第2-4話 どこまで逆境だろうと
「テメェにも教えてやるよ。持たざる者の苦しみってヤツをなァ!」
怒りを身にまといジェラスは叫ぶ。
「〖属性付与〗──雷!」
ルミナは魔槍に雷属性を付与し、速度を強化。
ジェラスめがけて豪速の突きを放つ。
だが──
「今の俺は最強だ! この程度ォ……!」
ジェラスは両腕で魔槍を掴んで止める。
突き刺そうとルミナは全力で押すが、びくともしない。
力は拮抗……いや、ルミナのほうがわずかに負けている。
(身体能力はS級の領域に入っている! 学園襲撃事件の時の悪魔に匹敵するかそれ以上ってところかしら……!)
分が悪いと判断したルミナは、即座に槍を消して詰める。
ジェラスは懐からナイフを取り出す。
振るわれたソレをルミナは跳躍して躱す。
ジェラスの背後に着地すると同時に〖魔装展開〗でハンマーを生み出し、回転の勢いを乗せてジェラスを殴り抜いた。
「ハッ! 効かねぇよ、んなチンケな攻撃!」
ジェラスは腕をクロスして防ぐ。
衝撃で吹き飛ばされたものの、言葉の通り軽傷だった。
「ダメージが入らないわけじゃない! なら倒しようはあるわよ!」
「強がっていられるのも今の内だぜ!」
ルミナは再び魔槍を生み出し猛攻撃に出る。
ジェラスはナイフ二刀流で必死に槍を弾く。
なんとか反撃に出ても簡単に防がれる。
威勢とは裏腹にジェラスが押されていた。
「強がってるのはそっちじゃないかしら?」
「クソが! このクソアマがァ!」
ジェラスは防戦一方の状況に陥る。
それが彼をさらに苛立たせる。
精度を欠いた攻撃は簡単に躱され、挙句の果てにナイフを弾かれて失ってしまった。
「ッ!?」
「どうせ毒でも塗ってたんでしょ? あのナイフ。使わせないわよ」
ルミナは槍の柄でジェラスを殴り飛ばす。
「ぐぼぁっ……!?」
地面に転がっているナイフをグレイのほうに蹴って渡し、それからジェラスに斬りかかった。
「時間が経てば経つほどあたしとの差は開いていくわよ!」
「チクショウ! クソっ! クソォッ!」
ジェラスはみっともなく逃げ回る。
〖連撃〗の影響で、すでにルミナの攻撃は止められない威力になっている。
技術もフィジカルも負けている。
必死に躱し続けるが、それでも傷が増えていく。
ジェラスは心の中で怒りを叫ぶことしかできない。
(なんだよコイツ! なんでこんなに強ぇんだよガキのくせに! これ以上……これ以上思い出させるんじゃねぇよ!)
ジェラスの脳裏に浮かぶのは、かつて討伐者を目指して学園に通っていた己の姿。
魔力量は同年代の平均よりも低く、魔法は一つも使えず、所持していたスキルは農民向けの戦闘には使えないスキルのみ。
さんざん周囲の人間から見下され、当時の学園ランキング上位者たちから虐げられてきた。
いじめの犯人たちは貴族でジェラスは平民だから、学園は何も対応しなかった。
見て見ぬふりどころか、「余計な仕事を増やすな」と教師からも暴力を振るわれた始末だ。
(夢なんてとうの昔に失った。俺に残されたのは復讐心だけだ!)
才能を持った優秀な人間に虐げられる。
かつての己と今の己が重なったことで、ジェラスは怒りと憎悪を激しく燃やす。
「これで終わりよ!」
〖連撃〗で最大まで強化された攻撃力を乗せたルミナの突き。
ジェラスに逃げ場はない。
致命の一撃だ。
迫る死を前にしてなお、ジェラスの心は黒く煮えたぎる。
(いいよなぁ、才能があってチヤホヤされるのは。俺だって一回くらいは輝いてみたかったよ……)
暗い炎は力を宿し、強い決意によってジェラスの悪意が固まる。
覚醒薬によってもたらされたジェラスのスキルは、強い悪意によって真の力を解放した。
「……もう輝けなくてもいい。俺はどんな光も呑み込む闇そのものになってやる! 誰も輝けない世界なら、誰よりも暗い俺が最強だ!
