第25話 最悪のシナジー
「攻撃力の〖竜爪撃〗。防御力の〖竜鱗〗。ダメ押しの〖カウンターバースト〗。
──キミに負けてた身体能力はこれで補った。今のボクに勝てると思わないでよね」
手下の魔物たちとの〖契約〗によって、悪魔は新たな力を手にした。
強化された身体能力に暴風魔法の速度を乗せて、容赦のない連撃を繰り出す。
身体能力の優位を覆されたルミナは必然的に苦戦を強いられる。
雷属性を付与することで槍の速度を上げて対応するが、それでも押し込まれていく。
「防戦一方のここで使われたら嫌だよね?」
悪魔は意地悪な声と表情で〖カウンターバースト〗を発動する。
爆発がルミナに直撃した。
「……ヅ……ッ!」
ルミナは歯を食いしばってこらえるが、それでも隙を晒してしまう。
「もらったっ!」
悪魔の爪が迫る中、ルミナの脳裏にふと昔の出来事が蘇った。
「ネマ……! ネマ! お願いだから……返事、してよ。ネマ……」
元の面影が残らないほどグチャグチャに惨殺された妹の亡骸を抱えるルミナ。
彼女は怒りのままに、目の前で拘束されている犯人の男に詰め寄る。
大切な妹を殺された怒りと悲しみで感情が壊れかけたルミナに向かって、犯人の男は唾を吐きかけて嗤った。
「ギャハハハハ今の気分はどうだ!? 俺ァこんまま死刑になっちまうだろうが、もうお前の妹は戻ってこねぇ! お前がこっからの人生どんな顔して生きてくのか想像しただけで楽しくて楽しくてしょうがねぇぜ! この楽しみが得られただけで殺った甲斐があったってもんだ!」
(悪意に押し潰されたあの日、あたしは決めたんだ。もう二度と失うことがないように強くなるって──)
「これで終わりだよ!」
悪魔の爪が眼前に迫る。
後ほんの少しで頭を貫かれる。
(──そして、その力で誰かを助けるって。あたしと同じ目に合う人がいなくなるように!)
だから──
「終わって、たまるかぁぁぁあああッ!!!」
信念と、執念で。
火事場の馬鹿力を発揮し、ルミナは強くなる。
「〖属性付与〗──爆炎属性」
槍を蒼の炎が包む。
その炎は、これまでの炎属性とは比べ物にならない熱量を有していた。
それを放つ。
「なっ!?」
いとも容易く〖竜爪撃〗を砕かれたことに悪魔は瞠目する。
「〖竜鱗〗!」
悪魔は左腕を鱗で覆う。
防御力を最大まで高めた状態で槍を受け止め──
──貫通した。
槍が悪魔の左腕を貫いた。
「〖カウンターバースト〗!」
悪魔はとっさに発動するが。
「〖武装展開〗──バトルアックス」
ルミナは武器を切り替え、〖カウンターバースト〗の爆発をブッタ斬った。
そのまま悪魔を狙う。
「ッ! ヤバ──」
悪魔は〖竜鱗〗で防御力を引き上げてから、両腕をクロスして防ぐ。
斧が鱗に直撃して爆発するが、その瞬間に後ろへ跳ぶことで悪魔はダメージを最小限に抑えた。
「あんたが強くなるならあたしも強くなるまでよ!」
身体能力面では再びルミナが優位になった。
窮地で成長を遂げたルミナに向かって、悪魔は悪態をつく。
「ムカつくんだけどマジで! ピンチが一番成長しやすいのはわかるけどさあ、実際にやられるとは思わないじゃん!」
と、ここまでは愚痴レベルの声音で。
