第2-12話 討伐局最強とのバトル!
フレアの身体から発せられる蒸気で戦闘訓練室の温度が上昇していく。
「……暑くなってきたな。バトルが熱いからかな」
「寒いギャグ言ったのに冷えねぇな。……どうしよう、続き見てぇのにこのままじゃ倒れそうだ」
「この中に氷系統の魔法やスキル使える人いるー?」
「「「「「……」」」」」
「いない了解。困ったね」
観客たちが困っていると、そこにグレイがやって来た。
「見にきて正解だったな」
グレイは地面に手をつける。
氷魔法の上位属性である氷結魔法を発動した。
「空間冷却」
グレイを中心として、観客たちのいるエリアに絶えず冷気が供給される。
熱気の温度上昇と冷気の温度下降が拮抗して、観客たちの周囲はちょうどいい温度になった。
一方で、リヒトは結界を全身に薄く張って熱気から身を守りながら、フレアの状態を観察する。
(フレアは〖炎属性吸収〗で炎属性のスキルや魔法を吸収して回復できる。実際、俺がロゼを倒している間に自分の爆炎魔法を吸収して回復していた)
にもかかわらず、フレアは苦しそうに吐血していた。
その理由は推測できる。
(〖爆熱機関〗で発生する熱はあくまで副次的なもので、炎属性と判定されないため〖炎属性吸収〗の対象にならない。だから熱で肺のあたりをやられて吐血した。そう考えると辻褄が合う)
そう思考をまとめたリヒトは、【守護神】の神化を発動した。
(フレアは〖爆熱機関〗でまだまだ強くなる。が、熱ダメージで身体を蝕まれるため長くはもたない。全魔力を惜しみなく使って短期決戦に持ち込み、超火力を容赦なく押し付けてくるだろう。
推定S級上位に達している彼女相手に、素面では勝ち目がない)
リヒトがフレアの実力を正しく把握すると同時に、フレアも彼我の戦力差を理解した。
「今、すっごく強くなったね。何をしたのかな?」
「まだ秘密です」
「そう、残念。これは本気を出さないと負けちゃうな!」
フレアは喜びに震えながら爆炎魔法を放った。
「灼熱地獄!」
再び地面が炎に包まれる。
炎によるスリップダメージを吸収して常に回復し続けながら戦うためだ。
リヒトは結界の上を走って距離を詰めてくる。
(んー、やっぱダメージは与えられないか。厄介だね~、結界)
フレアはリヒトめがけて爆炎魔法を放った。
「ばんばんばーん!」
巨大火球の集中砲火。
(躱されるのは無問題。動きを誘導するのが目的だからね!)
〖爆炎爆裂拳〗を放つ。
その規模と威力が〖爆熱機関〗で強化された結果、リヒトに躱されたのにもかかわらず爆裂の余波だけで結界を割るに至った。
「かつてないほど冴えてるよ今!」
リヒトの反撃を驚異的な反射速度で躱す。
「ドカーン!」
地面が大爆発する。
二人の姿が炎の中に消えた。
炎の中で打撃音が響く。
それも連続で。
中で激しくぶつかり合っているのが明白だ。
「大丈夫、リヒトなら絶対勝つわ!」
戦いの行方を見守っていたルミナは、ギュッと拳を握る。
と、そのタイミングで殴り飛ばされたリヒトが飛び出てきた。
それを追うようにフレアが駆ける。
〖爆炎爆裂拳〗を応用したサイドステップで変則的に動き、読みづらい攻撃を放つ。
リヒトは魔剣で攻撃を逸らして直撃を避ける。
爆裂の余波でダメージを受けながらも反撃に出た。
神化の一撃がフレアに叩き込まれる。
(何この威力──ッ!)
声も出せないような特大ダメージに驚きつつも、フレアは内心で笑う。
殴られた威力を利用してリヒトから距離をとった。
〖爆炎爆裂拳〗の応用で宙を駆ける。
三次元、立体的にリヒトの周囲を豪速で走り回る。
その速さは、リヒトですら目で追うのがギリギリなほどだった。
フレアの身体能力はすでに限界近くまで引き上げられている。
〖炎属性吸収〗の回復スピードよりも〖爆熱機関〗の自傷スピードのほうが圧倒的に早い。
もう身体が持たない。
(だから、一気に決着に持ち込む!)
フレアはリヒトの周囲を回りながら魔法を放つ。
「バンバンドーン!」
巨大火球が全方位からリヒトに迫る。
絶え間なく高密度の弾幕が襲いかかってくる。
「神化──最大出力!」
リヒトは最大まで身体強化し、その場で回転斬りを放った。
すべての火球が両断されて爆発する。
爆風と炎が吹き荒れる中、リヒトの背後から声がした。
「この一撃が最後になるから……残り魔力をすべて込めるね。うちのとっておきをどうぞ!」
フレアの拳に蒼の炎が集う。
奥義が放たれた。
「爆轟拳!!!」
蒼の大爆発が巻き起こる。
(いくら君が強くてもこれならッ!?)
