第2-8話 新たな仲間
(何者だ、この男は……!?)
因縁の復讐を邪魔されたのにもかかわらず、ホロストはリヒトへの警戒を強める。
(見た目はロゼより少し若いくらいか? ……とてもそうは思えねぇ威圧感だ)
ホロストはすでにロゼとの戦いで魔力を半分ほど消耗してしまっている。
本当はここまで使うつもりはなかったが、たらればを言ってもしょうがない。
ホロストはすぐに思考を切り替える。
(なぁなぁで戦えば確実に負ける。最初から全力出して対応される前に倒しきるしかねぇ!)
その一方で、リヒトはホロストの情報を解析する。
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名前:ホロスト
種族:シェイプシフター
ランク:S級
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(種族はシェイプシフター、ランクはS級。所持スキルは〖魔物使い〗と〖変身〗)
〖魔物使い〗は元から持っていたスキルで、〖変身〗が覚醒薬によって手に入れたスキルだ。
効果は「肉体を適した姿に変え、一度使役した魔物のスキルを使う」というもの。
(アネモアからの情報によると、この男は過去にも魔物の軍勢による集団虐殺事件を数度起こしている。そのせいか所持スキルが異様に多い。とりあえず強力なものだけピックアップして把握しとくか)
(〖変身〗は豊富な手数が強みだが、その分魔力の消耗が激しい。それを余すことなく使ってやるんだ。感謝しやがれ)
ホロストの身体がメキメキと肥大化していく。
肉体が適したものへと作り変えられていく。
「……まだ、本気じゃなかったのかよ」
ロゼは悔しそうに呟いてからリヒトを見た。
「オレだけじゃあいつには勝てなかった。皆を守るために手を貸してくれ」
「もちろんだ。“一緒に”勝つぞ」
リヒトは作戦を端的に伝える。
それと同時に、ホロストは〖変身〗を終えた。
「コシューゥゥゥ…………」
ホロストは口から熱気を吐く。
三メートルを超える巨体。
体表を覆う黒い鱗。
長く鋭い爪に、赤い牙が並ぶ巨大な顎。
後ろにはしなやかな尾が伸びている。
ホロストの姿を一言で表すなら、巨大な人型ドラゴンだ。
(竜種は魔物の中でも最強クラス。やはりベースにしてきたか)
「解き放たれた気分だ! この姿は最高に心地がいい!」
ホロストは小さな黒い球体を宙に投げる。
「槍の雨が来るぞ!」
「了解」
ホロストは比較的魔力消費の少ない〖黒槍降雨〗で二人の視線を上に誘導。
二人が黒槍に対処している間に、全身に形成した口から蒸気を吐き出した。
「「「「「〖スチームブレス〗!」」」」」
蒸気が一瞬で場を覆う。
(目潰しか。どこから来る?)
意識を研ぎ澄ませるリヒト。
そこへロゼが告げる。
「下からだ!」
「ガァァァァァッ」
地中からの攻撃。
〖土泳〗スキルの効果によって地面が揺れたりなどの予兆が起こらないので、リヒトでも初見で対応するのは難しい。
ホロストが多用している奇襲攻撃は、ロゼの〖先読み〗で潰された。
リヒトはギリギリで躱す。
「こうなることは予想済みだ、竜爪螺旋!」
ホロストは両手の爪を合わせ、空中で高速回転しながらリヒトに突っ込む。
(高い防御力に回転エネルギーが加わっている。生半可な攻撃じゃ弾かれるな。だから拘束する!)
リヒトは最大出力の結界で攻撃を受ける。
破られる前にホロストの腕を新たな結界で掴む。
ホロストの身体が空中でぴたりと止まった。
(なんのこれしき! 〖ドラゴバーン〗を使えば──)
「させねぇよ」
拳を引き絞ったロゼが強く踏み込み、ホロストにアッパーを放つ。
「爆穿!」
防御貫通の爆発がホロストを襲う。
手痛い一撃だが、ホロストを倒すには足りなかった。
「お前はここでリタイアだ! 全力出したこの状態じゃ敵にすらならねぇんだよ!」
ホロストの背中が光る。
〖カウンターバースト〗が来ると見切ったロゼは背後に跳んで──
──ロゼの背後に回されていた尾の先端から〖カウンターバースト〗が放たれた。
「残念。そっちは囮だ」
ロゼは吹き飛んだ先で動かなくなる。
「ロゼ!」
急いでロゼに結界を張ったリヒトへ向けて、ホロストはニヤリと笑った。
「リベンジは済んだ。ここからは俺とお前のタイマンだぜ」
「みたいだな。ロゼの想いは無駄にしない。絶対に俺が勝つ!」
両者同時に踏み出す。
豪速で詰め拳を振るう。
両者の拳が激突した。
衝撃で大気が震え、周囲の建物や地面が砕ける。
(膂力はヨルムンガンドダグラス以上だが技術面は甘いな)
(今の俺と互角とはなんつー攻撃力だ……!)
