第2-2話 討伐局加入
魔王城に結界を張って戦争を遅らせた翌日。
リヒトとルミナの二人は討伐局へやって来た。
討伐局トップのグレイが二人を出迎える。
「二人ともよく来てくれたな。顔合わせの準備はできている。ついてきてくれ」
グレイの案内で二人は討伐局に足を踏み入れる。
局内は白を基調とした無骨なデザインで統一されていた。
(討伐局の上官は全員、魔力を増やす方法が存在しないこの世界でS級に到達した本物の実力者たちだ。邪神討伐を共にする仲間ができればいいのだが)
討伐局のメンバーはその強さ故に有名な人間が多い。
リヒトも一週目知識でそれなりにメンバーを把握しているが、全員ではないし面識もない。
未来を変えるための計画は立てているものの、ここから先は一週目でも経験していない未知の領域だ。
ぶっつけ本番になる。
(邪神討伐メンバーに魔王を引き入れたい。そのためには、この国の魔族戦争における全決定権を持つ討伐局の協力が必要不可欠だ。
まずは活躍して俺たちの存在を認めてもらう。信頼関係を築く。世界の真実を明かすのはそれからだ)
リヒトは気を引き締める。
彼らを案内しながら、グレイは二人の待遇について説明した。
「討伐局における上官昇格の条件として、S級相当の実力またはそれに匹敵する技能の保持が定められている。君たち二人はすでにS級相当の実力を有しているが、さすがに加入したての者を上官にするわけにはいかない。
だから特例として君たち二人には上官と共に行動してもらうことにした」
「「承知いたしました」」
と、そのタイミングで。
前方のドアが開いて向こうから一人の女性が現れた。
「あー! いたいた!!! 二度目ましてだね!」
栗色のボブヘアに真ん丸な瞳。
頭からはぴょこんと犬耳が、腰からはしっぽが生えている。
動きやすさに特化したデザインの赤い着物を着ていた。
学園襲撃事件の時に駆けつけてきた討伐局メンバーの中にいた犬獣人の女性だった。
彼女はぐいっとリヒトに詰め寄る。
「キミ、強い匂いがする!」
いきなりそんなことを言われたリヒトは困惑した。
「それは実力的な意味での強いなのか体臭的な意味での強いなのか、どちらでしょうか……?」
「ん? 前者のほう!」
リヒトは安堵した。
(よかった。後者のほうだったら精神的に死んでいたところだった……)
現在のリヒトの肉体年齢は十八歳だが、回帰前は三十八歳。
どうしても歳に関する話題には敏感になってしまうのだ。
心の中で胸をなでおろしたリヒトだったが、犬獣人の女性は勢いを衰えさせることなく話を続けてきた。
「ねぇ、この後一緒に殴り合わない?」
「聞いたことない誘い文句すぎる」
リヒトはさらに困惑する。
その時、ルミナが話に割って入った。
「ちょっと! いくらなんでもそれは見過ごせないわよ!」
ルミナ的には美人な犬獣人とリヒトが二人きりになるのが嫌なだけだったが、そのヤキモチが彼女に伝わることはなかった。
「え!? キミも一緒に殴り合いたいってコト!?」
「んなわけないでしょ。なんでそうなるのよ」
これにはさすがのルミナも冷静にツッコむことしかできなかった。
この人にヤキモチを焼くのは馬鹿らしいと悟りを開く。
状況を見かねたグレイが犬獣人について説明してくれた。
「彼女の名はフレア・ノヴァブラスト。察しの通りバトルジャンキーだ。バトルのことばかり考えすぎて今みたいにアホになることも多々あるが、討伐局内での強さは私と並ぶ。対人での実践訓練をしたい場合はぜひフレアを誘ってやってくれ」
「うち、討伐局強さランキングのツートップ! 戦ってみたくなったらいつでも言ってね秒で受けるから! じゃっ、部下たちに修行つけてくる!」
そう言い残してフレアは嵐のように去っていった。
(フレア・ノヴァブラスト。一週目では数々の大事件を解決した英雄として伝わっていたが、実際に会ってみるとギャップがすごいな……)
「この先が会議室だ。フレア以外の上官が集まっている」
グレイが大きな扉を開く。
中には、円卓を囲うようにして数名の男女が立っていた。
リヒトとルミナは末席につく。
長官用の豪華な席に移動したグレイが威厳のある声で切り出した。
「この二人が今日から討伐局に加入する運びとなったリヒトとルミナだ。二人はすでにS級相当の実力を有しているため、特例として上官と共に行動させることとした。君たちがより一層、競い合い高め合うことになると嬉しい」
「彼らが例の……」
「ほえー、若いのにもうS級ねぇ」
「ふん」
上官たちの反応は様々だった。
