第22話 学園襲撃事件
ダグラスと悪魔の取引を交わした翌日。
ついに迎えた学園襲撃事件当日。
悪魔は陽気に鼻歌を歌いながら学園にやって来た。
「なんだね、君は? 学園の生徒ではないな。関係者……誰かの親族か?」
入り口で警備員に止められる。
「あー、ボクはこういう者です」
悪魔はフードをめくり、側頭部の角を見せつける。
警備員は驚きのあまり悲鳴を上げた。
「まっ! 魔族っ! なんでここに!?」
「なんでって襲撃しに来たからだよ。ってなわけで、出てきなさい僕たち!」
悪魔はいくつかのカプセル状の魔道具を投げる。
次の瞬間、魔道具の中から無数の魔物が出現した。
魔物たちのボス格は十体のA級魔物。
その中には純粋な戦闘力に優れた竜種の姿もある。
さらにB級以下の雑兵がうじゃうじゃ現れた。
「「「「「グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」」」」
魔物たちが開戦の狼煙とばかりに咆哮を上げる。
突然の襲撃に学園中がパニックになった。
「みんな好きに暴れちゃってね~。あ、でも全員殺しちゃダメだよ? ボクたちが宣戦布告したことをお偉いさんに伝えてもらわないといけないからね。だから、生かしといても脅威にならない弱い人間だけ残すよーに!」
「グォウ!」
悪魔はバサッと羽を開き、飛翔して学園の屋上に移動する。
魔物の軍勢が校舎に向けて突撃していく様を眺める。
蹂躙が始まり宣戦布告は華麗に決まる──はずだった。
「は? え?」
悪魔は素っ頓狂な声を上げる。
魔物たちの攻撃が結界であっさりと止められた。
その直後、結界が雑兵たちを包んで圧殺する。
それだけで軍勢の一角が死滅する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんであっさり対処されてるの!? 事前の調査じゃ、この学園にボクたちに対抗できるような強者は存在しなかったはず……」
そこまで思考を回して悪魔はハッとした。
「……もしかして、相棒が言ってた殺したい相手? あいつだけは正確な実力が不明って話だったし」
「実力を正しく把握されてないのは何も一人だけじゃないわよ?」
「ッ!?」
背後から聞こえた声に悪魔は驚き、すぐに警戒態勢に入る。
眼前に立っていたのは、金髪碧眼の凛とした少女だった。
美しい光沢を放つ髪が風になびいている。
「キミは……ルミナだね!」
悪魔はすぐに把握した。
「学園ランキング2位、討伐者ランクはB級相当。要注意人物だけどボクの敵じゃない……!」
悪魔は腰の双剣に手を伸ばす。
一瞬でルミナに肉薄して抜刀術を浴びせるが──
「あたしがB級相当っていつの情報よ?」
「な!? なんで!?」
B級程度に対応できるはずのない攻撃が。
魔王様のために、魔族のためにずっと鍛え続けてきた自慢の抜刀術が止められた。
その事実に悪魔は驚愕する。
「一つ訂正しといてあげる。今のあたしはA級最上位の魔物でもソロ討伐できるわよ」
それが事実であることは今の一手で痛感した。
だから悪魔は認識を改め、ルミナを敵と認める。
「……そのようだね。もうキミを侮らない。ボクも本気を出すよ」
「それは結構。さっき相棒がどうたらこうたら言ってたけど、リヒトのことを知ってる協力者がいるってことかしら?」
「さーね。そのうちわかると思うよ」
悪魔は曖昧にぼかす。
(……妙ね。リヒトの話だと、一週目の学園襲撃事件はこの悪魔の単独実行ってことだったけど……。リヒトが知らなかっただけで本当は協力者がいたのかしら?)
ルミナは不穏なものを感じながらも、悪魔との戦いが始まった。
◇◇◇◇
校舎の屋上でルミナと悪魔が対峙する少し前。
学園襲撃が始まった瞬間にリヒトは動いた。
まずは結界で魔物たちの侵攻を止める。
逃げてくる生徒たちに向けてリヒトは叫んだ。
「校舎に逃げろ! 結界を張ったから安全だ!」
なぜリヒトが結界を使えるのか?