力は拮抗した。
と思われたが、自由に動かせる尾がある分ホロストのほうが有利だ。
競り合った状態のままリヒトへ尾を突き出す。
「守護結界!」
リヒトは自身の拳とホロストの拳の間に結界を生成し、受け流す。
尾を躱しざまに斬り落とし、ホロストの胴体に蹴りを入れた。
(ッ! 硬い!)
体表を覆う〖竜鱗装甲〗。
その下には〖物理超耐性〗を持つスライムボディの層がある。
さらにその下は〖金属変異〗、〖鋼鉄化〗などで強化した金属層だ。
(剛と柔の三層防御構造。神化なしでこれを突破するのは不可能だな……!)
リヒトは冷静に分析し、連撃を叩き込もうとする。
その時、ホロストの身体が赤く光った。
〖カウンターバースト〗の予備動作だ。
遅れてホロストの胸部に亀裂が入り、開かれたソレから巨大な顎が姿を現す。
頭部の顎と胸部の顎で同時に〖ドラゴバーン〗を撃つ気だろう。
(〖カウンターバースト〗は一定の間に受けたダメージを蓄積して返すスキルだ。一度使用すると溜めたダメージはリセットされる)
ロゼをダウンさせた〖カウンターバースト〗の後から今この瞬間まで、ホロストはほとんどダメージを受けていない。
(つまりこの〖カウンターバースト〗は囮だ。大技を通すためのな)
〖カウンターバースト〗の爆発がリヒトを呑み込む。
「そのスキルは知ってるんだ。乗せられるかよ」
「ッ!?」
リヒトはダメージを受けながらも、無視して魔剣を構える。
胸部の顎の中へ突きを放った。
「三層防御構造も口の中じゃ本領は出せないだろ?」
アロンダイトが深く突き刺さる。
胸部顎の〖ドラゴバーン〗は制御を乱されて暴発した。
その影響で頭部顎の〖ドラゴバーン〗まで暴発してしまう。
「ウギャァァァアアアアアッ!?」
内側からの爆発、しかも高火力がウリな〖ドラゴバーン〗だ。
ホロストは大ダメージを負って隙を晒した。
リヒトはそこへ斬撃の連打を叩き込む。
(ギィ……ッ! いいようにされてたまるか!)
ホロストは斬られながらも地面を強く蹴る。
大振動でリヒトの攻撃を中断させつつ、反動を利用して大跳躍した。
翼を生やし、足の裏から〖ドラゴフレア〗を放つ。
その推進力で一気に上空まで昇り、地上めがけて〖ドラゴバーン〗と〖ドラゴサンダー〗を乱射した。
炎と稲妻の光線が無数に降り注ぎ、地上を焼き尽くす。
(追い詰められているからか、なりふり構わなくなってきたな。今までより精度が荒くなっている)
リヒトは結界を足場にして光線を回避する。
神化を発動した状態での跳躍で、一気にホロストのさらに上まで移動した。
すれ違いざまにホロストの翼を斬り飛ばして飛翔能力を奪い、天に張った結界に着地する。
地面に向けて再び跳躍した。
落下速度と重力に神化の攻撃力を乗せた一撃をホロストにぶち込み、勢いのまま地面に叩きつける。
衝撃でクロムディア中に轟音が響き超巨大クレーターができあがった。
深い亀裂がクロムディアに走る。
「オガッ……」
その中心で、ホロストは身体中の口から血を吐きながら起きた事象に困惑していた。
(何がっ、起きた……! なんだよ今のダメージは!? マズい……! なんとしてでも立て直さなければ──)
ホロストの全身が赤く光る。
「困った時、立て直したい時に〖カウンターバースト〗に頼りすぎだ。強いからって癖で使ってたら足を掬われるぞ」
リヒトは結界でホロストを包み込む。
〖カウンターバースト〗は閉ざされた空間で逃げ場を失い、余すことなくホロストに牙をむいた。
「ゴガァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?」
致命傷と言っても過言じゃないダメージを与えた。
ホロストは間違いなく限界寸前だ。
「……ぜぇ……。喰らいながら殴るタフネス精神は散々嫌というほどロゼから学ばされた……!」
詰めるリヒトの足元からホロストの分身たちが現れる。
予兆なく地中を移動できる〖土泳〗による不意打ち、ホロストの十八番だ。
分身たちはスライム状に変異し、続けて金属化する。
「拘束したぜ、俺!」
「殺るなら今しかねぇ!」
分身たちが叫ぶ。
それより前から、ホロストは切り札を発動していた。