好意的な目線を寄せる者もいれば、興味なさそうな反応を示す者もいる。
グレイは続けて上官たちを紹介していった。
「まずはDr.カトゥー。前にも伝えた通り討伐局の専属医で、医療隊長だ」
「お久しぶりですね。ケガをした時はぜひ僕たちを頼ってください。死んでなければだいだい治りますから」
討伐局の医療部隊にはカトゥーを始めとして優秀な回復術師たちがそろっている。
どれだけ無茶をしても死にさえしなければ問題なくなるのは、今後ハイエンドと戦うことになるリヒトたちにとってありがたいことだ。
「続いてアネモア。彼女は情報通信隊長だ」
「もろもろのサポートは私たちにお任せください」
紫髪の女性が上品にお辞儀する。
彼女は召喚した魔物を通して他者と通信ができる他、召喚魔物と視界を共有したりそれを映像として保存・出力することも可能だ。
リヒトとしても、彼女の力は今後不可欠となる。
「この二人はサポートに特化した上官。ここからは戦闘に特化した上官たちだ」
次にグレイが紹介したのは、翡翠の長髪が特徴的なエルフの男性だった。
「彼はウィル・ローズウッド。魔法隊長で、精霊魔法の使い手だ」
「お初にお目にかかります。ウィルと申します。よろしくお願い致します」
温和で優し気な男性だ。
平民相手でもここまで丁寧に対応する貴族は稀だろう。
それだけでも彼の性格がうかがえる。
次は赤髪の男性だ。
「彼はダイナー・ブレイク。武装隊長で大剣使いだ」
「うっす! 俺はダイナー、よろしくな!」
ダイナーはよく通る声で威勢よく挨拶する。
大剣で敵を叩き潰すというわかりやすい強さから、一週目でもダイナーは有名だった。
ルミナと気が合いそうだなという感想をリヒトは抱く。
次はシーフの格好をした暗いオレンジ髪の男性だ。
「彼はジャック・スラッシュ。隠密隊長で、彼のシーフ技能はこの国でも随一だ」
「お前たちの存在なんて心底どうでもいい。俺の邪魔だけはするなよ」
明らかに友好的ではない刺々しい態度だった。
(ジャック・スラッシュ。この男は完全に初見だ。詳細は一切わからないが、隠密特化なら情報が表に出ないことにも頷ける。少なくとも強者なのは間違いない)
次が最後の上官だ。
「彼女はロゼ。武術隊長だ。これからリヒトには、バディとして彼女と共に行動してもらう」
赤いメッシュの入った白髪を高めに結んだポニーテール。
鋭い目つきの三白眼で、薄ピンク色の瞳。
黒の戦闘服に身を包んだ長身スレンダーな体型。
男勝りな雰囲気を放っている特徴的な女性だった。
「オレは神になる。バディなんて必要ねぇ!」
(神になる、か……。いきなり大きく出たな)
ロゼから突っぱねられてしまったが、ジャックと違ってロゼからは敵意や刺々しさを感じなかった。
むしろロゼからは追いつめられている、焦っているといった印象を受けたくらいだ。
(彼女も何も情報がない。存在が表に出ないような戦闘スタイルというわけではなさそうだし、おそらく一週目では早い段階で死んでしまったのだろう)
リヒトは何か印象深いものをロゼから感じ取っていた。
ただの直感でしかないが、それでも間違いないと確信を持てる。
リヒトがそう思った時、アネモアが真剣な表情に変わった。
重大な通信が入ったらしい。
「グレイ様、緊急連絡が入りました。城塞都市クロムディアにて魔物の大群による襲撃事件が発生したとのことです!」
クロムディアは王都から東に位置する大きな城塞都市だ。
報告を受けたグレイはすぐに出動命令を下した。
それからリヒトとルミナに向き直る。
「初事件対応だ。リヒトはロゼと共に行動、ルミナは私と共に行動してもらう。その実力と信念を遺憾なく発揮してほしい」
討伐局に加入して早々に事件が起きた。
対応する二人に、ダグラスを上回る悪意が襲いかかることとなる。
初登場キャラが多かったので、討伐局の主要メンバーについて補足しておきます。
・グレイ・ウォーレン(30):ウォーレン公爵家の現当主。討伐局トップ。種族はヒューマン。
・Dr.カトゥー(28):平民。この国一番の回復魔法使い。ヒューマン。
・アネモア(26):平民。情報通信の要。ヒューマン。
・フレア・ノヴァブラスト(24):ノヴァブラスト侯爵家の次女。バトルジャンキー。犬の獣人。
・ウィル・ローズウッド(175):ローズウッド侯爵家の長男。礼儀正しい。エルフ。
・ダイナー・ブレイク(25):ブレイク伯爵家の長男。愛妻家。ヒューマン。
・ジャック・スラッシュ(26):スラッシュ子爵家の一人息子。隠密特化。ヒューマン。
・ロゼ(20):平民。神になりたい。ヒューマン。