閑話② 暗躍するハイエンド
◇◇◇◇(呪福視点)
低次元世界にやって来た呪福は最初に情報収集を行った。
並行して手駒を集め、着実に手数を増やしていく。
(現状、ファルガン王国と魔国は対立していない。が、友好関係というわけでもない。不戦協定を結んでいるだけ)
魔王含めて魔族は平穏に暮らすことを望んでいる。
ファルガン王国は侵略願望を持っていないし、仮に侵略すれば反撃されて甚大な被害が出ることを理解している。
故に不戦協定が結ばれている。
そう分析した呪福は、まず人々から魔力を増やす方法を奪った。
手駒を使って人間たちから魔力を増やす方法に関する知識と記憶を忘却させ、並行して魔力の増やし方が記された書物などを処分していく。
S級以上……ハイエンドクラスに匹敵するような実力者たちの処分はガブリエルに任せる。
ファルガン王国と魔国での忘却作業を終えた呪福は、他の国々でも同様の作業を行う。
こうして、百年もかけずに世界から強くなる方法を奪うことに成功した。
(人間共が魔力を増やす方法に気づいたら、必ず世紀の大発見として大きな話題になる。その都度忘却させながら邪魔者を殺していけばいい)
次の目標はファルガン王国と魔国の戦争を引き起こすことだ。
呪福は魔力を増やす方法を忘却させたように、人々から不戦協定のことを忘れさせる。
公的機関などに侵入して不戦協定に関する証拠書類を処分すればした準備完了だ。
「容易い。次は戦争のための大義名分作りだ」
アンラ・マンユが侵略してくる以前から、魔族に対して差別的な思想を持つ人間は一定数存在した。
そいつらを扇動して魔族へのヘイト意識を国中に浸透させる。
やり方は簡単だ。
そこらの適当な魔族をターゲットにし、まずはそいつの家族を人質にする。
後は脅して支配し、都合よく動かせばいい。
「大切な家族を殺されたくなかったら、ファルガン王国でテロを起こしてこい。特に無力な女子供を狙え」
「ッ……!? そんなことをすれば魔国が危険に──」
「口答えするな。煩わしい」
呪福は容赦なくその魔族の妻を殺す。
「残りの家族もこうされたくないなら、さっさと言う通りにしろ」
「し、従いますから……! どうか……娘だけはっ!」
その魔族は呪福の指示通りにファルガン王国で凄惨なテロ事件を引き起こした。
たったそれだけで、差別主義者たちのヘイトスピーチを起点にしてファルガン王国の国民感情は反魔族へ傾く。
ファルガン王国としても魔族と戦争する大義名分ができた。
「いよいよ仕上げだ。ミスしたら殺すよ?」
「も、もちろん成功させます……」
呪福は魔族を操り、ファルガン王国の現国王を暗殺させた。
賢王として厚く支持されていた王だった。
もうここまで事が進めば呪福が何もしなくても勝手に戦争が始まる。
「後は魔国でも同じように人族へのヘイトを高めれば目標達成だ」
次が最終目標。
ファルガン王国と魔国の戦争を恒常的なものにする。
やることは簡単だ。
戦争を引き起こした時と同じようにお互いがお互いを攻める理由を定期的に与え続け、どちらかが滅ばないようにパワーバランスを調整する。
たったこれだけ。
たったこれだけで……。
人族は魔族を相容れることのない絶対的な悪だと認識して、自国の安全のために排除しようとするようになり。
魔族は人族を滅ぼさない限り永遠に安寧が訪れないようになり。
こうして両国は千年以上にわたって争い続けることになった。
◇◇◇◇(サディス視点)
「平和そうな国ね。いいじゃない。壊し甲斐があるわ」
小国群にやって来たサディスは、治安のよさそうな街の光景に舌なめずりする。
ここは人族の国だが、隣国が獣人族の国なのもあって獣人族の姿も多かった。
「今は平和に共生してるみたいだけど、所詮は人間。『自分たちと違う』ってだけで差別する理由になるし、誰もが意識的・無意識関係なく他者を見下して優越感に浸ってる。悪意の芽はどこにでも生えてんのよ」
だからサディスがすることはいたってシンプル。
悪意の芽に水を撒いてあげるだけだ。
まずは獣人の姿に変身したサディスは横暴の限りを尽くす。
ただそれだけで獣人族に対するヘイトが溜まる。
次は人の姿をした分身を複数生み出し、彼女らを解き放つ。
「アンタたち、獣人へのヘイトスピーチをしてきなさい」
「「「「「りょーかい」」」
反獣人への下地を作ったところで、サディスはいよいよ本格的に動き出す。
獣人の姿に変身し、一晩で百人以上の罪のない子供たちを虐殺する。
その死体を教会前に運び、飾り付けるように並べ立てた。
「なっ!? 何をしておるのだ!?」
サディスがわざと異音を鳴らすと、教会内から人が出てくる。
惨状を目撃した彼は当然パニックになって叫んだ。
サディスは彼を瞬殺すると、大声で叫んだ。
「助けてくれぇぇぇ!!! ヒューマンによる殺人事件だぁぁぁ!!!」
それから姿をくらます。
その際に他にも目撃者がいたことにサディスは気づいていたが、あえて見逃した。
するとどうなるか?