それから、心の底から怒った様子で悪魔は叫んだ。
「戦い始めた時からずっと気になってたけど、キミなんで攻撃に殺意が全くないの? 今の突きだって、腕じゃなくて首や心臓狙ってたらボクのこと確実に殺せてたよね!? なんで殺そうとしないの!? ボクのこと馬鹿にしてるのか知んないけど、めっっっちゃ腹立つからやめてよね!」
ルミナは手加減していない。
最初からずっと本気で戦っている。
……が、悪魔を殺さないようにしているのだけは確かだ。
「あたしたちの目標は魔族と手を取り合うこと」
「……は?」
「こんなこと言っても戯言だと思われるのは百も承知よ。……けど、あたしたちは本気で目指してる。だから殺さないわよ。あんたとも手を取り合いたいから……殺さずに止めてやるわよ!」
「……何それ。馬鹿馬鹿しい。ハッキリ言ってあげるけど、ボクはキミたちと手を取り合うつもりなんて一切ないから。ボクたちの争いは、どっちかが滅ぶまで続けるしかないんだよ! もうそのレベルにまで来てしまっている! 分かり合えることなんてないんだよ……ッ!」
「そんな世界をあたしは変えたい! だからこんなところで負けるわけにはいかないのよ!」
ルミナは駆けだす。
悪魔の遠距離攻撃をブッタ斬りながら進めるようにバトルアックスを構える。
その瞬間、ルミナめがけて巨大な闇が飛来した。
ヨルムンガンドがリヒトめがけて放った暗黒魔法の余波……というよりは明確な殺意を持った攻撃だ。
(〖属性付与〗を爆炎から光に変える時間はない!)
ルミナは爆炎を纏った斧で対処する。
が、今のダグラスはS級だ。
相性のいい光属性ならともかく、暗黒魔法に対して特に有利なわけでもない爆炎属性で格上に対応するのは厳しい。
当然悪魔に隙を晒すことになるが……。
悪魔がその隙をついて攻撃してくることはなかった。
「そっちも芳しくないみたいだね。新規〖契約〗するよ、相棒!」
隣の校舎に顔を突っ込むヨルムンガンドに向かって悪魔は叫ぶ。
「何する気よ!?」
闇に対処しながらルミナは問い詰める。
悪魔は不敵に笑った。
「何って、強くなるんだよ。
──ボクと相棒は生命力の半分を失う。その対価として、ボクと相棒で一部のスキルを共有する!」
「〖契約〗成立ダ!」
悪魔のオーラが爆発的に大きくなる。
ダグラスだけでなく悪魔もS級に到達したことを明確に示していた。
「相棒は覚醒薬を使う前から〖修羅〗という強力な身体能力強化系スキルを所持しててね」
「それを共有したってこと!?」
ルミナはなんとか闇を破る。
「半分正解。今のヨルムンガンドとなった相棒のスキルも当然共有してるよ」
悪魔はボロボロになったパーカーを脱ぎ捨てる。
ほどよく引き締まった小麦色の肌が露出した。
ヨルムンガンドの〖呪毒〗も共有したようで、悪魔の身体が毒液に濡れる。
体から半透明の汁を滴らせながら、悪魔は妖艶な笑みを浮かべた。
「共有したスキルは後二つ。そのうちの一つは〖邪竜の執念〗でね、まあ言っちゃえば単純な強化系スキルだよ」
悪魔は再び〖竜爪撃〗を発動する。
爪に暴風魔法を纏い、それを斬撃として飛ばしてきた。
「ッ!?」
(威力だけじゃない! 明らかに速度も跳ね上がってる!)