普段なら絶対に追及されただろうが、今は有事だ。
そんな余裕もない生徒たちは一目散に校舎に向かって逃げこむ。
「な、ななななんだこの状況はぁ!?」
運悪く襲撃が始まる直前にやって来てしまった用務員のおじさんが腰を抜かしている。
リヒトは、自分のことをよく知らないこの人なら反発されることもないだろうと考えた。
「貴方に一つ頼みがあります。安全な校舎に避難した後、戦える教師や生徒たちに呼びかけてください。今はみんなパニックになっていますが、ここは討伐者の学園。戦力はそれなりに見込めるはずです!」
おじさんに襲いかかろうとした魔物を瞬殺するリヒト。
まさしくリヒトが救世主に見えたおじさんは、力強く頷いた。
「君はなんて勇敢なんだ! おかげで助かったありがとう! 絶対に集めてくるから死なないでくれ!」
校舎へ向かって走っていくおじさんを見送ったリヒトは、魔物たちの群れに向けて結界を発動する。
(確か呪福はこんな風にやってたな)
参考にするのは一週目でハイエンドの呪福と戦った時に見た結界。
彼女の使い方を参考にして、結界内にいる魔物たちを圧殺した。
「よし、いける! 雑魚相手なら効率よく殲滅できるな」
「グゥォオオオオオッ!」
その光景を見た竜種たちが咆哮を上げる。
すると、雑兵の魔物たちが周囲に散開した。
(的確に対処してきたか。散開されたら一度の結界圧殺で倒せる数が減る。殲滅効率が下がる。ボス格の知能はたかそうだ)
翼を広げ、上空を舞う四体の竜種たち。
その中の一番強いであろう個体の背に、総指揮官と思われる人型の魔物が乗っていた。
「グルゥァァァアアア!」
竜種たちが空からブレスを吐き、地上からは無数の魔物が侵攻してくる。
「ガウッガウッガウッ!」
雑兵たちを蹴散らしながら三つ首の巨大犬が迫ってきた。
A級のケルベロスだ。
さらには他のボス格の魔物もリヒトに突撃してくる。
リヒトを一番の脅威、最優先で処理しなければならない敵だと判断したようだ。
(雑兵は結界を突破できない。後回しでいい)
リヒトは竜種のブレスが校舎に当たらないよう結界で防ぐのだけ意識しながら、残りのリソースを地上のボス格たちに向ける。
まずはケルベロスの同時魔法攻撃を躱しながら足元に潜り込む。
四肢を切断して移動不能にする。
続けて襲いかかってきた大蛇の噛みつきを躱して首を斬り飛ばす。
「ヌンポゥ!」
法師のような外見の人型魔物が手をポンっと叩く。
スキル〖念動力〗によって、大蛇の死体が動き出しリヒトの身体を拘束する。
「フピパ!」
法師は続けて、あらかじめ〖念動力〗で空に浮かしていた巨大亀をリヒトめがけて落とした。
「ガァ!」
空を舞う竜種が亀を蹴り、さらに落下速度を速める。
異種族の魔物同士とは思えない連携力でリヒトを処理しにくるが──
「なかなかやるな。だが、この程度で俺は倒せないぞ」
まずは突きを放つ。
大蛇の胴体に風穴を開けてそこから脱出。
亀の落下攻撃を躱す。
とんでもない重量が激突した衝撃でクレーターができる。
身動きが取れず巻き込まれたケルベロスは、半身が消し飛んで絶命した。
「ポ!?」
砂埃に紛れて法師に肉薄したリヒトはその首を飛ばす。
その時、学園の校舎近く。
水汲み場から巨大なスライムが現れた。
(上水を通って侵入してきたか)
リヒトは焦ることなく対処する。
スライムの放った巨大酸弾砲を結界でうまく流し、亀の甲羅内に着弾させる。
亀は内側から溶かされて死んだ。
(スライムは物理攻撃じゃ倒せない。あれは他のやつに任せるか)
リヒトは結界でスライムを捕獲する。
スライムは必死に酸弾を放つが、結界には通じず無力化された。
と、そのタイミングで。
なんとか戦意を保っている生徒や教師たちが駆けつけてきた。
彼らはリヒトがたった一人で魔物の侵攻を食い止めている現状に驚く。
「な、何者なのだ……お前は……。本当にリヒトなのか……!?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
リヒトは端的に指示を出す。
「竜種の攻撃は俺が全部止める、あれらはいったん後回しだ。まずは地上の雑兵を倒してくれ。結界で向こうの攻撃は通らないから一方的にやれる。
炎系統の魔法が使える人間はそこのスライムを倒してくれ。A級の魔物だが弱点魔法でずっと攻撃してればそのうち倒せる。コイツの攻撃も結界で止まるから安全に処理できる」
「なぜ……なぜお前の指示で動かねばならん! 平民の分際で──」
「うるさい。お前たちは人を守るための討伐者なんだろ? ずっとお前たちが見下してきた俺は戦ってるのに、俺より優れているはずのお前たちは指をくわえて見ていることしかできませんでした。そんな間抜けな結果を残したいのか?」
リヒトが彼らのプライドを刺激するように煽ったことで。
絶対に戦わないといけない理由をあげたことで、ようやく彼らは動き出した。
さらにそこへ強力な助っ人が現れる。
「リヒト! 戦えない人たちの避難誘導は終わったわよ」
オリビアだった。
彼女は学園襲撃事件のことを知らなかったが、突然の出来事にもかかわらず自発的に動いてくれたのだ。
「強力な炎魔法使いが欲しかったんでしょ? 任せなさい。あのスライムは私が倒すわ」
「助かった。ありがとな」
オリビアは学園ランキング上位の実力者。
加えて、ルミナの特訓やリヒトが教えた修行方法によって、ここ最近は急激に実力を伸ばしている。
対スライムにはピッタリな人間だった。
(いける……! いけるぞ……! 一週目の知識のおかげで順調に対処できている!)
初動は最高の形で対処できた。
魔物のボス格も大方倒せた。
雑兵は結界を突破できず脅威にはならない。
竜種は飛んでいる分少し面倒だが、倒すこと自体は問題ない。
首謀者の悪魔の実力はせいぜいA級最上位。
限りなく順調に進んでいたその時──
「おい、リヒト」
現れた。
自身を正義だと信じ込む、悪意の化身が。
「ダグラスか。今はお前に絡まれてる場合じゃ……いや、そもそもなんでここにお前が──」
ダグラスが動く。
これまでとは比べ物にならない速度だった。
「ッ!」
リヒトはとっさに結界を張る。
ダグラスの拳が結界に直撃し──
──結界が割れた。
「ヌォァァアアアッ!!!」
「!?」
豪速で殴り抜かれたリヒトが地面をバウンドしながら吹き飛んでいく。
校舎に激突したリヒトに向かって、ダグラスは意気揚々と宣言した。
「なゼここにって決まっテんだろ。テメェという悪ヲ殺しに来た。
──俺が正義だリヒトォ!」
ついに1章ラストイベント学園襲撃事件が始まりました!
ここから激しい戦いが繰り広げられることになるのでお楽しみに!
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