──スキル発動、〖ゼロ・ワールド〗」
黒い光が一瞬で広がる。
ジェラスの心臓に迫っていた魔槍が、フッと霧散して消えた。
「ッ!?」
ルミナは驚愕する。
再び魔槍を生み出そうとするが、どういうわけか〖魔装展開〗が発動しない。
「こういう感じだったよなァ!?」
踏み込んだジェラスは拳に雷を纏い、速度を強化した一撃でルミナを殴り抜いた。
「形勢逆転だクソ女ァ!」
「がッ」
ルミナは地面を激しくバウンドしながら吹き飛ぶ。
家屋に突っ込んだところで止まった。
「これがっ! これが俺様の力だ! これまでは同格以下にしか効かなかったが、テメェのおかげで限界を超えることができた! 感謝するぜぇ。礼はテメェの命で勘弁してやるよぉ!」
ジェラスは優越感に浸りながら叫ぶ。
これまでずっと妬んできた才能のある人間を見返せたことで、かつてない快感がジェラスの身体を走り抜ける。
もう負けることはないという絶対的な確信がジェラスの口を軽くした。
「〖ゼロ・ワールド〗。相手のスキルと魔法を一度見ただけで使用不能にでき、さらに相手の身体能力を俺以下まで低下させるスキルだ! それだけにとどまらず俺は一度見ただけで相手の魔法を使えるようになる〖魔法コピー〗も持っている!」
「……何が言いたいわけ?」
ルミナは血反吐を吐きながらも立ち上がる。
口元の血をぬぐう。
その目から闘志は消えていない。
ジェラスは暗い笑みを浮かべながら告げた。
「つまり、テメェは何一つスキルも魔法も使えない状況で圧倒的な力に嬲り殺されるしかねぇってコトだ。言っただろ? 持たざる者の苦しみを教えてやるって。
何も持ってなかったせいで圧倒的な力を持つ者たちに虐げられるしかなかった俺の苦しみをたっぷり味わってから死にやがれ」
ジェラスの〖ゼロ・ワールド〗によって、ルミナの〖属性付与〗──雷、〖連撃〗、〖物理特化〗が消失する。
それだけでも火力が大幅に低下してキツいのに、さらにデバフで身体能力を下げられ頼みの綱の魔槍ウルスラグナも失ってしまった。
「……だからなんだ。どこまで逆境だろうとあたしは諦めないわよ!」
「ハッ、すぐに絶望を知ることになるぜ」
◇◇◇◇
「テメーだけは絶対にここで倒す! もう誰も殺させねぇぞ!!!」
「やってみろよロゼェ! お前が討伐局に入ろうが問題ねぇ! 覚醒薬で花開いた俺の才能で、今度こそお前も殺してやるよ!!!」
城塞都市の一角で。
因縁の再会を果たしたロゼとホロストは同時に動く。
お互いに距離を詰める中、ホロストが先に仕掛けた。
「〖ドラゴフレア〗!」
ホロストの左腕が竜の顎に変形し、高い熱量を持った炎の魔弾を放つ。
ロゼは紙一重で躱しホロストに肉薄する。
その光景にホロストは内心で驚いた。
(表情一つ変えずに躱すか! あん時よりもさらに読みが鋭くなってやがる。だが──!)
ロゼの右ストレートがホロストの顔面に炸裂する。
反応される前に放った一撃だ。
攻撃は確実にヒットし、ロゼの拳には硬い顔面を殴った感触が伝わってくる……ことはなく。
「〖闇縄〗」
ロゼの拳に柔らかい感触が伝わる。
ホロストの頭部が闇のロープに変貌してロゼの右腕に絡みついた。
拘束されて動きを封じられてしまう。
(テメーの頭どうなってんだよ! 覚醒薬で人間やめたのは本当みてぇだな!)
「〖竜爪撃〗、〖炎爪撃〗、〖熱化〗、〖斬撃強化〗、〖攻撃力上昇〗、〖速度上昇〗!」
ホロストの右腕が竜の爪になる。
さらに爪が炎に包まれる。
複数のスキルで強化された突きが放たれた。
「テメーが覚醒薬でどういう力を得たのかなんとなくわかってきたぜ」
ロゼは左手指を爪の側面に当てて受け流す。
そのまま拳を握ってホロストの鳩尾に叩き込む。
「〖竜甲装〗、〖防御力上昇〗!」
が、ホロストは初撃と同じように亀の甲羅を生成して防いだ。
衝撃で吹き飛ばされるが大したダメージにはなっていない。
ロゼは間髪入れずに地面を殴る。
衝撃で砂埃や粉塵が舞い、ホロストの視界が遮られる。
「使わせてもらうぞ」
ロゼは民間討伐者の遺品となった斧をホロストめがけて投げる。
ホロストが斧に意識を向けたほんの一瞬で、縮地を使って肉薄した。
「ッ!」
斧を弾いたホロストは返す刀で爪を横なぎに振るう。
ロゼは素早くしゃがんで回避。
同時に蹴りでホロストの足を払って宙に浮かせる。
(一気に終わらせる!)
がら空きの胸部にスマッシュを叩き込む。
吹き飛ばされそうになったホロストの腕をつかんで無理やり引き戻し、今度は胸部に膝蹴りを入れる。
「ガフッ」
連撃で甲羅が砕け散る。
ロゼは投げ技でホロストを地面に叩きつける。
無防備になった胸部めがけて拳を振り下ろした。
(クソ……! いいようにされてたまるか!)
ホロストは間一髪でスキルを発動した。
「〖液状化〗、〖流動粘体〗!」
どぷんと。
ロゼの拳がホロストの体内に沈む。
(スライム殴った時の感触! 柔の受け身か!)
