第2-10話 手合わせ ~VSロゼ~
討伐局内、戦闘訓練室にて。
リヒトとロゼは互いに位置につく。
上官も局員も、その場にいた者たちは全員観戦を始めた。
信念と実力を買われて特例で討伐局入りしたリヒト。
昨日の事件対応で大きな成長を遂げたロゼ。
両者の実力は皆が気になっているようだ。
「聞いたぜ、ロゼ! 昨日の戦いでスンゲー技術編み出したんだって!?」
「見せてくれよな! その技!」
「強ぇのかよ? 新入りはァ!」
「ロゼ姉、頑張って!」
「負けんじゃないわよ、リヒト!」
「うちも混ざりたい……!」
「どちらが勝つのか目が離せませんね」
歓声をバックに両者構える。
「試合、始め!」
審判のウィルが合図を出した瞬間、同時に動いた。
一瞬で肉薄し、互いに拳を放つ。
パンチが正面からぶつかり合った。
「オレのほうが……力負けしてるな」
ロゼの所持している強化スキルは〖リベンジャー〗、〖逆境上等〗の二つ。
状態異常で身体能力が増す〖逆境上等〗は、対リヒト戦において発動することはない。
〖リベンジャー〗が真価を発揮するのはダメージを受けて追い詰められている状態。
序盤では効果を発揮しないスキルだ。
ロゼは爆穿をまだ使っていない。
対して、リヒトは強化スキルを持っておらず権能【守護神】の神化も使用していない。
両者共に素の肉体強度と魔力による身体強化だけでぶつかり合った。
結果、押し勝ったリヒトの拳によってロゼは吹き飛ばされることになった。
「やはり魔力の操作精度は俺以上か」
「の割にはオレが押し負けている。どういう理屈だ?」
「いずれ教えるさ」
ロゼの魔力操作精度は間違いなく人類トップ。
リヒトすらも上回っている。
にもかかわらず力負けしたのは、リヒトの魔力の質と量がロゼを上回っているからだ。
(魔力の増強方法を教えれば、ロゼはすぐに追いついてくるだろう。将来が楽しみだ)
リヒトはロゼの拳を片手で受け止め、もう片手で中段突きを放つ。
ロゼは素早く腕でガードした。
「ふッ」
「しッ」
両者同時に蹴りを放つ。
蹴りと蹴りが交差し、再び力負けしたロゼは後ろへ弾かれた。
「かなり高いレベルで格闘術を修めているな、相棒!」
「まあな」
一週目で邪神と戦った時に、全身から闘気を出して肉弾戦を仕掛けた男性がいただろう。
彼も武術の達人で、リヒトたちは基礎から応用までみっちり叩き込まれた。
ロゼほどではないが、リヒトもそれなりに武術には自信があるのだ。
「力試しは済んだだろ? そろそろ使って来いよ、爆穿を」
リヒトは防御態勢を取る。
正面から受け止めてやると挑発した。
「いいぜ、味合わせてやる。武の極致を」
ロゼは構え、踏み込む。
全リソースを割いた爆穿を叩き込んだ。
(これはとんでもないな──)
心臓が爆発したかのような衝撃がリヒトを襲う。
距離をとったリヒトはたまらず吐血した。
「防御が意味を成さない……超火力の攻撃……!」
「……耐えられるとは思わなかったぜ」
ロゼは心の底から驚いた表情で呟く。
呼吸を整えているリヒトに爆穿の理論を開示した。
「他人と触れて魔力を譲渡する技術、それの応用が爆穿だ。攻撃や防御で触れた瞬間に、魔力を譲渡する要領で相手の体内に魔力を流し込み内側から爆発させる。理論に起こせばただそれだけだ」
「凄いな、相棒」
リヒトは心から称賛する。
(一週目の仲間や俺では、どうやってもこの技術にたどり着くことはできなかった。人類トップの魔力操作精度を誇るロゼだからこそたどり着けた技術だ)
「……世界は広いな。まだまだ俺の知らない技術が存在するなんて」
「オレとしちゃ、相棒の強さもだいぶ意味不明だけどな。底知れなさヤベェぞ、お前」
「成長性で言えば、底が見えないのはお前も一緒だ。試しに俺も使ってみるか、爆穿」
「ッ!」
ロゼはリヒトの言葉に驚く。
それからリヒトと同じように防御態勢を取った。
一発受けるつもりらしい。
「やれるもんならやってみろ。言っとくが、〖先読み〗で答えを知るなんてシャバい真似はしねぇぜ」
「爆穿をあえて受けた俺の行動は実戦なら悪手大戦犯もいいところだが、お前の場合は〖リベンジャー〗があるからさして問題ない。ってのはつまらないだろ? 一撃で倒すつもりで行くぞ」
「……来い」
リヒトは強く踏み込む。
拳……さらにその先にある魔力を意識する。
パンチと共に魔力をロゼの体内に流し込み、爆発させた。
(重てぇッ!? 操作精度はオレより甘いのに威力はオレ以上──)
ロゼはたまらず距離をとる。
苦しげに呻きながらも無理やり口角を持ち上げた。
「へへ……。やるな、相棒」
「……いや、そうでもない」
「?」
リヒトは冷静に分析する。
確かに爆穿は通常攻撃よりも高火力だが、使ってみて改めてわかった。
(実戦において爆穿の使い道はほとんど存在しない)
リヒトの操作精度では、爆穿を使うためには必ず一定のリソースを割かなければならない。
相手が強敵なら当然リソースを割いたことで発生する隙をつかれて場合によってはそのまま殺される。
リソースを割いて隙を晒しても爆穿を通せるような相手であれば、そもそも爆穿を使わなくても容易に勝てる。
刹那の瞬間にノーリソースで爆穿を使えるロゼだからこそ。
規格外の操作精度を誇るロゼだからこそ輝く技術だ。
「爆穿はロゼの専売特許だな。まさしく武の極致と呼ぶのにふさわしい技術。俺じゃ使いこなすことはできないようだ」
「……なるほどな。んじゃ、こっからは実戦想定だ。容赦しねぇぜ」
ロゼが動く。
(縮地の応用か。動き出しに予備動作がなく読みづらい。〖リベンジャー〗の能力アップで移動速度も増している!)
