〖分身の術〗、〖瞬身の術〗、土魔法、暗黒魔法。ジャックの手の内は大方把握できた。結界を簡単に壊せるほどの火力がないこともわかった。
一気に決着をつける)
「俺たちはこんなところで止められるわけにはいかないんだ。人類の未来の為にお前を倒させてもらうぞ、ジャック!」
神化を発動させる。
リヒトの姿がその場から消え、次の瞬間にはジャックの分身たちが霧散していた。
「なッ!?」
あまりの力量の差にジャックは驚愕する。
数こそ多いものの、分身たちはスキルも魔法も魔力による身体強化も使えない。
神化を発動したリヒトからすれば、分身の耐久力など紙切れ同然だ。
「〖分身──」
「守護結界」
ジャックが新たに分身を生み出すより早く、リヒトは自身とルミナを除く周囲一帯を結界で包んだ。
それを一瞬で収縮させる。
先日の学園襲撃事件でも使っていた、呪福の結界を参考にした攻撃方法だ。
だが、今回は圧殺せずジャックの身体を拘束させるだけに留める。
「こんなものッ!」
ジャックは結界を攻撃して脱出しようとするも、いかんせん火力が足りない。
複数回攻撃できれば破れはするのだが、リヒトがそんな時間を与えるはずもなくジャックは拘束された。
「クソ! 離しやがれ!」
リヒトは結界を一部解除すると同時に打撃を入れる。
気絶したジャックはがくりと項垂れた。
◇◇◇◇
ジャックを倒したリヒトは、ルミナと捕縛したジャックの二人を抱えて討伐局に直行した。
そこでルミナを治療してもらいながら事の顛末を報告する。
グレイたちは初めは受け入れがたいといった表情だったが、目を覚ましたジャックが取り調べですべて認めたことで受け入れざるを得なくなった。
重苦しい雰囲気が場を包む中、グレイが口を開く。
「……ジャック、なぜこのような凶行に出たんだ?」
「…………」
ジャックは答えない。
「……君には王国法に則って然るべき処罰が下されることになる。罪を償ってくれ」
「…………」
「君が今までに多くの民を救ってきたことは事実だ。……こんな別れになってしまったことが残念でならない」
心の底から悲しそうにグレイは告げる。
それを聞いたうえで……。
「……俺は俺が間違ったことをしたとは思っていない」
討伐局には、覚醒薬を使用した犯罪者から情報を聞き出すための収容施設が存在する。
ジャックは裁判手続きが終わるまでそこに幽閉されることになったのだが、去り際にポツリとそう零した。
ジャックが幽閉されたのを見届けてから、リヒトは医務室に向かう。
カトゥーによって治療されていたルミナはすでに全快していた。
「ありがとね、リヒト。助けてくれて」
「無事で本当によかったよ、ルミナ」
心の底から感謝を伝えてきたルミナに、リヒトは安心した様子で言葉を返す。
(……それにしてもカトゥーさんの回復魔法はすさまじいな。これならあの魔法も可能性がありそうだ。作戦に加えておくか)
リヒトが思案したその時。
医務室の扉がノックされ、ウィルが入ってきた。
真剣な表情だ。
精霊王関連で進展があったのだろうというリヒトの予想を裏付けるようにウィルは告げる。
「精霊王様からの伝言です。リヒトさんとぜひ話がしたいと」
「すぐに向かいます」
「ええ、お願いします」
こうして再び会議室に集合した上官たちは、元デミウルゴスの補佐である精霊王と対面することになったのだった。