躱しきれないと判断したルミナは斬撃を斧で受け止めるが、力負けして弾き飛ばされる。
直撃しなかった斬撃がルミナの横を走り抜け、屋上に爪痕を残した。
「相棒と共有した最後のスキルはキミもよく知ってるんじゃないかな」
悪魔は走り出す。
ルミナを狙うことなく校庭に向かってジャンプする。
「だって相棒が元から持ってたスキルだからね!」
「ッ! まさか──」
「気づいたところでもう遅いよ」
空中でひらりと回転し、悪魔は爪を構える。
校庭に蠢く手下の魔物たちに向かって斬撃雨を放った。
◇◇◇◇
校庭、ヨルムンガンドと対峙するリヒトは。
回帰してから何もかもが理想通りに進んでいた、進めることができていた。
一週目からは想像もつかないくらいに人生がうまくいっていた。
……だからか、油断してしまっていた。
人生がうまくいきすぎて慢心したダグラスと同じ轍を踏んでしまうところだった。
「未来を変えるのが簡単なわけねぇだろうが!」
もう出し惜しみするような余裕は残っていない。
本気を出すしかない。
「リヒト! テメェノ次ハテメェノ両親ヲ殺シテヤルヨ! テメェと言ウ悪ヲ産ンダソイツラモ大罪人だカラナァ!」
「させねぇよ。こっちも本気を出してやる」
リヒトは神化を発動した。
水色のオーラがリヒトから立ち昇る。
リヒトの存在圧が爆発的に大きくなる。
かつての決闘で神化した時よりもはるかに強力だ。
自身に勝るとも劣らないプレッシャーを感じたヨルムンガンドは気圧された。
「ナッ!? ナんダ!? テメェ一体何ヲシタ!?」
ヨルムンガンドはビビりながらも闇を放つ。
その瞬間リヒトが消えた。
──否、消えたと錯覚するほどの速度で動いた。
「ドコニ行ッタ……!」
反応が遅れたヨルムンガンド。
その側面に現れたリヒトが拳を放つ。
ヨルムンガンドの胴体に風穴が開いた。
余波の爆風に巻き込まれた校庭の魔物たちが消し飛ぶ。
「ガァァァァアアアアアアアアアアア!? テメェェェェェェェエエエッ!!!」
ヨルムンガンドは激痛に怒りを滲ませながら闇を乱射する。
全方位攻撃でリヒトに対応させ、その隙に闇で傷口を修復。
傷が治ったわけではないが、失った身体機能は取り戻せた。
「二度モ遅レハ取ラネェよ!」
ヨルムンガンドは魔剣に噛みつくことでリヒトの攻撃を止める。
側面から回した尾でリヒトに突きを放った。
「ぐ……!」
リヒトは結界で防ぐが、衝撃で吹き飛ばされる。
窓を突き破って校舎の中に叩きつけられた。
「ッ! 守護結界!」
自身のそばで腰を抜かしている生徒たちを見たリヒトは、全力で結界を張る。
刹那、ヨルムンガンドの頭が校舎の壁を突き破って結界に直撃した。
「死ネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
ヨルムンガンドの牙が結界に何度も打ち付けられ甲高い音を鳴らす。
「ひぁぁぁああああああああああああ!?」
「ギャァァアアアアアアアアアアッ」
「やだぁ殺さないで死にたくない! 命だけはっ、命だけはぁ!」
巨大な化け物が眼前に迫る光景に、生徒たちは悲鳴と絶叫を上げる。
ヨルムンガンドの攻撃を結界で止めて反撃に出ようとした時、屋上のほうから叫び声が聞こえてきた。
「──ボクと相棒は生命力の半分を失う。その対価として、ボクと相棒で一部のスキルを共有する!」
「〖契約〗成立ダ!」
ヨルムンガンドの存在圧がさらに増す。
結界にヒビが入った。
「何!?」
リヒトはとっさに結界を張り直す。
なんとか突破されるのは回避できたが、反撃はできなくなった。
結界を維持するだけで精一杯だ。
(〖邪竜の執念〗。生命力が半分以下になった際に発動し、身体能力と魔法能力を大幅に引き上げるスキル! 〖契約〗の代償を逆に利用して発動したのか!)