その中からリヒトが飛び出してきた。
「俺の結界は魔法の魔力を吸収して強度を維持することもできるんですよ!」
……と言っても、魔王城の封印結界に大部分のリソースを割いているため、今のリヒトが扱う結界は本来よりだいぶ性能が落ちている。
(爆轟拳を完全に無力化するのは不可能だった。俺一人分のスペースだけを分解しながら無理やり突き進んだから、余波の熱によるダメージがヤバい)
「辛勝ですね。手合わせありがとうございました」
リヒトは大火傷を負いながらも、その魔剣をフレアの首につきつけた。
「試合終了! 勝者リヒトさんです!」
ウィルが合図を出す。
手に汗握りながら結末を見守っていた観客たちが沸き上がる中、フレアは笑い声をあげた。
「……辛勝って! 戦い終わって確信したけど、君には勝てる気がしないよ。まだ力を出し切ってはないでしょ?」
「出し切っていないというよりは……出せない状況にあるといったほうが正しいですね」
「あー、楽しい! 負けるのも楽しい! リベンジしたい、そのために強くなるってバトル意欲がもりもり湧いてくるんだもん!」
グレイの連絡を受けて戦闘訓練室にやって来ていたカトゥーが、回復魔法で二人を完全回復させる。
焼けた内臓が治ったフレアは、勢いよくピョンっと起き上がってから手を差し出した。
「殴り合ったからもう友達だね、リヒトくん! これからもよろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
「敬語はいらないよ。堅苦しいもん」
「……よろしくな、フレア」
「ん!」
リヒトはがっちりと握手を交わす。
このバトルを通してフレアにも認められた。
当初の目的はロゼとの手合わせだったが、予想以上の収穫だ。
「おめでとう、リヒト」
「スゲーな、リヒト! まさかフレアに勝っちまうなんて思わなかったぜ! 俺なんて手も足も出ずにボコされたのによ!」
「末恐ろしい強さですね。君が味方でよかったですよ」
「やるな、相棒! いつか絶対にお前を超えてやる。また手合わせ頼むぜ!」
グレイを始めとして上官たちがリヒトの強さに驚きつつも称賛の言葉を投げかける。
ずっと見守っていたルミナも嬉しそうに褒めてくれた。
「お疲れ様。やったわね、リヒト! あんたが勝つって信じてたわよ!」
「ありがとな、ルミナ」
リヒトが少し照れていると、グレイが真剣な表情で話しかけてきた。
「リヒト、討伐局の雰囲気には多少慣れてきたはずだ。私のことも信頼してくれていると思う。……よければ教えてはくれないか? 君の強さの理由を」
「ッ」
静かに身構えたリヒトにグレイは続ける。
「討伐局加入手続きの際に、学園での君の記録は見させてもらったよ」
(ダグラスとの決闘で周囲から散々貶された現場にもグレイ様はいたわけだからな。いつか聞かれるのはわかっていた)
「君はスキルも魔法も使えない。魔力量も極端に少ない。にもかかわらず君は結界の力を使い、フレアにも勝利した。
君が悪い人間だとも後ろめたいことをしているとも思わない。純粋に気になるのだ。私たちの知らない常識外の何かが君にあるのだと」
人魔戦争を止めて魔王を仲間にするためには、討伐局の協力が必要不可欠だ。
強さの秘密も邪神のこともいずれはグレイたちに伝えることになる。
問題は伝えるタイミングだが……。
(学園での討伐演習やダグラスとの決闘、学園襲撃事件、昨日のクロムディア襲撃事件を通して、グレイ様は俺の人間性も見極めたうえで認めてくれた。ロゼとは相棒になったし、フレアとは対等な関係になった。ダイナー様は最初から友好的だったから味方になってくれる可能性が高い。ウィル様に関しては、精霊という厳格で公平公正な第三者を通した上で認められた)
討伐局の戦闘部隊における上官で未だ関係を築けていないのはジャックだけ。
(最低限の信頼を得て、討伐局ツートップを含む過半数以上の上官たちに俺という人間を認めてもらえた。
ジャックの存在だけが懸念点だが、すべてを明かすには充分だろう)
リヒトは覚悟を決める。
真剣な声音で告げた。
「グレイ様、会議室に上官の皆を集めてください。すべてお話します。
──俺の強さの秘密、そしてこの世界の真実を」