第2-1話 守護結界の新能力
学園襲撃事件を解決した二日後。
リヒトとルミナの二人は王国の端の海岸へやって来た。
ここが国境。
海の向こうは魔族の国、魔国だ。
結界で足場を作り、二人はその上を走る。
言わずもがな、二人は魔国へ向かっていた。
(今の俺たちの速度なら四時間程度で海を渡れる。そのまま一直線に魔王城へ向かう)
走って移動する中、リヒトは改めて問いかけた。
「ここから先は今までとは比にならない戦いになる。進んでしまえばもう後戻りはできない。戦い続けるか死ぬかの二択しか選べない。ダグラスですら霞んでしまうような、濃密な悪意に曝されることになる」
いつにも増して真剣なリヒトの言葉に、ルミナは息を吞む。
「それでもなお命を賭して戦う覚悟はあるか?」
ルミナは静かに考え込んでから、やがて口を開いた。
「……覚悟は、してるつもりよ。けど、悪意に勝てるかは正直わからない。邪神たちがどれだけ邪悪なのか想像もつかないし……怖いとも思ってしまう」
いつもの強気な彼女の態度からは考えられないような弱音を吐いてから。
それでもルミナは前を向いた。
「でも……それでもあたしは誰かを救いたいっ!!!」
少し声が震えていたが、ルミナの意志は本物だった。
それを確認したリヒトは優しげに笑う。
「むしろ取り繕わなくて安心したよ。自分の弱さを認めた上で抗えるなら、絶対にもっと強くなれる。
……それに、誰だって最初は弱くて当たり前なんだ。俺も弱かったし、たくさん支えてもらった」
思い出すのは一週目の仲間たち。
リヒトは彼らに何度も助けられた。
最も顕著なのが最後の邪神戦だ。
リヒトの権能【守護神】による時間遡行に希望を託した仲間たちは、その命を燃やして時間を稼いでくれた。
彼らがいなかったら今のリヒトは存在しない。
「ルミナ。もしもお前が悪意に挫けそうになった時は、俺がそばで支えてやるから安心しろ。仲間がいれば限界なんて簡単に超えられるもんだ」
「……ん。ありがと」
ルミナは少し恥ずかしそうにしながらも感謝を伝える。
それからは特筆することもなく順調に進み、ついに二人は魔国へ足を踏み入れた。
「ここから魔王城まで一時間もかからない。が、魔族や呪福の目がある。これまで以上に気を引き締めて動くぞ」
「了解」
人族の国では基本的に国境近く……ましてや争っている国との国境近くに王城を建てることはありえないが、魔国は違う。
戦争などにおいては、魔族の中で最も強い存在である魔王自ら最前線に立つ。
それ故に魔王城は国境付近に建てられているのだ。
「念のため変装して行くぞ」
そう言ってリヒトが手渡したのは、奴隷商人の服装だった。
服にはサマン商会のロゴが入っている。
「どっから持ってきたのよ?」
「最近トップの汚職が摘発されたのもあってサマン商会は衰退の一途を辿っている。それに見切りをつけて退職した人たちから安値で買い取ってきたんだ」
サマン商会は魔族をこっそり攫ってきては奴隷として販売していた。
魔族は人権がないから買い手としても使い勝手がいいだとか理由はあるが、それはともかくとしてこの服装なら万が一呪福の目に捉えられても問題ない。
リヒトたちの存在を認識していない呪福からは、「また奴隷商人が奴隷狩りしているな」という風にしか見えないからだ。
着替えた二人は奴隷商人っぽい挙動を意識しながら森の中を進む。
人目を避けながらついに魔王城が見える位置にやって来た。
(今の俺たちではハイエンドはおろか魔王にすら勝つのは厳しい。少しでも戦争を遅らせる必要がある)
そのための手段は得ている。
学園襲撃事件での戦いを経て、【守護神】の力をさらに引き出せたのだ。
それに伴って、守護結界はさらに強力なものになった。
(魔王城内に巨大な魔力反応がある。間違いなく魔王だ)
リヒトが守護結界を発動すると、巨大な結界が魔王城を包み込む。
魔王を結界内に閉じ込めた。
「単純な結界としての防御力が上昇しただけでなく、結界に“魔力吸収”という特性が追加された。効果は、スキルや魔法など魔力による攻撃を吸収して結界の耐久値を回復するというものだ」
「魔王が結界を破るためには、純粋な攻撃力だけで破壊するしかないってことね」
「ああ。格上のハイエンドには通用しないが、魔王程度であれば充分に効果を発揮できる。最低でも一ヶ月は閉じ込めておけるはずだ」
魔王が疑似的に封印されたこの状況で、魔族が開戦に踏み切ることはありえない。
彼らの行動原理ならば、必ず魔王の救出を最優先に動く。
戦争開始まで一ヶ月の猶予が生まれたということだ。
「騒ぎになる前に帰るぞ。長居すれば発見されるリスクが大きくなる」
「ええ、そうね」
◇◇◇◇
リヒトが魔王を結界に閉じ込めた少し後。
小動物の目を通してその光景を確認した呪福は、通信の魔道具を用いてガブリエルに連絡を取った。
「こちら呪福。魔王城にて想定外の事象が確認された」
『詳細を教えろ』
魔道具を通して低い男性の声が届く。
呪福は事細かに報告した。
「──以上」
『了解。その結界の使用者についてどう考えている?』
「あれはただのスキルや魔法の域を超えている。間違いなくイレギュラーな存在によるものだ」
魔王城での様子から結界の大まかな性能は把握している。
あの規模、あの性能の結界を扱える存在だ。
自分たちの脅威となる可能性は充分にある。
『このタイミングで仕掛けてきたということは、これから始まる人魔戦争をどうにかしようとしている可能性が高い。近いうちにまた何らかのアクションを起こしてくるだろう』
「だから準備して確実にあぶり出す。私たちのことをどこまで知っているのか、その力はどうやって得たのか、全部聞き出してから処分するね」
『アンラ・マンユ様へは私から報告しておこう。呪福にはイレギュラー排除に専念してもらいたい』
「ん、任せて」
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