発動まで時間がかかる上に発動中は身動きできず隙を晒すことになるが、そのリスクに見合うだけの切り札だ。
リヒトは拘束している。
さらにこれまでの攻防から遠距離攻撃手段を持っていないと思われる。
せいぜい投擲くらいか。
二対一の状況なら使えなかったが、すでにロゼを倒してタイマンに持ち込んだ今の状態なら隙をつかれることもない。
「いくら身体能力がバケモンだろうが結界を持っていようが、これを防ぐのは不可能だ! 死ねぇ!!!」
拡張した頭部の顎から極太のレーザーを放つ。
リヒトは結界を張って止めようとするが、一瞬で破られた。
即座に何重にも張り直すことで無理やり耐える。
(本来なら余裕をもって耐えられるんだけどな。魔王城の疑似封印にリソースを割いている影響で結界の性能が大幅に下がってしまっている)
「無意味だ! 諦めろよ!」
「諦めの悪さならロゼにも負ける気はない」
今ホロストが使用しているスキルは〖終焉の咆哮〗。
効果は、これまでに受けた攻撃のエネルギーを抽出しさらに残りの全魔力を使って威力を増幅した上で放つというもの。
まさに切り札と呼ぶに相応しいスキルだ。
〖終焉の咆哮〗のダメージ計算は〖カウンターバースト〗とは別に行われる。
つまり、クロムディア襲撃事件開始から今までにホロストが受けたダメージが超絶強化されて飛んできているということだ。
(ホロストの予想通り俺がこの攻撃を防ぎきることは不可能だ。このままだと俺は死ぬ)
状況を完全に把握した上で、リヒトは諦めを感じさせない爽やかな笑みを浮かべた。
「俺の狙いは最初からお前に〖終焉の咆哮〗を使わせることだ。言っただろ? 一緒に勝つって」
「あ?」
ホロストは遅れて気づく。
自身の背後から発された濃密な魔力反応に。
「この勝負を決めるのは俺じゃない」
「オレだ」
──立っていた。
確実に倒したはずのロゼが立っていた。
「なぜまだ動けるッ!? そんなはずはねぇ! 死んでないのがおかしいくらいダメージを与えたのに! なんでなんだよッ!!!」
ホロストは〖終焉の咆哮〗の効果で身動きが取れない。
ロゼに対応できない。
ロゼがダウンしてから結界で保護するまでの流れを通して、ホロストの思考からロゼの存在を消した。
すべてはこの時のために。
「なぜ動けるのかって、気合いだよ」
超人的な魔力操作精度を誇るロゼは、リソースを割かなくても爆穿を使うことができる。
その上で、爆穿に全リソースを割く。
刹那の瞬間では実現できないほどに威力を高める。
〖リベンジャー〗と〖逆境上等〗のフル強化を乗せて、ホロストへ渾身の一撃を放った。
「爆穿ッ!!!」
ホロストの身体が一片も残さず爆散する。
〖終焉の咆哮〗は効果を失い、リヒトを拘束していた分身たちも消滅した。
曇り空が晴れ、光が差し込む。
ロゼはふらつきながらリヒトのもとに歩み寄る。
「仇を討たせてくれてありがとな。お前のおかげで今度は守れた」
拳を突き出す。
「長官が言ってたバディの件、認める。……そんで、お前さえよければライバルになってくれねぇか?」
リヒトは迷わず拳を打ちつけた。
「これからよろしくな、相棒。そして好敵手」
「へへっ」
ロゼは嬉しそうに笑う。
(ホロストとの戦いを少し見させてもらったが凄いやつだな、ロゼは。才能や努力で磨かれた戦闘力はもちろんだが、何よりも凄いのはどんな逆境や理不尽にも負けない不撓不屈さと正義感の強さだ)
つまるところ、これ以上ないほど邪神討伐メンバーに相応しい。
リヒトは意を決した様子で手を差し出した。
「今はまだ詳しいことは言えない。が、俺はみんなを救うためにもっと強くなる。S級すら霞むほど強く、強く。これからホロストなんかとは比べ物にならないほど強いやつらと戦うことになる。
ロゼの力を貸して欲しい」
「いいぜ!」
ロゼは迷うことなくリヒトの手を取った。
「友達が困ってたら助けるのは当然だろ。それに、お前が強くなるならオレも負けてられねぇんだよ。一緒に助けて守って高め合っていこうぜ!」
ロゼは神を目指す不屈の信念の持ち主である以前に、フレンドリーで仲間想いで負けず嫌いなガキ大将なのだ。
こうしてリヒトは、邪神討伐を共にする新たなメンバーを得たのだった。