第4話 権能【守護神】
屋外の訓練場にて。
リヒトを含めた生徒たちが規則正しく整列している。
彼らの前に立つ教師が口を開いた。
「明日の討伐演習だが、知っての通り討伐局トップのグレイ様が視察に来られる」
魔物や犯罪者、魔族から人を守るための職業である討伐者。
討伐者が所属する組織は二つ存在する。
一つ目は討伐者ギルド。
こちらは脅威から人を守る……言うなれば対症療法をメインとした民間組織。
そしてもう一つが『討伐局』。
こちらは討伐者ギルドの仕事内容に加えて、この国における驚異の中でも最も大きな存在……すなわち魔族を滅ぼすことで脅威そのものを無くす根治療法をメインとした国家機関だ。
「討伐局にスカウトされるまたとない機会だ。実力を十全に発揮するためにも、本日の実技訓練はより一層気合いを入れて臨んでもらいたい!」
討伐局に加入するためには高い実力が必要となる。
地位と名誉のためにも絶対にスカウトの機会を逃すわけにはいかないと、生徒たちは意気込みながら実技訓練を開始した。
「さてと。現状分析するか」
生徒たちが基礎を磨くなり対人戦闘をするなり励んでいるのを尻目に、リヒトは一人で端へ移動する。
自身のステータスプレートを開いた。
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【守護神】
他者を守るために敵を討ち倒す。そのための力の結晶。
この権能の能力は以下の通り。
時間遡行
解析
神化
???
???
────────
(俺の権能は【守護神】という名前なのか)
リヒトがプレートの「権能」の文字をタップすると、権能についての詳細が表示された。
────────
権能とは
神クラスの存在しか扱うことができない特別で絶大な力。神であれば生まれた時から最低でも一つは何かしらの権能を所持している。人間などの場合は、神クラスに到達した際に権能を獲得する。
────────
(なるほど。俺たちは邪神の手下の神を倒したことで神クラスに到達したというわけか)
リヒトがさらに分析を続けようとした時、「ぐぁぁぁあああッ!」という悲鳴が聞こえてきた。
リヒトが作業を中断して声のしたほうを向くと、苦しそうに這いつくばっている生徒と余裕の表情でそれを見下すダグラスの姿があった。
「勝者ダグラス!」
試合の審判をしていた教師が宣言する。
勝者となったダグラスは鼻で笑った。
「弱すぎて練習にすらならねぇよ」
「さすがダグラス様!」
「学園ランキング1位に相応しい実力だな。圧倒的だ、いくらなんでも強すぎる」
「ダグラス様の討伐局入りは確実ですわね」
いつものようにダグラスは取り巻きや生徒たちから持て囃される。
その様子を冷めた目で見ていたリヒトが別のほうへ目を向けると、ルミナが対戦相手の首筋に槍の穂先を突きつける瞬間が映った。
「こ、降参です……」
負けた生徒ががくりと膝をつく。
「対戦感謝するわ。他にあたしの相手したい人はいるかしら?」
「ひゅ~、強い強い。学園ランキング2位は伊達じゃないねぇ」
「ルミナさん素敵です……!」
「ルミナさんの討伐局入りも確実だな!」
容姿端麗な外見に同年代と比べても圧倒的な実力。
ルミナもまた周りの生徒たちから持ち上げられていた。
ただ一人、ダグラスを除いては。
(やはり強いな、ルミナは)
ルミナの勝利を見届けたリヒトは分析を再開する。
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【守護神】──時間遡行
一度だけ権能と記憶を保持したまま過去に戻ることができる。
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【守護神】の能力、一つ目は『時間遡行』。
リヒトが回帰できたのはこの能力のおかげだ。
(時間遡行をもう一度使うことはできない。もうやり直しは効かない。
……けど、たった一回チャンスが手に入っただけでも奇跡なんだ。絶対に無駄にはしない。どんな逆境だろうと乗り越えてやる!)
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【守護神】──解析
対象のスキルや魔法、権能の詳細を確認することができる。
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【守護神】の能力、二つ目は『解析』。
リヒトが今こうして調べられるのも回帰直前で邪神のステータスを知れたのも、全部この能力によるものだ。
その利便性と有用性にリヒトは感謝する。
この能力があるのとないのじゃ大違いだ。
情報アドバンテージを取れるということがどれほど大きいのかリヒトはよくわかっている。
現状判明している【守護神】の三つ目の能力を解析しようとした時、不意に名前を呼ばれた。
「おい、リヒト」
リヒトは解析を中断して振り向こうとする。
声の主がダグラスだと気づいた瞬間、リヒトの身体をとてつもない衝撃が襲った。
「ッ──」
ダグラスの容赦のない蹴りが炸裂。
リヒトは凄まじい速度で吹き飛ばされる。
訓練場の柵をブチ破り、壁に激突したところで止まった。
「リヒト!?」
ルミナが驚愕と心配して叫ぶ。
負傷し血を流すリヒトに向かって、ダグラスは嗜虐心のこもった表情で告げた。
「決闘しようぜ、リヒト。さっきの授業じゃよくも調子に乗ってくれたなァ?」
「ちょっと! いきなり不意打ちするなんてどういうつもりよ!」
そんなの納得できるわけがないとばかりにルミナが噛みつく。
ダグラスは鬱陶しそうに返す。
「平民ごときが口をはさむなよ。大人しく見ていればいいものを」
「ホントだわ。落ちこぼれを庇うなんて意味がわかんない」
「なんでリヒトなんかを助けようとするんだろう。不釣り合いなのに……」
「ルミナさんは優しいからあんな雑魚でも見捨てることができないんだよ。そう、悪いのはリヒトだ」
ここでもダグラスに同調する生徒たち。
ルミナに嫉妬する者、好意を寄せる者。そのすべてが好き勝手にリヒトを下げる現状にルミナは怒る。
「うっさいわよ! なんで先生も黙って見てるんですか!」
「リヒトが弱いのが悪い」
教師に助けを求めても、取り合ってもらえず冷酷に告げられる。
「ダグラス! 決闘なら私が──」
あまりの理不尽さにルミナが業を煮やした時、リヒトに止められた。
「待て、ルミナ」
ルミナが振り向く。
リヒトは傷こそ負っているものの無事に立っていた。
(よし、まだ動ける。全魔力を一ヶ所に集中させることでなんとか大ダメージは免れたな)
「テメェ……なぜ動ける? たまたま当たり所が良かったのか?」
不思議そうに驚くダグラスに向かって、今度はリヒトは挑発的に告げた。
「ダグラス。どうせ俺が何を言ったところで決闘するつもりなんだろ? 乗ってやるよ」
「リヒト! いくらなんでもそれは……」
「問題ない。大丈夫だ」
心配するルミナを強い意志を宿した瞳で制す。
「俺の相手が問題ないだと? ふざけんじゃねぇよ! 二度と調子に乗れねぇよう今日は徹底的に痛めつけてやる!
テメェの弱さを教えてやるよ、リヒト」
ダグラスは自分の勝利を確信した様子で。
まさしく自分が圧倒的上位者だと信じて疑わない様子で挑発に乗る。
相手は学園の首席。
一週目でずっと虐げられてきた相手に、リヒトは真っ向から受けて立つ。
「弱さ、か」
(俺の目標は邪神討伐、未来を変えることだ。一週目通りに落ちこぼれのままでいる気はない)
「弱いままの俺はもう終わりだ」