ロゼの蹴りを腕で受け止める。
(爆穿で弾かれるのはわかっている。弾かれるまでの一瞬の間に反撃する!)
リヒトも蹴りを放つが、ロゼは紙一重で躱す。
「動きを読むなど造作もねぇ」
「だろうな。武術勝負じゃ俺に勝ち目はない」
ロゼは斜め下からスマッシュを放つ。
リヒトは掌に結界を生成し、結界越しにロゼの腕をつかんだ。
(俺とロゼの間に結界を挟むことで魔力譲渡をシャットアウト。爆穿を封じる)
その隙にロゼの脇腹に蹴りを入れる。
同じく足にも結界をまとわせ、爆穿で無理やり弾かれるのを防いだ。
「武術以外の部分でアドバンテージを取る。それが俺の勝ち筋だ」
「結界の応用か。防具のように使ってきた奴は初めてだ」
二人の攻防に観戦している人たちは驚く。
「なんつー高度な戦いだ……!」
「ふふん。どうよ、ロゼ? これがリヒトの実力よ!」
「ロゼさんがすごいのは知ってたけど、あのリヒトって子もヤバいね」
「特例で上官と行動だろ? これ見たら特例なのも頷けるよな」
「混ざりたい混ざりたい混ざりたい混ざりたい混ざりたい混ざりたいうちも混ざりたい混ざりたい混ざりたいぃぃぃ……!」
吹き飛ばされたロゼは地面を殴って大きくバウンドし、空中で体勢を立て直してから着地する。
そこへ詰めるリヒト。
(次はどう来る? 大人しくやられてはくれないだろ、お前は)
(オレのアドバンテージなら武術以外にもあるぜ!)
ロゼは地面を殴りつける。
衝撃で粉塵が舞い上がった。
一瞬の目潰し。
(〖先読み〗発動! 見えねぇ状況でもオレはお前の動きを読めるんだよ!)
ロゼは粉塵を抜ける。
視界を奪われた状態からの奇襲攻撃に対して、リヒトは地面を強く蹴ることで対応した。
一瞬だけ神化を発動して攻撃力を引き上げ、地面を踏み砕く。
地盤が割れて隆起した。
ロゼのバランスを崩して隙を作る、ハズだったが──
「足場の動きまで見えてるぜ!」
「ッ! 〖先読み〗か」
ロゼはバランスを崩すことなく隆起した足場の上をうまく進み、リヒトの攻撃を躱しながらカウンターを放つ。
「守護結界!」
リヒトは間に結界を挟んで防ごうとするが、結界はあっさりと破られた。
「昔からオレは魔法を拳で打ち消せたんだ。その理論も、爆穿をモノにした時に理解した」
(守護結界も魔法も、魔力を基に行使している。魔力が守護結界や魔法という事象に変化するための術式が内部に存在するということだ)
爆穿の理論を聞かされていたリヒトはすぐに察する。
予想を裏付けるようにロゼは答えを告げた。
「魔力譲渡の要領で結界や魔法の中にオレの魔力を流し込み、その結界や魔法を構成している要素を破壊する。制御を失った結界や魔法は状態を維持できなくなって消えるってワケだ」
ロゼはこの技術を“壊滅”と名付ける。
「もう防御は通じねぇぜ」
爆穿が発動する。
リヒトは再び大ダメージを負って吹き飛ばされることになった。
(強いな、ロゼは。たった一日でとんでもないほど成長している。少し、俺も本気を出すか)
リヒトは魔剣アロンダイトを引き抜く。
刃に結界をまとって物理的に斬れないようにした打撃武器仕様だ。
「これなら殺す心配もない。思う存分振るえる」
「やっと本気を出してくれたか。待ちくたびれたぜ!」
再び両者は駆けだす。
瞬間、両者の中間地点で爆発が起きた。
「「ッ!」」
リヒトとロゼは動きを止める。
待った砂埃が爆風で晴れて、乱入者の姿が明らかになった。
「もう我慢できねー! うちも戦う!!!」
栗色の髪と瞳。
特徴的な犬耳としっぽ。
討伐局ツートップ、グレイと同格の強さを誇るフレア・ノヴァブラストがそこにいた。
「三つ巴バトルか! いいぜ!」
「信頼を得るには戦って勝つのが手っ取り早い。来るなら容赦しませんよ」
「リヒトくんはめちゃヤバだしロゼちゃんは見違えるほど強くなってる。うん、久々に本気出せるかも!」
フレアは期待感に瞳をキラキラさせながら笑った。