(気づいたところで遅ぇよ! 〖金属変異〗、〖鋼鉄化〗、〖硬度上昇〗!)
粘体だったホロストの胴体が鋼鉄に変化して固まる。
再びロゼの腕が拘束された。
(逃げ場のねぇ状態なら防ぎようがねぇよなァ!)
ホロストの身体中に無数の口が現れる。
それらすべてが竜の顎をしていた。
口から熱気があふれ出す!
「「「「「喰らいやがれ! 多重〖ドラゴバーン〗!!!」」」」」
すべての口が真っ赤に光り輝く。
〖ドラゴフレア〗よりも強力な炎の魔弾による集中砲火が、余すことなくロゼに直撃した。
爆風が吹き荒れ、黒煙が昇る。
吹き飛ばされたロゼは、ボロボロになりながらも受け身を取って態勢を整える。
大ダメージを負わされたのに微塵も闘志はブレていなかった。
「まだ死なねぇよ。オレは神になるんだ……!」
「それでいい、それでこそお前だ! ここで諦められちゃぁ殺り甲斐がねぇ!」
ホロストが黒い球体を高く投げる。
空中に散らばった球体は槍に変化して豪雨のように降り注いだ。
(この程度!)
ロゼはすべての槍の軌道を見切り、完全に受け流す。
ロゼの周囲に大量の槍が突き刺さった。
(ホロストの姿がない。オレが上に意識を向けた瞬間に視界から消えたのか。予測不能の不意打ちを決めるつもりだろうが……)
ロゼはスキル〖先読み〗を使用する。
ホロストの次の一手を見るのと同時に後ろへ跳んだ。
直後、地面を突き破ってモグラに変身したホロストが現れた。
「なっ!? 読まれただと……! これを!?」
驚愕するホロストに向かって。
ロゼは地面が砕けるほど強く踏み込み、全力の一撃を放った。
「発勁!」
「〖竜甲装〗──」
拳が直撃する。
甲羅はあっさりと砕け、超火力の攻撃がホロストに牙をむいた。
「ごガァ……ッ!?」
吹き飛ばされた先で人間の姿に戻ったホロストは、立ち上がって血を吐き捨てる。
それなりのダメージが入ったのは間違いなかった。
「……くははははは。戦い始めた時よりも明らかに攻撃の威力が上がってやがる。あん時のお前は健在みてぇだな!」
ロゼのスキル〖リベンジャー〗。
効果はダメージを喰らうほど身体能力が上昇していくというもの。
先ほどの攻撃でホロストの防御力を突破できたのは、力を溜めて威力を増幅してから放つ発勁を使用したのもあるが一番は〖リベンジャー〗の効果によるものだ。
「タフな野郎だ」
「お前もな」
ロゼは縮地の理論を応用した重心移動で素早く動き出そうとするが……。
一歩踏み出したところで胸を抑えて止まった。
「ぐ……っ!?」
「ようやく効いてきたみてぇだな」
ホロストはニヤリと笑う。
身体を粘体にしてから金属に変えてロゼを拘束した際に、体内で針を突き刺して毒を注入していたのだ。
すぐにそれを察したロゼは吐き捨てる。
「……いいのかよ? 知ってんだろ、オレのスキル」
「ああ、当然だ。知った上で使った」
ロゼは〖逆境上等〗という、状態異常になった際に身体能力を上昇させるスキルを持っている。
中途半端な状態異常ではロゼが有利になるだけだ。
「わざわざ毒にして何が狙いだ?」
「大した意味はねぇよ。ただ、あん時と同じ状況にした上でお前を殺してやりたいってだけだ。
言っただろ? お前だけは絶対この手で殺すって。あの日の雪辱は晴らさせてもらうぜ!」
再び両者同時に走り出す。
「〖ドラゴサンダー〗」
ホロストは雷の魔弾を牽制程度に放つ。
魔法を使えず遠距離攻撃手段のないロゼは躱しながら詰める。
自分の得意なフィールドである肉弾戦に持ち込もうとして……それを待っていたかのようにホロストは笑った。
「初見なら確実に通せる! お前とまともに殴り合うつもりはねぇよ!」
ホロストの身体が一瞬赤く光る。
刹那、指向性を持った爆発がロゼに襲いかかった。
「〖カウンターバースト〗!」
「ッ!?」
ロゼは全神経を集中させて受け流そうと試みるが……。
(流せねぇ……ッ)
──爆発はいとも容易くロゼを貫いた。
(俺の勝ちだ!)
ホロストは勝利を確信しながらも、その手を緩めることなく〖竜爪撃〗を放つ。
受けたダメージを溜めて相手に跳ね返す〖カウンターバースト〗。
〖ドラゴサンダー〗を囮にした不意打ちは成功し、大ダメージを受けたロゼは致命的な隙を晒している。
(仕留めきれなかったのは予想外だったが問題ねぇ! いくらお前が頑丈でも、ここからの反撃は不可能だ! 絶対に間に合わねぇ!)
ホロストの凶爪が──
──死がロゼに迫った。