『ヒューマンだけを狙った凄惨な事件の犯人は獣人の男で、彼はその罪をヒューマンに擦りつけようとした極悪犯』という結果が残る。
この血の夜事件を皮切りに、その国では獣人へのヘイト感情が一気に高まった。
「獣人は野蛮で危険!」「我が国の敵だ!」「自国の安全のために排除すべきだ!」などという主張が、血の夜事件の被害者遺族を中心に湧き出る。
「アハハハハハ! 馬鹿ねェ~。真犯人は私だってのに勝手に争ってやがるわ」
愚かな人間たちの争いを高みの見物していたサディスは、分身たちを本体のもとに集合させた。
「アンタたち、次はこの国の偉い人を暗殺してなり代わりなさい。友好条約の破棄が最優先、世論を見ながらこの国における獣人の人権を奪っていきなさい。アタシは獣人の国でヒューマンへのヘイトを高めてくるわ」
「「「「「りょーかい」」」」」
分身たちは変身能力を活かして権力者となり代わる。
分身たちが世論を都合のいいほうへ変えていく間に、本体は獣人の国へやって来た。
「血の夜事件はこっちでも有名になってるわね。まー当然か」
獣人の国では、隣国で獣人が差別されて不当な扱いを受けるようになった現状に対してどう対応すべきか決めかねていた。
戦争になれば少なくない被害が出ることは明らかだから避けたい・国交をやめて不干渉を貫いたほうがお互いのためになるという意見が現在最も有力だ。
「平和ボケしてんじゃねェわよ。んな生ぬるい決定なんてさせないから♪」
サディスはヒューマンに化け、「獣人に家族を殺された復讐だ!」という名目で獣人たちを虐殺していく。
弱い女子供や老人をメインで狙い、無関係の罪のない獣人たちを大量虐殺した。
これにより獣人の国でもヒューマンへのヘイトが高まっていく。
仕上げに国王の一人娘を惨殺して王邸前広場に飾ったら、王は怒り狂い民たちもヒューマンを憎むようになった。
そこへ吉報が入る。
「手っ取り早く国王と国教のトップになり代わってみたら、あっさり通ったわよ。獣人の人権を無くす法案」
「よくやったわ。じゃ、今からお土産持って帰るわね」
「いたいけな美少女でお願い。年寄りはいらないわよ、壊し甲斐がないもの」
「わかったわ、アタシ」
サディスは若い獣人たちを無傷で生け捕りにして持ち帰る。
そのまま奴隷商の元へ向かった。
「こいつらを格安で売ってやるよ」
「ほう、獣人ですか」
「こいつらに人権はねェ。肉体労働だろうが性奴隷だろうがサンドバッグだろうが、壊れるまで好きなだけ使える。欲しがる奴はいくらでもいるだろ?」
「そうでございますな。うちで全て買い取らせていただきましょう」
サディスは獣人への迫害や奴隷狩りを積極的に進め、今度は獣人に化けて奴隷たちを救い出す。
惨い扱いを受けてきた奴隷たちの生の声を獣人の国へ届けることで、ヒューマンへのヘイトをより高めていく。
ほどなくして両国は勝手に争うようになった。
「弱者共は醜いわねェ~。そのまま殺し合ってなさい」
サディスは国を後にし、今度はエルフの国やドワーフの国でも同じように争いを生み出す。
気の向くままに相手をいたぶり殺していく。
心の底から楽しみ尽くす。
こうして小国群も争いの絶えない世界に変わっていった。
◇◇◇◇(ガブリエル視点)
低次元世界にやって来たガブリエルは、世界各国に覚醒薬製造工場を作った。
そこを呪福の支配下にある人間たちに守らせ、自身は世界各国に赴く。
強者相手に勝負を挑んでは、相手より身体能力を低くした状態で正々堂々戦い殺していく。
格上との死戦が一番手っ取り早く成長できることを理解していたガブリエルは、自分たちの障害となる可能性のある強者たちを殺して回りながら戦闘技術を磨いていく。
アンラ・マンユの守護者として、二千年間ずっと怠ることなく修行し続ける。
『低次元世界で活動できるハイエンドでありながらハイエンドに収まりきらない強さ』をコンセプトに【創造】されたガブリエルは、並の下位神を凌駕する存在へと成長していった。
こうしてハイエンドたちは悪意の絶えない世界を作ることに成功した。
人々の負の感情がアンラ・マンユの糧となる、力となる。
世界事変から二千年の時を経て、邪神アンラ・マンユの強さは最上位神に到達した。
「悪意は絶対に消えねェよ。勝てるもんならやってみろ」
邪神が主人公の世界に侵攻してきた理由やハイエンドがどんなことをしてその結果世界がどうなったのかなど、本編で描写できる機会があまりにも少なそうだったのでざっくりと閑話にしました。
いくらリヒトでも二千年前の出来事なんて詳しくは知らないですからね。
次回からは本編に戻りますのでお楽しみに!