解析で効果が判明する。
「リヒトォ! コノ結界を解キヤガレ!」
「そうしたら後ろの生徒ごと殺すつもりだろうが!」
「悪じゃナケリャ殺シハ……」
ヨルムンガンドはリヒトの後ろに目を向けて……その生徒の存在に気づいた。
「ムニル! 丁度イイトコロニ!」
ムニルと呼ばれた生徒は……ダグラスの取り巻きであり、ダンジョン攻略の際にルミナを殺そうとした生徒だった。
「喜ベ、ムニル! オ前ハ正義ノ英雄に成レル! 今ココでリヒトヲ殺セ!」
「い……ぁぁ、ああああああああああああああああああ!!!」
恐怖でパニックになったムニルはその場から逃げ出そうと走り出す。
ヨルムンガンドは苛立たし気に舌打ちした。
「グズ野郎ガ! 使イ物にナラナインジャ仕方ネェ。正義ノタメにテメェノ命ヲ有効活用シテヤるヨ」
「何をする気だ、ダグラス!」
教室から半歩踏み出したムニルは無言で立ち止まる。
それから無表情でリヒトに向かってきた。
(〖呪いの人形〗。親しい人間を意のままに操るスキルで、操っている人間越しにデバフを撒くことが可能!)
リヒトが解析でたどり着くのと同時に、ムニルの身体が膨張する。
「ダグラス様は正義」
「まさか!?」
リヒトは結界の中にムニルを閉じ込める。
直後、ムニルが爆発した。
肉片と血で結界の中がグチャグチャになる。
ヨルムンガンドは……ダグラスは、ただデバフを与えるためだけに人一人の命を爆弾として使い捨てたのだ。
(……いや、それだけじゃない! 殺すメリットは他にもある!)
ヨルムンガンドになる前のダグラスが所持していたスキルは三つだ。
〖魔拳士〗と〖修羅〗、そして“〖奪命拳〗”。
〖奪命拳〗は、相手を殺した際に自身の生命力を回復させる効果を持つ。
ダグラスは攻防共に使い勝手のいい暗黒魔法と〖魔拳士〗〖修羅〗による高い身体能力、〖奪命拳〗による継戦能力の高さから学園ランキング1位になれたのだ。
高く評価されていた継戦能力は、この戦いにおいても例外ではない……!
リヒトがそれに気づくと同時、ヨルムンガンドが結界を突き破ってきた。
「正義ノ英雄に気ヲ取ラレテコッチガ疎カニナッテルゼ!」
リヒトたちをまとめて喰らい尽くそうとヨルムンガンドが迫る。
「俺ノ勝チダァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「させないわよ!」
天井をブチ破って現れたルミナが、光属性を付与したハンマーでヨルムンガンドの頭を殴り抜いた。
ヨルムンガンドは不意打ちに怯む。
その隙を活かさない手はない。
リヒトとルミナの同時攻撃をまともに受けたヨルムンガンドは校庭へ吹き飛ばされた。
「助かった! ありがとな、ルミナ!」
「それよりもあいつらが先よ!」
「だな!」
二人は即座に校庭へ飛び出す。
そこで見たのは……。
──手下の魔物たちを皆殺しにしたヨルムンガンドと悪魔の姿だった。
「残念だったね。もう全回復しちゃったよ」
ヨルムンガンドの背に立った悪魔がいたずらっぽく告げる。
二人の傷は完全に治っていた。
(相性が噛み合いすぎている! 最悪のシナジーを発揮された……! この二人はもう、ただの〖契約〗関係に収まらないほど共鳴してしまっている!)
〖契約〗でスキルを共有して手数を増やし、さらにその代償すらも利用して〖邪竜の執念〗を発動。
身体能力を最大まで強化した上で〖奪命拳〗による回復。
リヒトたちの目指す「魔族と人族の垣根を超えた協力」。
目の前の二人は、それを最悪の形で体現していた。
「テメェはモウ終ワリダ、リヒト!!!」
「キミもね、ルミナ!!!」
最大まで能力を強化した状態で生命力MAXになった二人が立ちはだかった。
一筋縄ではいかない学園襲撃事件ももうすぐクライマックス!
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
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